Intersection
14


お風呂から上がって自室に戻るとベッド脇のサイドテーブルに置いてあった携帯が点滅している。
―――着信メールが一件。

梨華の携帯に送ってくる人は限られていたけれど、誰からだろう?

げっ、常務―――。

勝手に登録してとは思ったが、まさか即日送ってくるとは思わなかった。
でも、何て書いてあるのかしら?
変にワクワク、ドキドキ、ソワソワしてしまうのは、常務がどういう内容のメールを送ってくるかものすごく気になったから。
フーっと息を吐いて、恐る恐るメールを開いてみると…。

『明日は、以前の地味な姿で出勤すること。でないと、他の男の目が気になって仕方がない。これは、常務命令だ。 右京』

えっ、これ…。
別に愛の囁きを想像していたわけではなかったが、もう少しこう―――でも、『他の男の目が気になって仕方がない』ということは、やっぱり…。
『普段の君でも十分魅力的だと感じていたのにこんな…』
これは喜ぶべきなのかどうなんだろうか、その前に返事をどうするかが問題かもしれない。
“常務命令だ”と言い切られてしまえば、“はい、わかりました”と返すしかないけれど、一度おしゃれをしてしまうと元には戻せないのも事実。
今日はやり過ぎたにしても梨華だって25歳の若き乙女なのだから、もう少しおしゃれをして会社に行ってもいいはずだ。

『こんばんは。その件に関してですが、以前より少しだけおしゃれをして行ってはいけませんか? 森永』

―――さぁ、何て返ってくるかしらね。
手の中の携帯をジッと見つめて返事を待っているとすぐに着信が入り、メールを開く。

『スカートの丈に注意すること。フロアから出る時は眼鏡を掛けること。それ以外ならOKだ。 右京』

―――これじゃあ、まるでお父様みたいだわ。
ディスプレイを見ながら、クスクスと笑ってしまう梨華。
まさか、常務とこんなメールのやり取りをするとは思いもしなかったけど、今頃どんなふうにこのメールを打っていたのかしら?
私のようにお風呂上がりかしら、それとも本を読んだり調べ物をしたりしているのかしら。
男性と付き合ったことのない梨華は巨哉(なおや)くらいしかメールのやり取りをしたことがないが、こういうことを思ったことも考えたこともなかった。
それは、崇(たかし)が梨華にとって特別な存在だからなのか、それははっきりわからなかったけれど、一つだけ言えるのは“気になる”ということかもしれない。

『わかりました。 それでは、また明日。おやすみなさい。 森永』

メールを送信後に携帯をパタンと閉じると、梨華は手に持ったままそっと目を閉じた。

+++

「おはようございます」
「あぁ、おはよう」

いつもと何ら変わらない挨拶だったけれど、心の中には少しだけ見えない変化が起きていたかもしれない。
梨華が入れたてのコーヒーをデスクの上に置くと、崇(たかし)は「ありがとう」とお礼と言って、まだ早いからか新聞各紙に目を通す。
昨日は眠れなくて妙に早く出社してしまったが、今日は違う。
ほんのひと時、彼女との時間を過ごすためにこうして早起きして会社に来ていたのだから、あまりに健気過ぎて崇(たかし)自身も笑ってしまうくらい。

「あの、常務」
「何だ?」
「この服装で、大丈夫でしょうか」

今朝の彼女は淡いピンク色のスーツだったが、膝下丈マーメイドラインのスカートに髪はストレートのまま、顔に掛からないようにとサイドを纏めて後ろでクリップ留めしていた。
昨日に比べればだいぶ落ち着いていたとは思うが、今は眼鏡を取っているせいかやはり可愛い顔は目を引く。

「随分、誘われたんじゃないのか?」
「いえ、そんなことはないですよ」

崇(たかし)は今の梨華について、いいとも悪いとも言わないけれど、それはOKという意味だと受け止めることにする。
そして、誘われたのかという質問にはこう答えたものの、本当は嘉葉(かずは)経由で色々なところから誘いのメールが入っていたことは内緒にしておこう。
それにしても、みんな行動が早過ぎる。

