さくら




*英語「」、日本語『』で会話されています。



家族と別れたあの日から2年。桜は信じられない気持ちだった。

また、再び生きて会うことができるなんて。


滞在予定の2週間のうち、はじめの1週間はマックの仕事のこともあり、ホテルに泊まっていた。

マックが仕事している間、桜は友人に会ったり、買い物をしたりして過ごした。

2週目になり、マックが休暇に入ったので、観光や桜の家族に会いに行き、その日からは、ホテルをやめて創平の家で過ごすことになった。


帰国する前日、マックは桜の卒業した大学に行こうと話した。

マックには、大学時代の話をよくしていた。

楽団に所属していた事。はじめはオペラ専門のオーケストラだったが、桜が4回生の時、単独の演奏会を、しかも、大学のオペラハウスで開くことになった事。

桜が満開のこの季節に。

創平の家の周りやテレビを見てると、今週末ぐらいだろうと考えていた。

土曜日か日曜日・・・桜たちは週末を待たずに帰るので、見に行くのは無理だろうなぁと、マックにも話していた。

春菜も、創平の家に遊びに来ていたのだけど、団長である夫の聡は仕事などで時間が合わず、今晩帰国前に会える予定だった。


桜は、演奏は聴けなくても、大学へいけるだけで嬉しく、頷いた。




**********



大学の門を入ると、満開になっている桜並木が続いている。

その向こうに、オペラハウスがある。

桜はゆっくりと歩き出す。

マックは、ジャックとジュリアを連れて、後ろからついてくる。


オペラハウスガ見えてくると、平日の昼間なのに人が集まっているのに気が付いた。


『 第5回 K大学オーケストラ 定期演奏会 』


「うそ・・・・・・」

桜は信じられないというように、看板をじっと見つめていた。

「さあ。中に入ろう。」

マックに促されながらも、桜は呆然としたまま、会場の中に入る。

「俺が聡に連絡したんだ。まだ、日にちが本決まりになっていなかったから、こちらの予定にあわせてくれたんだ。」

2階のBOX席に入って会場を見下ろす。

「平日なのに、もう満席なんだな。」

家族、カップル、友人同士など、開演前の場内は賑わっていて、満席状態だった。

「楽団の家族とか、友人。オペラの時からの常連の方もいるし、1回目のとき、宣伝を思いっきりして、オペラハウスの舞台でマーチングをしたの。それが、評判良かった。」

第1回の時へと懐かしそうに思いをはせながら、桜も会場を見下ろす。

「私は結局、在学中の1回きりだったから・・・。もう5回目なのね。」

桜は目を潤わせながらも嬉しそうに、パンフレットをながめる。

「マーチング。今年もやるのね。あら。結構OBが頑張るのね。」

メンバーを見ると、第1回にいたメンバーがほとんど。顔を思い浮かべながら、ふふふっと桜は笑った。




『ブー』

と開演のブザーがなり、会場の照明が落ちた。




*英語「」、日本語『』で会話されています。



第一部では、映画音楽など親しみやすい曲が演奏された。

第二部のマーチングは、熟練された技、思わずため息がでるような優雅な動きで、迫力があった。

最後にドラムメジャー(マーチングでの指揮者)である聡が出てきて敬礼したときは、客席が皆立ち上がって拍手した。



