fragile


初めて降り立つ駅に到着すると、深く深呼吸をした。

複雑な心は連絡をもらったその時から私を10年前の…10歳の女の子に戻してしまった。

10歳の私は置いてけぼりにされて泣いて暮らした。
今回も同じようなものかもしれない。
だとしたら私は二度も捨てられるのかもしれない。




改札口を抜けるとお迎えの人や、見送りの人、これから出発する人などで
混雑している。

1分1秒でもあの人に早く会いたいと思う私を邪魔をしているようだ。

「どこにいるの?」

棘のあるような愚痴に近い口調でつい口に出してしまった。


人混みに、見知らぬ場所にめまいすら感じる。
この時間に着くことは知っているはずなのに…。

コートのポケットから携帯を取り出すと最近登録した番号を呼び出すと
通話ボタンを押した。


数コールした後に相手が出る。


「もしもし…」

『もしもし?椎名さん?』

「あ…はい。椎名です。今…待ち合わせの駅に着いたのですが…」

『ああ。俺も今そこにいるけど…どこにい――た。』

え?
いたって?

『…真っ白なコートが良く似合う』」

途中から耳元にある電話からの声と遠くで聞こえる声がリンクした。

顔をあげて周りを見渡すと携帯を片手に呆然と立っている男性を見つけた。

ああこの人だ。


「先日は電話で失礼した。」

そう話すのは…先日かかってきた電話の主…米倉京介(よねくら きょうすけ)さんだ。












外出先から帰った私は留守電のランプが点滅していることに気がついた。
急ぎの電話は携帯にかかってくる。
メールだってPCや携帯に。
何の電話かと?首を傾げながら点滅している電話のボタンを押した。


『椎名 唯菜(しいな ゆいな)さんのお宅でしょうか…。
私は、米倉京介(よねくら きょうすけ)と言います。
あなたのお母様のことでお話したいことがあります。また今晩でも連絡します。』


本当に用件のみの連絡で、相手の連絡先も入っていない。
本人もその存在を忘れているほど使っていない留守電はナンバーディスプレーの
サービスをさえ使用していない。

『お母様』…私には二人いる。
産んでくれたお母さん。
そして今現在、歳の違う兄弟を産んだ…義母さん。

直感で10歳の時別れた母だと思ったけど…今更何?という気持ちもある。

あんなに泣き暮らしたのに…。
会いたかったのに。


紅茶を入れてPCを立ち上げた途端、家の電話がまた鳴った。



「はい。椎名です。」

『よかった。椎名さん。』

彼の一言目は深い安堵雑じりだった。

『君のお母さん…春菜(はるな)さんが…入院しているんです。』

「お…お母さんが?」

『今のところ命には別状ないんですが…長い闘病生活で心が弱っているんです。
先日は病院を勝手に抜け出して君に会いに行こうとしたくらいで…』

「私に?…でも…お母さんは…私を!!!」

私を捨てたのよ?
10年前…まだ幼かった私を。
お父さんが反対したからでも何でも…私はお母さんと行きたかった。
お父さんはその2年後には今の義母さんと結婚したのよ?
弟と妹だっているわ。
あの家は私の家じゃないもの…。


『違う!』

どん底まで落ち込んでしまった私を引き戻してくれたのは彼の鋭い声だった。

『春菜さんは…君を捨てたんじゃない。
そのことを話したいし…出来れば…彼女に会いに来てくれないだろうか?』


彼があんまり真剣だったので了承すると、お互いの携帯番号を教えあった。
その数日後新幹線の切符が速達で送られてきた。

彼の親切に甘えられないとそのまま送り返そうかと思ったけど
その手が止まった…グリーン車。――乗ったことないわよ。

未体験のせいと理由付けしてその切符を使ってお母さんに会いにきたのだった。












連れてこられたのは有名な大学病院だった。
ハンサムな彼に看護師さんやら女性の視線が集まり、横にいる私が肩身が狭くなる。
恋人にでも勘違いされたら彼が迷惑じゃないかと思いながらも…
私の歩幅に合わせてくれる彼に少し恋心を持ったのは…勘違いだと、
電話をもらってから混乱している為だと自分の心に線を引いた。

