LOVEヘルパー番外編
月の裏側A依頼、検討中〜!

【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。


閑静な住宅街にそぐわぬ、さびれた観があるものの、ごく全うな建築物。
その建物を占拠するのは、怪しげな『恋愛相談所』。
『探偵事務所』程の胡散臭さや危険な雰囲気は無いものの、怪しいことに変わり無い。



最近では、『結婚相談所』と勘違いした客(?)もやって来る。
どうやら、さびれた観がいいらしいが…迷惑この上ない。
その『恋愛相談所』の所長・吉原 大和(よしはら やまと)は、助手にして唯一の所員でもある水川ちひろ(みずかわ ちひろ)を前にして、今日は朝から作戦会議。
いや。依頼内容を、検討中―――。

「何で勝手に引き受けちゃうんですか、所長?」

助手の水川ちひろは可愛い容姿のわりにしっかり者で、この『恋愛事務所』を゛全う゛に運営してゆく上で、彼女の存在は欠かせない。欠かせないのだが、…しっかりしていすぎるところが玉に瑕だと、その瑕に散々助けられている所長が、罰当たりな台詞を心の中で呟く。

「ん〜。まだ引き受けてはいないよ、ちひろちゃん」

無駄だと知りつつも、抵抗を試みる。が、ちひろの鋭い視線で、その抵抗もあえなく撃沈。
さて、どうしたものかと、時計と睨めっこする所長。
この2人、役職を取り替えたほうがいいかもしれない…。
待ちわびていた時間指定の宅配便が『恋愛相談所』に届いたのは、11時30分。
お昼少し前なので、文句は言えない。
少々、いや。かなり不満ではあるが…。
不機嫌なちひろの目の前で詳細を極めた資料に目を通すうちに、大和は昨夜仕事を依頼されたときに会ったのは悪魔だったのではないかと、頭を抱えたくなってきた。
いやいや。ここは本当に抱えてしまおう!

「所長?」

机の上で頭を抱えた大和に、具合でも悪いのかと、ちひろは心持ち優しい声で呼びかけた。
その声に大和は机から身を起こし、助手を呼ぶ。真剣な目をして。

「水川さん」
「はい」

反射的に返事をしたちひろは、今回の依頼が厄介なモノであることを、大和の真剣な目で察知した。でも同時に、その依頼を引き受けたことも悟った。伊達や酔狂で、一緒に怪しげな相談所を開業しているわけではない。
伊達はともかく、酔狂の方まで否定できないのが哀しい…。

「とりあえず、このファイルに最後まで!目を通して。意見はそれからだ」

゛最後まで!゛に、いやに力が入っている。
ファイルに最後まで目を通さずには、こちらの意見も聞かないようだ。
そのファイルの資料は、詳細を極めていた。
ちひろ自身も詳細な資料を製作する自信があるのだが、この資料を実際に目にしては、自分が井の中の蛙であったことを自覚する。
まあ、もっとも。ちひろが自分と比較していたのは、大意が合ってなければ資源ゴミ行き決定な、ファイルするのも途惑われる大和が製作した資料だから、本当に井の中の〜だった。
しかし。それが事後処理である『恋愛相談所』の資料ではなく、仕事中の資料製作ならば、それこそ詳細極まる、この目の前の資料にも劣らぬ資料を大和が製作できるのを、ちひろは知っている。だからと言って、大和が『恋愛相談所』の資料を詳細に製作するわけではないが…。
『恋愛相談所』の事後処理は、ちひろの双肩にかかっている。現在進行形で。
大和は依頼者の恋愛過程を残しておきたくは無いのだろう…と、ちひろは踏んでいる。本当の事は判らないけれど。

「45歳〜〜〜?!」

ちひろがそう絶叫するのを予想していたかのように、準備万端の大和が両手で自分の両方の耳をそれぞれをふさいでいた。
その準備のよろしさが、余計にちひろの逆鱗に触れる。