第三部に入る前の休憩で、一部と二部の感想などを話していると、聡が入ってきた。

『よう。驚いただろう。』

後ろを振り返ると、聡はにやっと笑みを浮かべている。

『ほんとに。マックにも内緒にされるなんて。彼、ほんとに何も言わないのよ。「今朝、突然大学を見に行こう。」ってだけ。』

桜は、立ち上がって、聡を抱きしめた。

『会えて嬉しいわ。また、この演奏会に来られるなんて。』

『俺もうれしいよ。・・・アンコール楽しみにしてて。とびっきりの曲をするから。』

桜はうなずいた。

『ええ。楽しみにしているわ。もちろん次の三部もね。』

うなずいて聡は舞台へ戻っていった。


第三部がはじまり、交響曲が演奏された。


ジュリアも音楽が好きで、クラシックも良く聴くが、うとうと眠りはじめていた。

そして演奏が終り、拍手に続いて、アンコールの手拍子に驚いて、ビクッと体が動き起きた。

そんなジュリアをみて、マックと桜は目を合わせて二人で笑った。


指揮者が舞台袖から出てきて拍手が収まると、聡がマイクの前に立ち、挨拶と、関係者へのお礼が述べられた。

『さて、第五回を記念しまして、毎年恒例で演奏させていただいている森山直太郎の『さくら』ですが、今回は第一回と同じく私が歌わせて頂きたいと思います。』

会場に拍手がおこる。

『私と同じくこのオーケストラの演奏会の開催に携わった女性が、4年ぶりにこの会場に来る事ができました。今は、アメリカで暮しているので、第一回以来となってしまいましたが、彼女なくしては行えなかった演奏会です。』

『再びここへ来ることができたことに感謝し、今日は彼女のために歌わせていただきます。桜・ウィンストンに ――― 『さくら』』


前奏がはじまると、ジュリアが「ママの曲だ。」と嬉しそうに体をのりだして聴いた。

桜がよく歌っているので、ジュリアもよく知っている。

マックは、涙を流しながら聴いている桜を抱き寄せ、頭の頂にキスをした。

桜は、マックにもたれかかって、じっと聴く。


曲が終ると、マックは桜の肩を抱いたまま立ち上がって歩き出す。と同時に、春菜が入ってきた。

マックは、BOX席をでて、どんどんフロアを進んでいく。桜はただ呆然と連れて行かれるまま、気が付くと舞台袖にきていた。


舞台では、この演奏会で引退する4回生に花束が贈られ、2曲目のアンコールに入ろうとしていた。

『2曲目ですが、『アヴェ・マリア』をさせていただきたいと思います。今回は歌入りの2曲をするという特別なことではありますが、これも第一回以来のことです。せっかく彼女が来ているので、歌っていただきましょう。』

会場から拍手があがり、マックが桜の背中をやさしく押した。

「いっておいで。ここで聴いているから。」

まだ戸惑いを隠せず、桜はマックを見上げた。

マックは、軽くキスをして笑顔でうなずく。

桜はゆっくりと舞台の中央へ進んでいき、聡に渡されたマイクをとった。

『ありがとうございます。・・・すべてに驚いて。今日ここに来るまで、誰も何も教えてくれませんでした。・・・演奏会のことも、彼が私の大好きな『さくら』を歌ってくれたことも。本当に夢をみているようです。』

