Intersection
22


玄関前で暫く立ち尽くす梨華。
ここまで来ておきながら、なかなかその一歩先に進めないのは、この扉の向こうには上司である常務がいるから。
それは、いつものオフィス内の常務室とはワケが違う彼のプライベートルーム…。
考えていても来てしまったのだから、顔くらい見て帰ろう。

―――常務が二日酔でダウンする姿なんて、そうそう見られるものじゃなさそうだしっ。

ピンポーン
   ピンポーン
      ピンポーォン―――

すぐにガチャという音と共に大きな鉄の扉が開いた。

「常務、突然伺ってすみません。二日酔いは、いかがですか?」
「えっ?あぁ、なんとか…」

どうにも、梨華の一言が棘のあるいい方に聞こえるのは、崇(たかし)だけだろうか?
取り敢えずここじゃなんだし、「どうぞ」と案内するも、なぜか梨華は玄関先から中に入ろうとしない。

…どうしたんだ?

休んでしまったから、今日は一日顔を見られないと諦めていた。
彼女のことだから恐らく心配して来てくれたはず、どんな理由にせよ、こうして二人っきりになれるのだから、こんなチャンスを逃す手はない。

「私は、ここで失礼します。思ったより、お元気そうですし」

―――なんだぁ、髪もいつもよりはきちんとしてないけど、ボサボサってわけじゃないし、洋服も着替えちゃったのか、普通にシャツとパンツだし。
もう少し、だらけた常務を見てみたかったのになぁ。
それに、これ以上中に入ってしまったら…。

「目の錯覚だろう。そう見えるだけだ」
「私はてっきり、体調を崩されているものだとばかり」
「思いっきり崩したけど」
「それは、自業自得っていうものですよ」

―――何が、思いっきりよ。
巨哉(なおや)もさっき、『あんなに飲んだのは初めてだったよ』とか言っていたが、どこでどう間違ったらこの二人が二日酔いでお互い仕事を休むほど酔いつぶれることになるのだろうか?
しかし、『まぁ、それは右京さんに聞いてみたらいいさ』と言われたものの、聞きたいのは山山だけど、ここで聞くのはどうなのか…。
よく考えてみれば、殴り合いにならなかっただけでも、良しとしなければ。

「そう言わずに今回だけは多めに見るということで」

―――仕事ができて、尊敬できる素敵な上司のはずが、こんなぁ…。

「まぁ、美味しいお茶でも入れるから」とニッコリ微笑んではいるが、常務はコーヒーだって梨華がドリップで入れるのを見て感動していたくらいなのだ。
とても、美味しいお茶なんて期待できるものではない。

「常務の肥えたお口に合うかどうかわかりませんけど。抹茶プリンを買ってきたので、良かったら私が入れますが」
「何か、さっきからチクチク刺さるような言い方だな」
「お気に召さないようでしたら、帰り―――」

「わかったよ。常務たる者が、二日酔いで仕事を休むなんて大人気なかった。もうしません」と半ばヤケクソのような言い方だったが、こんな崇を見るのは梨華だって初めてだ。

―――う〜ん、可愛いかもっ。

年上の男性、それも上司に向かって口に出して言ってはいけない言葉かもしれないが、案外女性には弱いのかもしれない。

…そりゃぁ、俺が立場もわきまえずに飲み過ぎたのは悪いとは思う。
これじゃあ、俺は尻に敷かれそうだ。
いや、既に敷かれてる?!

これから、二人の甘い時間(とき)を過ごすはずだったのに…。


「お邪魔します」と梨華が崇の家に上がると、リビングに繋がった対面式のキッチンへ真っ直ぐに向かう。
ずっと一軒家に住んでいて、一人暮らしの男性のマンションの中など想像もしたことはなかったが、さすが常務!!というか、まるでモデルルームさながらで見事に何もない。
そこはすかさず、女性なら女の気配がないと喜ぶことなのかもしれないが、梨華としては逆に彼の体のことを心配してしまう。
―――食事を作ってる形跡はないし、毎日外食なのかしら…お昼はいつもお弁当だし…。
取り敢えず飾ってあった(としか思えない)ケトルを洗って水を汲むと湯を沸かすが、ここはオール電化らしく電磁調理器というものを見たのも使うのも初めてだった。
急須と湯飲みも誰かにもらったのか箱に入ったままのものを渡されて、もちろんお茶も同じように箱に入っていたものから茶葉を取り出して用意する。
もったいないくらい、いいお茶なのに。