「どこが両思いの2人なんですか?!10歳で両親を亡くした女の子が、保護者になった男性に恋をするっていう展開から『足長おじさん』みたいなのを予想していたのに、あんまりです!」

ちひろが絶叫する気持ちは分からなくもないが、男の端くれとしては、゛あんまり゛とは本当に゛あんまり゛だ、と思う。女は簡単に繊細な男心を傷つける、生き物である。

「―当時10歳だった女の子は、現在20歳になる」
「…それでも25歳差は、親子です!」

5歳差ならば兄弟で、25歳差なら親子。微妙なのは15歳差だろうか?
ちひろの剣幕に現実逃避していた大和ではあるが、現実を直視することは、大切だ。

「保護者の(45歳の)男性は、20歳になる彼女の亡くなった父親の先輩だ。高校から大学を卒業するまでの。それから亡くなった両親は大学卒業と同時に結婚して、その婚姻届の証人に署名しているのも、保護者の男性だ。ちなみに出来ちゃった結婚じゃないぞ。父親は、よっぽど尊敬していたんだろうな」
「………娘をお嫁にやるほど尊敬していたかしらね?」
「ちひろちゃん、意地悪」

゛意地も悪くなる!゛と、叫ぶ代わりに、ちひろは溜息をついた。
しかも彼女の父親は、本当に娘の保護者になった男性を尊敬していたのだろう。
それは万が一の場合に備えて、娘の保護者に名指しで指名していたからではない。

゛草木が芽吹き、衣を変える季節に生まれた子゛

保護者の男性は、被保護者の名付け親でもあったのだから…。

「ま。彼女が保護者と一緒に暮らしたのは二年間だけ。小学校を卒業するまでで、中学と高校は学校の寮に入ってる。寮がある学校を選んだんだろうな、保護者が。―被保護者の彼女の評判を傷つけない為に」

大和のファイルに記された資料の感想は、おそらく保護者の男性の心情だろう。
自分が名付け親になった、可愛がっていた後輩の娘。
保護者としては、そんな娘と恋愛関係にはなれない。
ならば、被保護者である娘はどうなんだろうか?

「…好意を持っても、おかしくはないですね」
「被保護者の彼女はね」

ちひろが彼女の心情を想像して呟いた言葉を、大和が肯定する。
新たな問題を定義して…。

「保護者の男性は、彼女に恋愛感情を持っているんでしょうか?」
「恋愛感情を持っているから、両思いんなだろうなぁ〜」
「…真面目に答えてください!」
「俺は真面目だ!!」
「………」

両思いの定義をここで示されても、新たな問題の解決にはならない。
そもそも。この『恋愛相談所』は片想いの顧客から依頼を受けて、恋愛成就へと導いている。
いい年をした男性が、娘のような年齢の女性に恋愛感情を持つのだろうか?
そして好意を持っているとはいえ、実の父親よりも年上の男性に恋愛感情を持っているのだろうか?
ちひろの本来の仕事であれば存在しないだろう疑問に、大和が折衷案(?)を意見した。



「まずは、2人の恋愛感情を調査しよう。幸い…と言うか、不幸にも、この依頼者から2人への接触方法を用意されてるから…」
「それはまた、゛至れり尽くせり゛ですね。このファイルも゛微に入り細に入り゛ですし」

そのちひろの感想に、大和は天を仰いで嘆息する。
゛悪魔の所業だ!゛と、口に出さないだけの常識を持っている自分が憎い。

「…この依頼を受けるかどうかは、2人の恋愛感情を調査してからだ」
「了解」

やっと!『恋愛相談所』の所長と助手が合意した。

゛まあ2人とも、お互いに恋愛感情を持っているんだろうな…゛

大和は胸中で呟いた。
この厄介な仕事を持ってきた依頼人の目を、どこかで大和は信じていたから。
悪魔のような、いや!悪魔そのものの、依頼人ではあるが…。


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