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王子様なんて大嫌いっ。
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以前のお話はこちら


キッチン雑貨は、どれも見ているだけで美味しいものが作れる気になるから不思議。
フランス製の高級お鍋も魅力的だし、イタリア製の素敵なデザイン小物も欲しくなる。
―――おぉ〜これは便利かも。
手袋をはめるだけで茹でたジャガイモの皮むきができるなんてぇ、熱いのを我慢して頑張ってたけど、これがあれば楽チンだわ。
手に取っては使い方をあれやこれやと想像し、空想の世界に浸る。
そんな彼女のことを側で微笑ましく見ていた男のことなど、すっかり忘れて…。

「なぁ、これって」

―――あっ、長瀬君もいたんだった…。
一人で夢中になって見ていたから、一緒だったのをすっかり忘れてたわよ。
「文房具も売ってるのか」とかブツブツ言いながら彼が手に持っていたのは、見た目がホッチキスみたいだけど、“海苔”を挟むだけで可愛い形にカッティングできるというもの。
子供のお弁当に飾れば喜んで…。
そうだっ!!
正しく、お子様にはぴったりじゃない。
あたしは長瀬君の手からそれを奪うと、さっきの手袋も一緒にレジへと向かう。
結局、何に使うのかわからないまま彼は首を傾げていたけど、ハートマークいっぱい付けちゃおうかしら?それともクマさん?
週明けのお弁当が楽しみね。

「あら?あの男ったら、どこに行っちゃったのよ」

レジで精算を済ませて辺りを見回してみたものの、彼の姿がどこにもない。
―――まったく、子供じゃないんだから、これじゃあ目も離せないじゃないの。
しっかり、手でも繋いでおかなきゃダメなわけ?
いや、首に紐ねとブツブツ文句を言いながら、あたしは彼を探す。
あぁ〜ん、もうっ。どこ行っちゃったの。
店の前にいれば、じきに戻って来るでしょ。
暫く待っていると、「ごめん」と横から聞き覚えのある声が。

「どこ行ってたのよ」
「えっと、あの…これ」

あたしに睨みつけられて一瞬、身構えながらも恐る恐る後ろ手に持っていたものを「そこのショップで買ったんだ」と差し出したのは可愛らしいブーケ。
薔薇やガーベラを中心に季節のお花が白とグリーン系で統一されている。
―――もしかして、これって…。
義姉さんが選んでくれたワンピースの色に合わせたのか、偶然なのか…。
それより、このお花を買うために。

「いいの?」
「あぁ。っていうか」

「いらないとか言われると困るんだけど…」と照れくさそうに言う彼。
―――いくらあたしでも、そんなことは言わないわよ。
でも、お花なんてもらったことないから、こんな時、どういう反応をしたらいいかわからない。
ただ、素直な気持ち、心から嬉しいってことだけは間違いないの。

「ありがとう。嬉しい」

ブーケを大事に両手の中におさめると、顔を近付ける。
―――いい香り。

「良かった」

ホッとした表情を見せる彼、女性にはいつもこんな粋な計らいをしているのだろうか?
なんていらんことを考えているとこういう時に限ってお腹がグぅ…。
体は正直。
腕時計を見ながら「そろそろ、行こうか」と声を掛けられて、「うん」とニッコリ返したけど、なに笑ってんのよ!!
その、むっつり笑い止めなさいって。



彼が予約を入れていたのは、なんだかたいそうな高級店。
確か雑誌にも似たような名前の人気店を見たことがあったような気が。
何もこんなに頑張らなくたって、という前にあたしはフォークやらナイフがズラズラ並んだ堅苦しいおフランス料理は苦手なのよ〜。
『あたし目一杯おしゃれしてくから、その代わりとびっきり美味しくて、おしゃれなお店にしてよね』なんて言ったから…。
ここまで来てそんなことも言えるはずがなく…だって、まさかこんなすごいところに来るとは思わなかったんだもん。
あぁ〜どうしよう…。

黒服の男性が入口のドアまで開けてくれ、それだけで緊張が走るというのに正しく借りてきた猫状態のそんなあたしとは対象的にエスコートが自然で妙に場慣れしている長瀬君。
店内はそれこそ、全身ブランド物で身を固めたセレブな客達で既に賑わっている。
椅子なんて引いてもらったこともないから、どう合わせていいのかわからない。

「料理はコースで決まってるけど、言ってくれれば嫌いなものとかあれば聞いてくれるから。それと、ワインの好みはある?銘柄とか」
「えっ?ううん、長瀬君に任せる」

いきなり好みなんて言われたって、銘柄なんて気にして飲んだことなんかないし、だいいちリストを見たってミミズが這い蹲ったような読めない文字ばっかりだし。

「どうしたんだ?いつも、はっきり言う高野さんが。もしかしてフランス料理、嫌いだった?」

急におとなしくなってしまったあたしを見て、そんなふうに思ったのだろう。
嫌いというわけではないけど、やっぱり場違いな気がする。

「そんなことないけど」
「けど?」
「何でもない。えっと…」

わかんないワインリストを適当に眺める。
―――うわぁっ、高。
一番安くっても8,000円とかするわけ?
かぁっ、あたしとは住む世界が違うわ。
感心するだけでパタンとリストを閉じると、そっと彼の前に置く。
それを察してくれたのか、メニューに合わせたワインを頼んでくれて落ち着いたけど、その後、次々出てきた料理を粗相のないよう食べるのに必死で優雅に味わうなんていう術をあたしは到底持ち合わせてはいなかった。


「あぁ、美味しかった。ありがとう、素敵なお店に連れて来てくれて」

料理の見た目も綺麗で味ももちろん文句なし、これは事実だけど、こんなに食事をしてくたびれたのは恐らく生まれて初めてだろう。
それは食事だけでなく、彼を目の前にして落ち着かなかったというのもあったけど…。
帰ったら、お茶漬けでも食べたいわ。

「それは良かった」
「ねぇ、本当にいいの?今日は割り勘にしとこう?」

彼が万札を何枚も出していたのを見てしまったら、とても奢ってもらうわけにはいかない。
主任になったからってお給料がそんなに上がったわけじゃないでしょうし。

「いいよ。誘ったのは俺だから、気にしなくって」
「でも…」
「高野さんを満足させられなかったから」
「え?そんなこと」

―――もしかして、バレてた?
上手くいったと思ったんだけど、長瀬君を真似て付いていくのが精一杯で余裕なかったもんね。

「確かに美味かったとは思うけど」
「どうしてわかったの?」
「高野さん、俺の話全然聞いてなかったでしょ。何かにトリツカレタように目が真剣だった」

―――げっ、トリツカレタようにって…。

「だって場違いっていうか、実はああいうのちょっと苦手だったの。マナーとか、フォークとナイフもどれがなんだかさっぱりわからなかったし」

―――しょうがないでしょ?
うちは庶民派だから本格的なフランス料理なんて食べに行ったこともないし、今まで付き合った彼だって。
外で食べるより家でって思っちゃう部分もあったから。
本来なら、いい雰囲気だったはずなのに…あたしのせいでぶち壊し。
こんなことなら、練習しておくんだった。

「せっかく連れて来てもらったのにごめんね」
「俺も、高野さんが作ってくれるお弁当の方が全然美味いと思うし」
「来週から頑張って、もっと美味しいお弁当作ってく」

愛情たっぷりのね?

2009.5.24


To be continued...

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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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