【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。
2月14日。
日本はチョコレート業界の陰謀で、女の子達の決戦日――前夜。
彼氏がスィーツ男子なのでガトーショコラを焼き上げ、まだチョコの香りが漂う部屋でプレゼントを包む、遥 未来(はるか みく)。
こんなバレンタイン前夜は何年ぶりなのか――指折り数えかけて、止めた。
仕事が忙しすぎて、彼氏が出来る事も稀ならば、稀に彼氏が出来ても長続きしなかった。何故なら未来の職業は、大手芸能プロダクションS企画のマネージャーだったから……。
今現在の彼氏は、マネージメントを担当する俳優。公私混同もいいところなのだが、事務所公認でお付き合いしている為、あまり罪悪感が無い代わりに日々スリル満点の生活を余儀なくされている――よーな気がする。
それでも、こうやって彼氏へのプレゼントを包むのは楽しい。
忙しい毎日で忘れかけていた、彼氏持ちの特権。
日付が変わろうとする頃、未来のマンションのチャイムが鳴った。
゛こんな遅い時間に誰だろう?゛
玄関に向かうと、そこには国民的人気俳優の吉原 大和(よしはら やまと)が立っていた。
未来がマネージメントする俳優、愛しい彼氏。
「大和君、何しに来たの?」
「何しには無いだろう。俺の為のチョコ、少しでも早く食べに来たに決まってる!」
少しでも早くって、真夜中過ぎである。
その心意気は嬉しくないわけではないが、モノには限度があるような気がする……。
「――明日まで待てない?」
「日付が変わるのと同時に駆けつけた彼氏に、未来は嬉しくないのか」
「それは嬉しいけど、作ったのはガトーショコラ。チョコケーキだから、一晩おいた方が美味しいわよ?」
「ん。じゃ、前菜に未来をいただく」
「……私は前菜なわけ?」
「メインでもいい」
「――どっちも嫌かも」
「未来は我儘だなぁ〜」
「………」
この際どちらが我儘なのか、とことん話し合ってもいいかもしれない。
大和はかって知ったるなんとやらで、未来の部屋に上がりこんで勝手にくつろいでるし!
「明日の仕事は、午後からのラジオ番組の収録と雑誌の撮影とインタビューだけど、その前に事務所に寄って午前中に届いたバレンタインのチョコを見るだけでも見なくちゃいけないのよ?トラック何台分ってくるらしいし?アイドルじゃないのにねぇ〜」
未来は某・男性アイドルグループを思い浮かべた。
毎年、チョコレートだけでなくプレゼントも凄まじいらしく、未成年のファンの親からのクレーム等もあるらしい。
去年まで、未来は女の子のアイドルグループの担当だったので男性アイドルの苦労は知りようも無いが、女の子アイドルにしても当時はそれなりに苦労をしていた。ちょっとでも関わりのある男性スタッフに配る、義理チョコの用意が大変だった……デパートでまとめ買いで用意していたけど、それでも足りなくなって慌ててコンビニ・チョコで補った――記憶がある。
「まあ事務所のチョコは見るだけ見るけど、やっぱり本命だろう?」
「それは、まあ、ねえ」
さり気に同意を求められ、曖昧に肯定する。が、未来はつくづくと世間の、そして事務所で噂されている大和のキャラが違うことに、嘆息した。
それから明日、事務所に行くことに備えて、その噂について本人と膝を突き合わせて検討する。
「私ね、米澤さんから「明日から大和君の担当ね」っていきなり言われたとき、とうとう自分の番が回ってきたんだって貧乏くじを引いたような、この世の終わりがきたような気がしたのよ?」
「……随分だな」
「だって、それも仕方ないわ。一風変わってて扱いが難しいって。気難しいのと我儘で、担当が気に入らないとすぐにクビにするって噂されてるんだから」
「………」
自分の事とはいえロクな事は噂されて無いだろうと予想はしていたが、噂は予想以上だった。
「おかげで私は、゛奇跡の人゛なんだけど……」
「三重苦のヘレン・ケラーじゃないのにねぇ」と笑う未来の述懐も、ダメ押しにしかならない。
