Intersection
27


「常務っ、常務ったら、起きて下さ〜いっ」

「遅刻です!!」耳元で叫ばれて、何事が起きたのかとガバっと起き上がった崇。
そんな放心状態の彼のすぐ隣に必死の形相で訴える梨華。
…そうだった。
昨夜は蒼井君と飲んで酔っ払って帰ったら、彼女が俺のことを待っていてくれて。
その後は、ずっと待ち焦がれた言葉を彼女の口から告げられたのは、はっきりくっきり覚えているが…。
あれ?やっと想いを伝え合ったはずなのにこの姿は…。
しっかり、昨日会社に行った時と同じ服装。

「常務。まだ、気分が悪いんですか?」
「いや、大丈夫だけど」

―――どうしたのかしら?常務。
それより、早く支度をしないと会社に遅刻しちゃう。
着替えの服だってないから一度、家に帰らなきゃならないし…。
だけど、お母様はともかく、お父様とは顔を合わせにくいなぁ。
娘が朝帰りなんてぇ。

「私、一度家に帰ってから着替えて出社しますので」

そう言ってベッドから出ようとした梨華の腕を崇が掴むと、絡み合うようにして二人は再びベッドになだれ込む。

「ちょっ、常務っ。何をするんですかっ」
「常務じゃないだろう?せっかく、二人で初めて迎えた朝なんだから、もっとゆっくり味わわないと」

―――ゆっくりって…。
そういう問題じゃなくってぇ。
抱きしめられて身動きが取れない梨華、ただでさえ、ついさっきまで一晩中、彼の息、熱を感じながら過ごしたというのに…。

「ダメですってっ。会社に行かないと。今日は大事な業績会議がある日じゃないですか」
「はっ、そうだった」

「マズイっ!!」と再び、ガバっと起き上がった崇は慌ててバスルームへと消えた。
昨夜は、やはり飲み過ぎたせいか、肝心なところで睡魔に襲われ、甘い夜を過ごし損なってしまった。
かなり、いや相当もったいないことをしたと今更後悔しても遅いわけだが、大事な業績会議をほったらかしてまで彼女と失った時間を取り戻すというわけにはいかないのだ。
非常に残念な事態ではあるが、ここまでくるのだってかなり掛かったのだから、そう焦ることもないだろう。
お互いの気持ちは、一つなのだから。

「あぁ、でもなぁ、くぅっ、もったいないことをしたなぁっーーーーーー」

シャワーの音で掻き消されていたが、彼の雄叫びはいつまでもバスルームに響いていた。

+++

二人で仲良く出社といきたいところは山山だったが、会社の経営を任される身の崇にとってはこのご時勢、そんな個人的な欲望に駆られている場合ではないのだ。
でも、惜しかった…。
酔ってさえいなければ、今度こそ彼女は自分のモノになったかもしれないのに…。
大事な業績会議の間中、不謹慎だとわかっていても彼女のことが頭から離れない。

『常務、好きです』

あの言葉は一生、忘れることはないだろう。
…この週末にでもきちんと彼女のご両親に会って、二人のこれからについてきちんと報告をしよう。
もちろん、結婚を前提に。
いや、もう結婚の承諾を得てしまった方がいいかもしれない。
というか、今すぐ結婚してしまいたいと思っているのは自分だけだろうか。

「では、常務から先月の───」

社長を始めとする幹部社員たちの視線が一気に崇に注がれた。

「常務?」
「あっ、はい。では───」

慌てて立ち上がって頭を切り替えたが、珍しくどこかいつもの彼らしい歯切れの良さは感じられなかった。



『あぁ…疲れた』と午前中、ぶっ続けで行われた会議からやっと開放された崇は、部屋に戻るなり目頭を押さえながら、どっかとソファーに腰を埋めた。

「常務、大丈夫ですか?」

二日酔い明けの長い業績会議、心配して部屋で待っていた梨華が「すぐにコーヒーを入れますね」と給湯室へ。
彼女の顔を見ただけで、さっきまでの悶々とした思いはどこかえ消えてなくなってしまったよう。
結婚すれば、毎朝、毎晩、この安らぎと甘い時を味わえるのだ。
友人のノロケ話を聞いても自由を優先してきた崇が、やっとその意味を理解したのかもしれない。
書類の山を横目でやり過ごし、ボンヤリ窓の外を眺めているとコーヒーの香りと共に愛しい彼女が戻って来た。

「どうぞ」と大きなデスクの上に置かれた、会社の備品として購入された変わり映えのしないコーヒーカップ。

「ありがとう」と礼を言って、ふと彼女の方を見れば、自分用に入れたのだろう、可愛らしい絵柄のマグカップからはふんわりと湯気が上がっている。

「揃いのカップを買いに行こうか」
「え?」

じっと梨華のことを見つめている常務があまりにも魅力的で、それでいて全てを包み込んでしまうような優しい瞳に吸い込まれてしまいそうで、そう返すのが精一杯だった。
───お揃いのカップ?
買いに行くというのは、一緒に?
嬉しいような恥ずかしいような。
だけど、自分の想いを告げた今、心から嬉しいと感じる瞬間だった。

「はい。いつがいいですか?」
「そうだな。今週末、土日のどちらかでご両親の都合がいい方がいいな」

何で、両親?と梨華は思ったが、昨夜『俺から、ご両親に話すよ』と崇が言っていたのを思い出した。
───お母様は薄々知っているけれど、お父様は…。
彼の父である右京社長とは親友だとは聞いていても、いざ娘がその息子と付き合うと知ったらどうなのだろう。
とはいっても、反対はしないに決まってる。
だって、こんなに素敵な男性(ひと)はどこを探してもいないもの。

「今夜、聞いてみますね」
「あぁ。今日は早めに帰って、昨晩のことは改めて俺からきちんと話をするからと言っておいてくれないかな」
「はい」
「ところで、昨晩のことは何て言ったんだい?」

梨華は一度、家に帰って着替えて来たが、父は今朝に限って早めに出社するとかで既に家にはいなかった。
母には包み隠さず説明したけれど、父とはまだ何も話をしていない。
ただ、ひどく心配していたようなのを母がもう子供ではないのだと言い聞かせたというところが若干気にはなるけれど…。

「母には全部話しましたけど、父には会えなくて。今夜、話します」
「週末、会ってくれるといいんだけど」

目に入れても痛くないほど可愛がっている娘を無断外泊させた不届きな男としてインプットされていなければいいのだが…。

「会ってくれますよ。その前にマグカップ、買いに行きましょうね」

───常務とお揃いのマグカップ。
どんなのが、いいかしら。
やっと恋のスタートラインに立った梨華だからこそ、ほんの些細なことでも喜びを感じるのかもしれない。

そんな彼女を今すぐ抱きしめたい衝動に駆られている崇。
…週末が正念場だな。
考えただけで二日酔いが吹っ飛んだ。
密かに決意するのだった。


To be continued...


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