「なら、俺が誘う」
「はっ!?」

―――どうして、そうなるのかしら?
はっきり言って、常務のことはよくわからない。
こんな私にこだわる理由も、そういう私自身も常務の誘いが嫌じゃないと思っているということも…。

「来月、大事なパーティーがあるんだ。これは直接業務とは関係ないが、女性同伴なんだよ」
「そういうお誘いなら、私でなくても他に相応しい方がいらっしゃるのではないでしょうか?」

言い方が素直ではなかったかもしれないが、何もその誘いは梨華でなくてもいい。
崇(たかし)ならいくらでもそういう女性はいるだろうし、これだけ目立つ彼のことだから同伴する女性にも視線は注がれるに違いない。

「君以上に相応しい女性は、いないと思っているんだけど」
「えっ」

―――いつの間に…。
常務は立ち上がって側に来ていたのだろうか?
昨日のように抱きしめられるようなことはなかったけれど、デスクに右手をついた彼、すぐ側で見つめるその目は同じように鋭く、怖いくらいに梨華の奥底まで射抜くようだ。

「それとも、蒼井 巨哉(あおい なおや)に誘われているのか?」
「なお…蒼井さんが、どうして私を」

―――どうして、そこに巨哉(なおや)が出て来るの?

考え込むような表情の梨華に内心ホッとする崇(たかし)。
…先に晴貴(はるき)から情報を得ておいて良かった。
今度のパーティーは直接業務に関係ないと言ったが、それは主催者であるKAZAMA Inc.社長、風間 義彦(かざま よしひこ)夫妻の銀婚式を祝うものだったからだ。
出席者は夫婦または女性同伴でというのも義彦氏の意向で、自分達のように夫婦円満でということらしい。
KAZAMA Inc. は右京コーポレーションとももちろん取引があり関係も深いが、恐らくそこには江上商事のパーティー同様、蒼井 巨哉(あおい なおや)も顔を出すはず。
そうなれば、彼が梨華を誘うだろうことは目に見えている。

「いや、誘われていないならいい。とにかく予定を空けておいて欲しいんだ。女性なら誰でもというわけにもいかない、風間社長夫妻の銀婚式の祝いなんでね」
「風間社長というとKAZAMA Inc.の?」

「あぁ」という崇(たかし)に梨華も社長のことは良く知っているし、業務に直接関係ないとはいってもこの場合は断るわけにもいかないだろう。

「わかりました」

梨華がそう返すと「良かった」という言葉と共に抱き寄せられて、唇を重ねられた。

「…ちょっ…じょ…む…」

「やめて下さい」という言葉はもう、声にならなかった。
よくわからないけれど、体が熱くてでもすごく心地いい。

「相変わらずだな。こんなんじゃ、これから毎日どうするんだ?」
「…まっ、毎日!?」

「だから、早く出社してるんじゃないか」なんて、しれっと言う常務…。
―――毎日ってぇ…。
二度目はきっと溶けてなくなってしまうかもしれない、そう思ったのにこれが毎日なんて…。
身が持たないわよぉ。



はぁ…。
崇(たかし)のことばかり考えてしまって、梨華は仕事にもあまり集中できそうにない。
そんな午後になって、携帯にメールが入る。
―――巨哉(なおや)?
また、会議で眠いというメールだわと思いながらも、デスクの下でこっそりと開いて見る。

『来月、KAZAMA Inc.社長夫妻の還暦祝いのパーティーがあるんだよ。なんだか知らないけど女性同伴らしくって、梨華一緒に来て欲しいんだ。』

―――え?
風間社長夫妻の還暦祝いのパーティーって…。
今朝、常務に誘われたばかり、“はい”って言っちゃったのに…。
―――ん?
だから、常務は『巨哉(なおや)に誘われているのか?』って聞いたのかしら?
巨哉(なおや)には悪いけど、理由を言って断るしかないわね。

仕事中だからと思いつつも、そういう気にもなれずに梨華はメールの返事を送ったのだが…。


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