これ以上捨てられたくない。

米倉さんが病室の前に立つとドアをノックした。
中から女性の声がしたと思ったら彼はドアをスライドさせて開けた。

「春菜さんお加減はどう?」

私の前に立つ彼は中の…お母さんに話しかけると優しい女性の声がする。

「いいわよ。今朝はなんだか素敵な夢を見たみたいせいかしら?」

「そうか…でも、俺からプレゼントの方がもっといいはずだよ?」

「京介くんから?」

「ええ」とすぐそばでその言葉を聞いた。
彼の視線は私に下りていて彼は後ろに下がると私の背中に手を添えた。

「ごめん。―プレゼント扱いで…でも…俺にしたら…そんな感じなんだ。」

本気の謝罪に首を左右に振りながら病室に足を踏み入れた。

「唯…菜!!!」

叫びにも近い声で名前を呼ばれる。
そこには…記憶の中の母よりもずっと歳を取ってしまった母がいた。

点滴をされている腕を動かしベッドから出ようとする彼女を止めるために
私は彼女に駆け寄った。


「お母さん!!」

「唯菜!!」

お母さんは病人とは思えないほどの力で私を抱きしめる。
ああ、お母さんだ。


「お母さんね。唯菜に会いたかったの。最後に見たのは…
中学校の入学式だったわ。新入生代表で宣誓していた唯菜の姿にお母さん
誇らしかったわ。写真もいっぱい撮ったのよ。」

え?
中学の入学式に来てたの?お母さんが出て行ったのは私が10歳の時…。
まだ小学生だった。写真?

私の疑問を米倉さんが答えてくれた。

「春菜さんは、君の小学校の卒業式にも出席してたんだよ?」

え?
ふと見上げたお母さんの顔が涙で溢れている。

ああ、捨てられたんじゃなかったんだ。
10年間自分を縛っていた呪縛が解き放たれた気がした。











面会時間はあと数時間あったけどお母さんがはしゃぎ過ぎて疲れているからと、
実質追い出されたように病院を出た私たちは、夜道を歩いていた。

「寒くない?」

その言葉と同時に山吹色のマフラーが首に巻きついた。
温かいそれは、先ほどまで彼が巻いていたもの。

「ありがとうございます。」

自分より背が高い彼を見上げるとその瞳は優しかった。

「でも…良かった。春菜さん…ここしばらく塞ぎ込んでいたから…。」

「そうなんですか?米倉さんからの連絡で…私…また置いていかれる…
なんて…思っちゃって……元気でいてくれてよかったです。」

駄目。声が震えている。
それはずっと思い込んでいたことだって、きっとばれている。

そんな私を彼は力強く抱きしめた。

「米倉さん?」

「もう我慢しなくていいから…。」

すぐ頭の上から聞こえる声は先ほどの私同様震えている。

「俺は…春菜さんと何度か君に会いに行った。
…いや、本人が気がつかれないようにだったから『見に行った』と言うべきなんだろう。
母親を失った君は言葉を一切発しない子になり、それを心配した父親に
色んな施設で検査を受けさせられ、声だけではなく体を壊してしまった。
入院した先で春菜さんに少し似ていた看護師に心を開いてから言葉を取り戻したね?」

何でそんなことまで知ってるの?

「その看護師は…君の継母になった…。それから…弟が産まれ、妹が産まれると
高校は全寮制の女子高に奨学金で通い。
親に内緒で…就職を決めて…実家に戻らず一人暮らししているよね?」


「ど…ぅして?」

怖い!!そこまで知っているのよ。
どうして…。!

彼から離れようと手に力を入れたところでその手を掴まれてしまう。


「俺のお母さんになってくれた春菜さんは俺を大事にしてくれた。
だけど、一人娘だった…君を忘れることが出来なかったんだ。
君を産むのと引き換えに子供が産めなくなった春菜さんは…
君が命だったんだと思う。高熱でもその君の晴れ姿をみたいと、
早朝から新幹線に乗りタクシーで学校まで駆けつけた時は俺が同行した。
凛とした君はまだ中学生…いや、つい数週間前まで小学生だったようには
思えなかったほど…綺麗だった。」