会場を見渡し、親しかった友人や家族がみんな来ているのがわかる。

『また、みなさんに会えて、そして、ここでまた歌えることがとても嬉しいです。』

瞳に涙を浮かべながら、桜は微笑み、隣に立っていた聡を見上げる。

聡は頷いて桜の肩をぽんとたたくと、席に戻りヴァイオリンをかまえる。

それを見届けて、舞台袖に立っているマックを見つめて、笑みを交わすと、指揮者にうなずきかけた。



『アヴェ・マリア』の演奏がはじまり、それに重なるように桜が歌い始めると、会場はしーんと静まり、桜の歌声にうっとりと聴き入った。


神に愛されていた声。歌声がすーっと体に入り、心が洗われるようで、涙を流す人もいた。

桜h、この幸せに感謝を込めて、マックと家族への愛を込めて歌った。


―――― 演奏が終り静寂が会場を包み、余韻に浸る。

そして、会場が震えるような拍手があがった。


桜は、一礼をして、指揮者とコンサートマスターと握手をかわす。

演奏者が全員起立し、指揮者と桜が深く礼をすると、幕が下りていった。

緞帳(どんちょう)が下りるまで、拍手は続き、それと同時にマックが舞台に出てきて桜にキスをして抱きしめた。

メンバーから拍手や口笛が上がり、桜は恥ずかしかったが、そのままマックに腕をまわしささやいた。


「愛してるわ。」




*英語「」、日本語『』で会話されています。



『なー。来年も来てくれるだろう?1曲だけ歌いに来いよ。毎年聴きたいよな?』

もう、すっかり出来上がってしまった聡が、周りに同意を求めるように言い、みんなが『さんせーい。』と持っていたグラスを掲げ、何度目か分からない乾杯をする。

演奏会の打ち上げと、桜の帰国の送別を合わせて、聡の家でパーティをしていた。

桜は困ったように笑い、隣に座っているマックに返事を求める。

マックは日本語はある程度聞き取ることができ理解出来るが、話すのはまだ難しい。

「仕事がわからないけれど、ぜひ来たいね。アメリカへ演奏しに来てくれてもいいし。俺たちの町は音楽が盛んだし、スポンサーになるよ。」

桜はマックの言葉に顔を輝かせて頷いた。みんなに説明すると、歓声を上げて喜ぶ。

聡が代表してマックと握手する。

「ありがとう。ぜひ行かせていただきます。すぐに準備をはじめますよ。夏なら、みんなが一番休みを取りやすいのですがどうでしょう?」

早速の企画にマックも驚いたが、すぐ考える。

「ええ。町の音楽ホールがあるので、そこで演奏会が出来ると思います。まだ、予定はなかったよな?」

嬉しそうににこにこ聞いていた桜に問いかける。

「ええ。まだこれから企画を立てる段階だし、教会の宿泊施設もあるし、私がお願いしてみるわ。」

『1週間でも2週間でも滞在できるわよ。演奏会を前半に予定して、後半は観光案内するわよ。』

他のメンバーから歓声があがる。

『なにがなんでも休みをとるぞ!!』

『オー!!』

みんな飲んでいるので盛り上がり方がすごい。あちこちで乾杯のし直しをしている。

ジュリアも話を聞いて、テーブルの周りを飛び跳ねて喜んでいる。

ジャックは歓声に驚いてしまい、起きて泣き出してしまった。

「あらあら。」

桜はジャックを抱き上げてあやす。

「もう、上で寝かせてくるわね。じゅりあ、みんなにお休みのあいさつをして。」

ジュリアはまだお起きていたそうだったが、しぶしぶながらも頷き

「おやすみなさい。」

とみんなに向って挨拶し、マックと聡におやすみのキスをしてもらった。


桜と春菜が二人を連れて2階へ上がっていった。

マックと聡はそれを見送ったあと、静かに話し始めた。

「桜が幸せになれて本当によかったです。」

「彼女ほど愛しい人はいない。彼女と出会えたことが本当に奇跡だよ。」

聡は頷いた。

「そうですね。彼女が向こうでも自由にしているとわかってよかったです。」

マックは首を傾げた。

「どうして、そう思う?」

聡はおかしそうにクスクス笑う。

「そりゃ。どう見ても、桜中心に動いてます。今回の演奏会もそうでしたし。昔から、見た目はおとなしいお嬢様なのに、活動的でしたから、慈善事業でも、地域の行事でも、何でもしているんでしょう?あなたは、桜にべた惚れのようですから。」

マックは苦笑するしかなかった。

「お互いさまじゃないかな。2年前と、今回を見ていても、聡も春菜に頭があがらない。」

聡は負けたというように両手を挙げてた。二人で笑っていると、桜と春菜が戻ってきた。

「何を笑っているの?」

それぞれ隣に座ると、桜は聞いた。

「どれだけ自分の奥さんを愛しているかをね。」

聡が答えて、春菜の肩に腕をまわし抱きよせる。マックもまた、桜を抱きよせ、頬にキスをする。

「何を争ってるの。」

桜と春菜は目を合わすと、ため息をつくが、顔は嬉しそうで、クスクス笑い出した。





――――― 空港にて



『じゃ。また夏にね。』

桜は見送りにきた、創平と春菜に言った。

『またな。いつでも日本に来ていいんだから。』

創平は桜の悩みを知っていたように言い、春菜もうなずく。

桜も今回の旅行で吹っ切れたようだ。

『ええ。あなたたちもいつでも来てね。また、連絡するわ。』

桜は二人と抱き合い、マックは握手を交わした。

これからは、笑顔で『またね。』と言える喜びをかみしめた。






「ありがとう、マック。生きてた頃のような家族に戻れたわ。」

「ほんとうは、もっと前になっててよかったんだよ。」

「ええ。でも、マックの仕事の都合という言い訳がなければ、来なかったと思うわ。」

桜は、マックが今回のことをすべて桜のためにしていた事が分かっていた。

マックは、ぎゅっと桜の手を握りしめた。

桜もそれに答え、マックの肩にもたれかかり、幸せそうなため息を一つついて、眠りに落ちた。

マックは眠った桜を見つめて唇に軽く触れると、目を閉じて眠りに落ちていった。


END


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