







「莉麻っ。お見合いは、どうだったの?」
休みが明けて会社に行くと、莉麻が来るのを首を長くして待っていたであろう綾子が早速やって来た。
「どうだったって、言われても」
「何よ~、その気のない返事は」
二人が上手くいったことを想像していたのか、莉麻の言葉に綾子は少々拍子抜けの様子。
「田村さん、あんまり好みじゃなかった?」
好みじゃないと言えば好みじゃないけど、そんなに嫌ではなかったかも。
見合いという前提があったから、あの風貌はどうなの?とは思ったが、素は悪くない。
というか、実際かなりいい男だったと思う。
「そうでもないけど」
「けど?」
「なんだか、変わった人だった」
「変わった人?」
綾子にはどうも、田村がピンとこないよう。
「うん。お見合いだっていうのにこれからリゾートにでも行くの?ってくらいラフな格好で現れたと思ったら、堅苦しいのは苦手だから場所を変えるとか言っていきなりバイクの後ろに乗せられるし。それに、ものすっごい甘いもの好きの人だったのよ」
「へぇ、そういう人なんだぁ田村さんって。でも、莉麻って案外好きじゃない?変わり者が」
「え…」
確かに莉麻は、真面目な人よりも一風変わった人の方が好みかもしれないが…。
さすが綾子、しっかり莉麻の好みは把握していたようだ。
「それで、約束したんでしょ?」
「何を?」
「決まってるじゃない。次に会う約束よ」
「そんな約束、してないけど」
「えっ、携帯の番号やメルアドも聞いてないの?」
ということは、田村が莉麻を気に入らなかったということなのか?
それは、ないと思っていたのに…。
「どうせ、もう会うつもりないし」
「え~もったいない。せっかくいい人だと思ったのに」
「初めから綾子の代わりに行っただけだもの」
こればっかりは綾子がどうこうできるものでもないし、二人の間でそういう約束が交わされていないということなら縁がなかったと思うしかないのだろう。
綾子には、なんだかとてももったいない話のように思えてならなかった。
+++
それから一週間ほど過ぎたある日、綾子の携帯に一本の電話が入ったが、相手は登録されていない見知らぬ番号からのものだった。
───え?誰かしら
「もしもし」
『あの、この電話は横田 綾子さんの電話でしょうか?』
「はい、そうですけど…」
───聞き覚えのない声なのにどうしてこの人、私の名前を知っているのかしら?
『えっと、この前見合いをした田村ですけど』
「田村さん?」
田村さん、田村さん…。
───えっ嘘、田村さんってあの?うわぁ、どうしよう…。
「あの、ちょっと待って下さい。私、綾子の友達なんです。彼女、今ここにいなくて。すぐ呼んで来ますから」
綾子は、急いで莉麻の席に走って行くと耳元で囁くように言う。
「莉麻、大変っ」
「あぁ、綾子。どうしたの?」
携帯電話の通話部分を手で抑えながら、小走りに莉麻のところへやって来た綾子。
一体、何があったのだろう?
「たっ、田村さんから電話」
「田村さん?えぇぇぇ?!なんで」
「知らないわよ。取り敢えず出て」
電話を押し付けられて、莉麻は仕方なく席を立つと人のいない場所へ行く。
そして、一度大きく息を吐くと電話に出る。
「もしもし」
『あっ、横田さん?あの田村だけど。ごめん、急に電話を掛けたりして。忙しかったら、掛け直すよ』
「いえ、大丈夫です」
『あの時、連絡先を聞くの忘れたから。紹介してくれた人が、海外旅行中で昨日やっと帰って来たんだよ』
───その人が帰って来るまで待って、わざわざ聞いてくれたわけ?そんなの放っておけばいいのに。
どうせ断りの電話なのだろうから、そのままにしておいてくれてもいいのにと莉麻は思った。
実は案外、律儀な人なのだろうか?
『それで、今夜なんだけど時間空いてる?』
「え?」
『食事でも、どうかなと思って』
───はい?食事?
「はぁ…」
『何か予定でもあった?』
「いえ、そういうわけでは」
───予定なんてないけど、食事に誘うってどういうことよ。
断るんじゃないわけ?
『だったら18時頃、そっちに迎えに行くよ。大丈夫、今度はちゃんと車で行くから』
「あの…どうして」
『もしかして、断りの電話とか思った?』
「えっ、ええ」
『俺は、初めから断るつもりはなかったんだ。断られるとすれば横田さんの方からかなって思ってたんだけど、そんな感じでもなかったし』
───断るつもりがなかった?初めから?
莉麻は、田村の発言に耳を疑う。
「そうなんですか」
『まぁ、横田さんさえよければの話なんだけどね』
「いえ、私の方は特に…」
『よかった。それじゃあ、18時に』
田村は最後にそう言うと、電話は切れた。
───何で、断らなかったのだろう…。
私は、綾子の代わりにあの場所に行っただけ、二度目に彼と会う理由は見つからないはずなのに…。
◇
綾子に散々冷やかされて、莉麻は18時少し前にオフィスを出る。
───そう言えばあの人、今日は車で来るって言ってたわね。
スカートだからバイクじゃなくてよかった、などと思いながらロビーの自動ドアを抜けると何やら周りにいた女子社員の騒ぐ声が聞こえる。
誰か素敵な人でもいるのかしら?と、莉麻は彼女たちの視線の先に目を向ける。
そこにいたのはダークグレーのスーツに身を包んだスラットした人で、車に寄り掛かって携帯でも見ているのだろうか。
───うわぁっ、あんなキザな人っているんだぁ。
きっと、彼女でも待ってるのよね。
自分はあんなふうに待たれるのは恥ずかしくて、などと思いながら莉麻は田村を探してキョロキョロしていたのだが…。
するとさっきのキザな男性が、莉麻の方を見ながら軽く手を上げて微笑む。
───えっ、彼女この辺にいるわけ?
どこよ、どこ!
もう、こうなるとミーハーの域に入ってしまう。
だって、あの男の人にどんな彼女がいるのか、見てみたいじゃない。
しかし、逆に莉麻の方が周りにいた女性達の視線を浴びて…。
「よっ」
あの男性が、いつの間にか莉麻のすぐ側まで来ていた。
それも、さも親しい間柄のように話し掛けてくるとは。
「え?」
「なんだよ、その顔は。まさか、俺のこと忘れたとか言わないだろうなぁ」
「忘れたも何も、誰ですか?」
「オイオイ、そりゃないだろう」
その男性は、ガックリと肩を落とす。
───だって、わからないんだからしょうがないじゃない。
っていうか誰なのよ、あなた。
「田村だよ」
「田村さん?…えぇぇぇ?!あの、田村さんですかぁ?」
───うそ…だって、全然別人じゃない。
髪だってきちんとしているし、髭も生えてない。
服装だって、あの時とはまるで違うのに。
本当にこの人が、あの田村さんなわけ?!信じられな~い。
「っつうか、俺腹減ってんだよ。確かめるのは、後でもいいだろ」
田村は莉麻の手を掴むと車の方へ引っ張って行き、助手席に押し込んだ。
女性陣達の視線が痛かったけど、この強引なところは多分、いや間違いなく田村なのだろう。
こんなところで、確信したりして…。
彼が運転席に座ると、静かに車が動き出す。
その姿を横で莉麻は、じっと見つめていた。
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