彼の振り絞るような声に再び彼の顔を覗き込むと彼は真剣な目をしていた。


「だから…ずっと、春菜さんが会いに行けなくても、俺が出張のついでに
君を見に行き彼女に様子を伝えてきた。」

ああ、そうなんだ。
だから駅であんなに人がいるのに私がわかったのね。

「…ありがとう。」

私の感謝の気持ちに彼は眉を寄せる。

「何の感謝かな?」

「いえ…母のために私のことを…」

彼が掴んだ腕に力がこもり手が痛い。
私の言葉に被さるように彼は早口に聞く。


「本気で春菜さんのためだけにそうしたと思う?」

「え?…でも…」

「俺も…どうかと思ったよ。7歳も年下相手に…。
はじめてみた姿は…セーラー服だったんだぞ?俺は既に大学生だったし。」

「はあ…」

「“はあ”じゃない!色んな女と付き合っても君が離れないし
それどころか夢にまで出てくる。
実際に会って言葉を交わすのは今日がはじめてなのに俺には…そんな気もしない。」

怒られたように言われてどう答えていいのかわからなくしていると
腕を掴んでいた手は私の頬に触れた。
冷たいと感じたのは…私の頬が真っ赤になっているからだろう。

「あの時『一人娘』だからと、父親は君を手放さなかった。
もう父親にとって『娘は一人じゃない』し、君は自分で自立している。
あそこに帰る必要がある?それよりここに残って、春菜さんの許で暮らさないか?」

え?
きょとんとしてしまった私に彼はまた眉に皺を寄せる。

「春菜さんのためにと言っても…俺のそばにくるのは嫌か?
そうだよな。軽くストーカーしてるもんな。」

いや、そこまで思ってないけど…思いの他ものすごく想われていることに
驚いているだけ。
お父さんとお母さんの経緯もなんとなくわかった。
嫌われていたわけじゃなかったんだ。

お父さんは結果的に今再婚したけど、一人娘だった私を手放せなかったんだ。
…あの椎名家には私がいる意味はない。
それは米倉さんに言われなくても自分が感じていた。
だから高校だって家から離れたい一心で全寮制にしたし、高卒で何も
わからなかったけど就職したかった。
だけど…椎名家…義母さん達と仲が悪いわけでなく、弟も妹も私を慕ってくれている。

相変わらず熱い視線で私を見つめる彼に自分の気持ちを隠すことは
出来ないかもしれないけど、私にしたら出逢って7時間くらいしか経ってない男性(ひと)

気持ちは決まっていてもその返事はまだ後にしたい。
――だから…少し意地悪かも知れないけど…しばらくこのままでいさせて?

「うん。わかった。少しだけ…お母さんのそばにいる。
会社があるから…そんなには休めないけど…。」

一瞬、私の言葉に傷ついた顔をしたがすぐに顔を戻した…というより意地悪な顔?


「少しだけ?そうだな。この休暇が終わったら…引継ぎの期間だけ会社に行ったらいい。
退職する1ヶ月前に届け出せばいいから…残りの有給も消化するとして
今年中にはこっちにこれるかな?」

はあ?

「もちろん職を失くす君には俺が責任取るから…」

「え…」

私の言葉を奪ったのは彼の熱い唇だった。
頭の中が何もわからなかった頃に彼がもう一度確認する。

「俺と暮らすだろう?」

「…ぅ…ん」

まだぼっーとしている私を抱きしめた。

「きっと幸せにするから」

その言葉がリフレーンする。
そうね。あなたとだったら幸せになれそうだわ。



end



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3周年おめでとうございます。
忙しい中でもきっちり連載されているので尊敬しています。
これからもよろしくお願いします。

佐和(2008.12.06)


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佐和 さま

3周年のお祝いに素敵なお話をいただき、ありがとうございました。
新しいお話、いえいえ、素敵な彼ならストーカーされてもいいですよ。
ずっと影から見守っていたんですね。
これから先も、ずっとでしょうか。
幸せな二人の姿が浮かんでくるようです。

お忙しい中、本当にありがとうございました。
これから寒くなりますが、どうかお体にはお気を付け下さいね。
お話、楽しみに通わせていただきます。


2008.12.7 朝比奈じゅん


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