「常務、蒼井さんとどうして二日酔いになるまで飲むことになったんですか?」
「え?あぁ、勢いというか、成り行きというか…」

ソファーに座っていた崇だったが、いきなり振られて答えに困る。
二人がバーで会った時には一瞬険悪なムードが漂っていたけれど、話すうちに意気投合して場所を変えることに。
巨哉(なおや)のマンションに行く予定が崇のマンションになったのは、近かったのと上等なウィスキーがあるという理由から。
梨華の子供の頃の話やお互いの恋愛遍歴等、それこそ腹を割って全てを語り明かしたのだ。
そんな彼の彼女に対する一途な想いを知らされて、本当はこうして気を使ってくれたことが心苦しかったりするのも確かだった。

「彼とは、いい友人になれそうだよ」

昨夜は、梨華が入っていけないような男同士の時間があったのだろう。
仕事を休んだのは微妙だが、さっき会った時の巨哉(なおや)の表情といい、今の彼の言葉を聞けば、きっと二人の間にいい関係が生まれたに違いない。
ピーピーというケトルの音に梨華はスイッチを切ると、急須にお湯を注ぐ。
美味しいお茶でもと言っていたのはあながち嘘ではなく、かなりいい香りが漂ってくる。

「はい、どうぞ。よろしければ、抹茶プリンも」
「あぁ、ありがとう。お茶なんて家で飲んだことがなかったけど、いいもんだな」

梨華は、入れたばかりのお茶と持ってきた抹茶プリンをお皿に空けてリビングのローテーブルの上に置くと、早速、崇は頂くことにする。
…あぁ、美味い。
やっぱり、日本人なんだと再確認したりして。

「もったいないですよ。こんないいお茶を飲まずにいるなんて。それに二日酔いには効くんですよ?」
「そうなのか?しかし、大の男が家で一人お茶を入れて飲む姿ってどうだ?」
「まぁ、確かに常務がそれをすると不自然かもしれませんね」
「だろう?」

頭の中で想像して、梨華はちょっと笑ってしまう。
それも、巨哉(なおや)と二人だったら尚更だ。

「でしたら、早く入れてくれる人を見つけないと」
「そうか、梨華が入れに来てくれればいいんだ」

「何だ、気が付かなかった」と嬉しそうに言われて、自ら墓穴を掘ってしまったと思っても、もう遅い。
自分がここにお茶を入れに来る姿など、彼が一人でお茶を入れている姿と同じくらい似合わないと思う。
それこそ、想像できないこと。
―――私が、ここに来るなんて。

「梨華。そんなところに突っ立ってないで、こっちにおいで」

考え事をしている、まるで会社での彼女のように脇に立ったままの梨華をポンポンっと崇は自分の隣の空いている場所を叩いて招き寄せるが、元気な姿を見た彼女はこれ以上長居するつもりはなかった。

「いえ、私は常務の元気な姿を確認できれば。これで失礼します」
「え?すぐに帰らなければならない訳でも」

―――訳って…。
だ・か・ら・元気な姿を確認できればって言ったじゃない。
他にないでしょ?理由なんて。

「そういうわけではありませんが」
「だったら、もう少し居てくれても。せっかく、こうして二人っきりになれたのに。してくれたと言った方がいいかな」

我慢できなかった崇は、自らがソファーから立ち上がると梨華を抱き寄せる。
立場を考えても二日酔いで仕事を休むなどもっての外だが、この状況を考えると良かったと思うしかない。

「ちょっ、常務」
「梨華、ここは会社じゃないんだから。常務は止めて欲しいな」
「う、右京さん…あの」
「これ以上は何もしない、約束する。だから―――」

観念したように梨華は崇の背にそっと腕を回す。
いつしか、そこが心地いい場所に感じるようになっていたなんて。


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