* 恋は一度きり *
<1> 「ねぇ、ねぇっ。聞いた?イケメンで独身の新任副社長のこと」 「もちろん!!このあたしを誰だと思ってるの?」 「そうよね、社内一情報通のあなたが、知らないはずないわよね」 「っていうか、女子社員で知らない人なんて」 「「あっ」」 ───どーせ、知らないわよ。 副社長が誰になろーと、どんな人と付き合おーと、この私が知ったこっちゃない。 ぜーんぜん、興味ないもーんっだ。 そんな私を見て、盛り上がっていた女子社員は視線を突き刺したまま、そそくさと退散していく。 それより、イケメン?独身? 別にどうこうなろとうとか、そういうわけじゃないけど、独身っていうことはそれなりに若いということになる。 ただでさえ、社長が30代と若いのにこの上、副社長まで若い人になるっていうわけ? 大丈夫なの?うちの会社は…。 プルルルルル─── その時、内線電話が鳴った。 「はい、営業第二課ですが」 『良かった本人が出て』 ───その声は…。 「申し訳ありません。生憎、粟飯原(あいはら)は席を外しておりますが」 『嘘言え、いいからすぐ社長室に来い』 「ただいま、手が離せません」 『5分以内に来なければ───』 「わかりました。すぐ行きます…」 ───行けばいいんでしょ?行けば。 ったく、態度がデカイんだから。 樹那(じゅな)は重い腰をよっこいしょと持ち上げると、仕方なく社長室へと足を向ける。 受付の女性は声にこそ出さないまでも、毎度のことにその表情から樹那がここへ来た意味を察しているのがよくわかる。 軽く会釈して、社長室の中へ。 「お呼びでしょうか、お兄様」 「おぉっ、来たか」 この態度のデカイ男は、何を隠そう最愛の?樹那の実兄である。 ことあるごとに呼びつけてはしょうもないことを頼んでくるという、それでも若干32歳でこの大企業を背負って立つ社長なのである。 「何よ。忙しいのに」 「まぁ、そう言うなって。お前の会いたがってた男を呼び戻したんだから、もっと兄に対して優しく接してもらわないとな」 ───会いたがってた人? 誰よ。 そんな人…って。 「げっ、龍波(たつなみ)さん…」 ───何で、龍波さんが…。 いつ戻って来たのよ。 三年前にフラっといなくなったと思ったら、こんなところに突然現れて。 「やぁ、樹那ちゃん。元気だったかい?ちょっと見ないうちに───」 「老けたって、言いたいんでしょ」 「いやぁ、そんなことは」とか言っているが、図星だったのだろう。 それ以上の言葉は出てこないようだ。 それもそのはず、私は誰が見ても40歳を過ぎたオバサンにしか見えない。 実際、兄が32歳なのだから、絶対それより若くなきゃいけないはずなのに…。 「何で、好き好んでそんなオバサンみたいな格好してるんだよ。まだ、20代なんだから、こうおしゃれするとか」 兄としても、素材は十分素晴らしいのだから、妹にはもっと若い女性らしくおしゃれをして欲しかった。 なのに自らこんなオバサンみたいな髪型に洋服なんて。 「用件は?お兄様。まさか、この方を紹介するために忙しい中、私を呼び出したんじゃないでしょうねぇ」 「他にあるか?もっと、喜んでくれると思ったんだけど」 ───今更…。 確かに以前はそうだったかもしれないけど、今は違う。 やっと吹っ切れて仕事に生きる道を選んだというのにどうして、また目の前に現れたりするの。 「えぇ、嬉しいわよ。わざわざ、親友の妹にまで会いに来て下さるなんて」 「相変わらずだね、樹那ちゃんは」 「そういうところが、可愛いんだよな」なんて微笑む龍波さんは3年前よりずっと男っぽくなって、妹だからという欲目はともかく、こうして兄と並んでいる姿を見ると自分がここにいてはいけない人間のように思えてしまう。 「まぁ、立ち話もなんだから、座ってゆっくり今後のことを話そうか」 意味深なことを言って、兄は電話を掛けるとコーヒーを3つ頼む。 「挨拶だけじゃなかったの?」 「それなら、わざわざ会社でなくてもできるさ」 確かに。 だったら、本当の目的は何なのか。 取り敢えず、無駄に大きなソファーに腰掛ける。 暫くして、秘書の女性がコーヒーを持って入って来たが、彼女は父の代から勤める勤続20年以上のベテランで、20代の頃に女性に散々追い掛け回された経験から兄は無理やりに自分の担当に就かせたのだった。 「今後のことって」 「龍波には、今日から僕の右腕として副社長に就任してもらうことにしたんだ」 「ずっと打診していたんだが、ようやっと引き受けてくれてね」と嬉しそうに話す兄。 ───えっ、龍波さんが副社長?! だから、同僚の女性達が騒いでいたのね。 「僕も、そろそろ身を固めようと思ってね。いい機会だと思って」 「それはそれは、おめでとうございます」 ───な~んだ、結婚するんで戻って来たわけか。 道理で、こんな囲っ苦しい会社の仕事なんて引き受ける気になったわけね。 私には、それこそ知ったこっちゃないけどっ。 「まだ、お祝いの言葉は早いよ。これから、相手を探さなきゃならないんだから」 ───へぇ、相手ねぇ。 女性なら、選り取りみどり、いくらでも吟味して選べるでしょうよ。 「なら、女子社員の中から募集してみたらどうかしら?既婚者と彼氏のいる女性を除けば、全員立候補するでしょうね」 これだけの容姿に地位を持った男性となれば、目の色を変えて女子社員が名乗り出るに決まってる。 「その中に樹那ちゃんもいるのかな?」 「はぁ?何で、私?」 いない、いない。 心の中で断言する。 「もちろんだよ、龍波。こいつは未だに彼氏いない歴27年だから」 「ははは」って、兄貴ったら余計なことを言わないでっ。 今時、そんな化石みたいな女は自分だけに違いない。 いいんだもんっ!!ろくでもない男に身をささげるより、好きなように一生一人で生きていくんだから。 「そうなんだ。僕のために操を守っていてくれたんだね」 「操って…」 ───どうでもいいけど、今後の話って、こんなくだらないことなの? 私、これでも忙しいんだけど。 「ということで、本日付で粟飯原 樹那さんに副社長付を命じます」 「は???何、副社長付って…」 聞いてないし、「社長命令だ」とデカイ態度で言われても…。 「よろしくね、樹那ちゃん」 にっこりと悩殺スマイルで龍波さんに出された右手を意味もわからず握り返す樹那。 果たして、一体…。 ※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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