LOVEヘルパー番外編
月の裏側①プロローグ

【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。

【キャスティング】
吉原 大和(Yamato Yoshihara)…恋愛相談所の所長。
水川 ちひろ(Chihiro Mizukawa)…恋愛相談所の助手。
遥 未来(Miku Haruka)…今回の依頼人。所長の元カノ。
篠原 篤(Atushi Shinohara)…遥 未来の見合い相手で、婚約間近。
林 芽衣子(Meiko Hayashi)…篠原 篤の被保護者。亡き友人の娘。


新月間近の、弓のように細い下弦の月の光が、辺りの景色をうすぼんやりと照らす夜…。

仄かな明かりの中で、柔らかな曲線にフィトした白いスーツの女性が、人魚のように薄闇の海を泳ぐ。
夜間―という時刻を差し引いても、うらびれた観のある建物のドアの前で、宵闇の白い人魚は泳ぎを止めた。
ドアには看板などは無く、ただプレートにかっちりとした字体で『恋愛相談所』と記されているだけ。これでは、うっかりしなくても見過ごされてしまう。
『恋愛相談所』―などという、何だか怪しげな場所でなくとも…。

「今晩は」

寸暇の迷いも無く、白い人魚は軽いノックとともに、その怪しげなプレートをはめ込んであるドアを開けた。
ドアの内側でも、室内であるにもかかわらず明かりは点いてはおらず、ドアに背中を向けて椅子に座っていた男が、ゆっくりと振り向く。

「―今晩は…久しぶりだ」
「…久しぶりね、本当に」

お互いの姿を確認し終えた後、男は家具の輪郭が見えるだけの室内に白い人魚を招き入れ、ソファに誘う。
視線で飲み物の有無を問う男に、手のひらを向けて飲み物を断りつつ、白い人魚は近況を話しだした。

「最近また、ちょっと忙しくて。世話焼きが多くて困るわ」
「ほほ~ぅ!」

その忙しい意味を悟った男は、世話焼き達がどんな報復をされたのかを想像して、咽喉の奥で笑う。
薄闇の中で儚げに見える白い人魚の信条が、他者からの善意も悪意も『倍返し』であることを知っているので、声に出して爆笑しようものなら報復された世話焼き達の余波が、今度は自分に飛んでくる。
男は君子ではないが、危うきには極力、近づきたくは無い。

「それでお仕事をお願いしたいの」

男はこの建物―『恋愛相談所』の、所長である。
恋愛相談しても、何の不思議も無い。
不思議は無いのだが、何かが違う…と、男の勘が胸中に警鐘を鳴らす。
何が違うのかは、男にも判らないが…。

「―で。2人の恋愛成就」
「…は?」

間が抜けた声で問い返してしまったが、余りに不穏な言葉が脳裏を素通りして、記憶に残らなかったらしい…不吉な前兆である。

「だから。両思いの2人の恋愛成就」

自分の話を全く聞いていなかった男に怒りもせずに、白い人魚は依頼内容を繰り返した。

どうやら本人の恋愛相談では無いらしい。が、男はその内容に眉根を寄せて考えながら依頼をストップして、白い人魚も知っているはずの『恋愛相談所』の信条を口にする。

「―ウチの顧客は、基本的に当事者なんだが?」
「知ってるわ」
「じゃあ何で?」

男の至極最もな質問に、白い人魚はちょっと困ったように笑って答えた。

「このままだったら、この男性は好きでもない見合い相手と婚約して結婚しなければならないわ」
「だから?」

恋愛は第三者からの口出しは余計なお世話であることを知っている男は、その見合い相手と婚約して結婚するかもしれない男性が自分自身で選択したのなら、幸せになろうが不幸になろうが自己責任である。第三者に責任を取ってもらういわれなど無いはず―だ。

「その見合い相手は私なの」
「………」
「第三者だけど、当事者でもあるわ」

無言で自分を見つめる男に、白い人魚は淡々と言葉を連ねる。

「相談所の本来の信条から、逸れてはいないはずよ?」
「……………」

無言で―睨めっこ状態になった男は、深い溜息を吐き出しながら白い人魚に背中を向けた。

「―出来るだけ詳しい詳細を…って、もう資料はそろえてあるんだろうな」

白い人魚の性格を思い返して、男は諦め…とゆうよりも、観念の心持である。
彼女は昔から、男が知る限り、何事にも徹底した性格の持ち主だった。
外見を裏切ること、甚だしいが…。

「詳細はファイルにしてあるわ。明日、いえ。今日の朝でも届けられるけど、お昼ごろがいいかしらね?」
「ん?」

身を乗り出すように男と睨めっこしていた白い人魚が、ソファの背に寄りかかりつつ確認した。が、ソファの方に振り向いた男にはイマイチ、理解が及んではいない。
そんな男の様子に、白い人魚は微笑した。

「一人で恋愛相談所、やってるわけじゃないでしょう?他の所員とも相談して下さいな」
「あー」

まさに至れり尽くせりな、心憎いまでの心遣いに、男はがっくりと肩を落とした。
やってられない…とゆうよりも、敵わない。
この女性との関係は、いつもそうだった。

「引き受けてくれて、ありがとう」

落ち込みそう…にはならないが、多少のめりそうになっていた男に、白い人魚が早々お礼の言葉を口にする。

「その言葉は、依頼の件が恋愛成就してから言ってくれ。それに、まだ依頼を引き受けてはいないよ。お言葉どおり、他の所員にも相談しなきゃならないし~?」
「じゃあファイルした資料を、お昼前には届けるわね」
「んー」

ソファから立ち上がりつつ告げる言葉に、男は顔を伏せたままで、手を振って応える。

ドアの手前で、白い人魚が振り返った。

「でも本当に、ありがとう。感謝するわ」

早口で、言い逃げるように身を翻してドアから出て行く白い人魚に、男がどんなときにも敵わない女性が照れていることを悟って、少し笑う。
そして、おもむろに窓の外を、新月間近の下弦の月を見た。
月光が地球に届く頃には薄れているが、夜空の下弦の月の光は鮮明で…それはまるで、下弦の月が頬を滑る涙の跡のようにも見える。
いつの間にか月を眺めるために窓を見上げていた男は、その連想を振り切るようにギュッと、目を閉じた。

「断らないさ。断れる、わけが無い。…未来」



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