何で、右京 崇(うきょう たかし)が梨華をパーティに誘ったんだ―――。
彼女からの返事に落胆を隠せない巨哉(なおや)だったが、『ごめんね、その日は先約が入っちゃって』というものだからてっきり別の理由で断られたものだとばかり思っていたのに、よりによって自分が誘った同じパーティーに先に誘われた上司と出席するからなどと、そんなことを簡単に受け入れられるはずがない。
だいたい、何で右京 崇が梨華を連れて出席するのか、その意図がわからない。
お互い会社にとってKAZAMA Inc.は重要な取引先だし、プライベートなパーティーだからこそ、気を抜けない。
特に女性同伴となれば相手を見定められるのは確実だし、今後の自身までも評価されかねないからだ。
巨哉(なおや)が梨華を選んだのはもちろんそれだけじゃない、公の場で彼女を披露することで距離を一気に縮めてその先へ…。
…えっ、ということはあいつも、まさか梨華を。
以前、昼食を誘おうと彼女のオフィスまで行ったことがあったが、その時に先手を打って付き合っていると宣言したはず。
それでも梨華を誘ったのには何かワケが、その前にここで梨華以外の女性を連れて行ったりしたら、本当はまだそこまでいっていないことがバレてしまうではないか。
もし、あの男も梨華を狙っているとすれば、少し厄介なことになるかもしれない。
ここは、何としても彼女を連れて行かないと。
真剣に何か名案はないかと考えていると秘書からの取り次ぎで顧客からの電話が入ったが、巨哉(なおや)にとっては仕事どころではなかった。
◇
―――困ったわねぇ。
『梨華、頼む。パーティーには親父の知り合いも来るし、梨華以外の女性を連れて行けないんだ。幼馴染と上司のどっちが大事なんだよ』
一歩違いで巨哉(なおや)に断りのメールを出したのだが、こう返されても正直困る。
どっちが大事なんてこと、決められるはずがないじゃない。
まったく女性同伴なんて条件、とはいってもおめでたいパーティーなんだから仕方がないし、それよりどうするのが一番いいのかしら。
先に誘われたのは常務だし、それに出席すると言ってしまったものを今更、巨哉(なおや)と一緒に行くのでとは言い難い。
ここは悪いけど、巨哉(なおや)には別の女性と行ってもらうしかなさそうね。
だけど、どうしてお父様の知り合いが来るからって私でなきゃだめなの?
常務みたいに秘書を連れて行ったらいいじゃないねぇ、巨哉(なおや)には綺麗で有能な女性秘書が付いているんだから。
そうメールに書いて送ると巨哉(なおや)からは諦め切れなかったのか、尚もメールが返ってきたが、梨華はもう返事をしなかった。
◇
この日は崇(たかし)が顧客先に出向いたまま戻らないというので、梨華も定時でオフィスを出ることにする。
最近は1〜2時間の残業は当たり前だったから、明るい時間に外に出るのは久し振りのことだったかもしれない。
―――ショッピングでもして、帰ろうかしら?
常務に誘われたパーティー用のドレスもチェックしておかなければならないし、ずっと地味なスーツばかりだったから新しい服も欲しいし。
えっとスカート丈には注意しないとね、常務に言われちゃうから。
などと考えながらロビーを出ようとすると、見知った人物が視界に入る。
えっ、巨哉(なおや)?
彼は梨華に気付くと右手を軽く上げて近付いて来たが、彼女の姿を見て一瞬顔色が変わった。
「どうしたの?こんなところで」
「いや、梨華が出て来る頃かなと思って。それより、なんだよその姿は」
「どこか、変?」
崇(たかし)に言われたようにこれでもかなり落とした服装で来たつもりだし、オフィスを出る時は眼鏡を掛けるようにというのは破っちゃったけど…。
でも、彼は今朝聞いた時に何も言わなかったから大丈夫だと思っていたんだけど、どこか変だったのだろうか。
「そうじゃなくて。いつもの地味な梨華は止めたのか?」
「うん、やっぱりおしゃれがしたくなっちゃって」
「右京 崇(うきょう たかし)のせいか?」
「えっ、どうして?常務は、何も―――」
言い掛けて、少なからず常務のせいでもあるのだと、それは今言わないけれど…。
「私を待ってたって、何か用でもあったの?」
誤魔化すように梨華は話を元に戻す。
「パーティーの件なんだけど、何とかならないかな」
「まだ、言ってる。それは断ったでしょ?それとも、秘書はOKしてくれなかったの?」
―――わざわざパーティーのことで、こんなところまで来るなんて…。
何をそんなに拘るのかしら。
誰を連れて行っても、それで巨哉(なおや)の立場が悪くなるとかそういう問題じゃないでしょうに。
「秘書なんか、初めから連れて行くつもりなんてないさ。俺は梨華がいいんだ」
「いいんだって言われても、私は常務と行く約束をしているの」
「あいつの方こそ、断ればいいだろ。これは業務命令じゃないだろ?何で、あいつの肩ばっかり持つんだよ」
「そうだけど…。私は常務の肩なんか持ってないし、巨哉(なおや)こそ、たかがパーティーくらいで目くじら立てないで」
相手が右京 崇(うきょう たかし)でなかったら、そしてそこに梨華が絡んでいなければ、巨哉(なおや)だってこんなことで騒いだりしない。
どうしても、あの男にだけは梨華を渡したくないから。
「嫌なんだよ。あいつが、梨華を連れて来るのが」
「ちょっ、やっ…巨哉(なおや)っ…」
巨哉(なおや)は梨華の腕を掴むと、強引にどこかへ連れ出すつもりらしい。
―――やっ、巨哉(なおや)…怖い…助けて…常務…。
「私の大事な秘書に何をしているのかな」
体の底から響くような低い声に巨哉(なおや)も、掴んでいた梨華の手を緩めた。
そこには、今日は戻らないはずの崇(たかし)。
―――常務がどうして、ここに…。
「常務…どうして…」
「今日中にやらなければならない仕事が入ってね。戻って来てみれば、こんな」
打ち合わせが早く終わったのと、その中で出た件についてどうしても今日中に調べておきたかったから戻って来たのだが、何か虫の知らせでもあったのかもしれない。
「既に定時は過ぎている。いくら常務でも、とやかく言われる筋合いはないと思いますが」
チラッと腕時計に目を向けた巨哉(なおや)だったが、崇(たかし)の表情は変わらない。
「お言葉を返すようだが、ここはうちの社の敷地なんでね。秘書が無理矢理連れ出されそうになっているのを見て黙ってはいられない。私には社員を守る義務がある」
「無理矢理なんて失礼な。俺と梨華は―――」
「彼女のそんな顔を見て、とても楽しそうには見えないが」
勝ち誇ったような崇(たかし)の言い方に巨哉(なおや)は腹が立ったが、立場的に不利なのは確実。
ここで梨華を連れて行っても彼女を怖がらせるだけ、これ以上嫌われては元も子もないのだから。
「森永さん、帰るところ申し訳ないんだけど、少し手伝ってくれないかな」
「はい、わかりました」
完全に離された手、巨哉(なおや)は梨華に向かってポツリと「ごめん」と口にしたが、彼女は言葉にこそ出さなかったけれどその顔は穏やかだった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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