しかし。ここでも大切なのは、本命(?)の意見であろう。
「で。未来は、どう思ってんの?」
真正面から未来を見つめる、真面目な大和の視線。
褒めすぎるのも調子に乗るかなと思ったけど、とりあえずここは正直に話す。
「我儘なんかじゃなくて、自分が納得するまで意見を貫いているだけ。仕事に対しても絶対に手を抜かないのと、簡単にやってのけているように見えるけど本当は影で努力していること。案外真面目で人懐こくてよく喋るけど、意外に人見知りが激しくて本当に心を許した人にしか自分を見せないのは、誰に対しても真剣に接してるからで、まあ世間のイメージとは違って優しい好青年?」
最後に疑問系にしてしまったのは、自分でもよくわからない未来だった。
「――前半はロクでもない噂から救済してくれているらしいけど、後半の゛案外真面目゛とか、゛意外に人見知り゛とか、゛世間のイメージとは違って優しい゛とか、何故、否定するかな。で、最後の゛好青年?゛は疑問系か?」
大和の質問に、自分にもよくわからないので答えようが無い未来。
だが、これが偽り無く正直な気持ちでもある。
「でも最近の噂は、ちょっと変わったのよ。対応が柔らかくなったとか、穏やかになったとかだもの」
何だか自分が古代の荒ぶる神にでもなったような気がする、大和である。
しかし、まあ。荒ぶる神が穏やかに、柔らかくなったのも、神を鎮める巫女=未来のおかげかもしれない。
本人=未来には、まだ言ったことは無いけど、以前よりも随分、楽に息ができる。仕事も、対人関係も、身構えなくなったから――。
「まあ明日は、その噂の改善にいっそう努めるという事で。ここからは、ちょっと恋人同士の話でもしようか?」
これが大和の本題だったようで、対面して座していた未来の腰をつかんで自分のすぐ隣にまで引き寄せた。
「未来は、基本的に俺の我儘にも甘いよな?」
「それは大和君が強引だからでしょう」
「――そういう言い方もあるな」
「そういう言い方しか無いから!」
「……で、それは俺が年下だからか?」
年下彼氏は、その事を気にしていたようだ。
それで、イベントを利用して確かめに来たのだろうか?
「年下だからっていうのは気にしたことは無いわ。それより自分が年上だからっていう方が気になるし」
年の差を気にしていたのは、お互い様のようだった。
どちらも相手にとっては余り意味が無い、心配事だったが……。
「未来の今までの彼氏は、みんな年上か同い年だっただろう?年下は俺が初めてで、だから甘いのか?」
「……今までの彼氏って、誰に聞いたのよ?」
「米澤さん」
心当たりの人物をアッサリ暴露されて、お酒を飲んだ折にうっかり口を滑らせた事を後悔する未来だった。
「――大和君の我儘は許容範囲ですもの。年下とか、関係無いわ」
「でも、いままでの彼氏には許容しなかった。だから彼氏の方も、自分より仕事が出来る未来とは別れざる得なかった、と。完璧主義か?」
「完璧主義じゃ無いけど……許容範囲なのは大和君だから、だと思う」
どんなに問い詰められても、それ以外に答えようが無い。
確かに、今までの(そんなに大勢いるわけじゃ無いけど)年上もしくは同い年の彼氏には許容できなかった事も、大和に許容できるのは年下だからかもしれないが、如何せん。大和以外の年下の彼氏とは、まだ付き合った事が無い為、断言できない。だからといって例に付き合うわけにも……。
「未来には俺だけだ」
自問自答していた未来に、笑顔で断言する大和。だが、その笑顔が迫力満点で怖すぎる。
その事に反論するつもりは無いが、あまり面白くも無い。
だから未来は問い返した。
「大和君の今までの彼女は?」
「付き合う時には選んだけど、去る者は追わなかったな」
来る者は拒まず、去る者は追わず――と、どう違うのか微妙なところだ。
「じゃあ別れた理由は?」
「彼女より仕事を選んだから自然消滅。それに面倒だったし」
仕事に対して絶対に手を抜かない大和の仕事量・質からも、彼女より仕事を優先してきた事は容易に伺える。でも面倒というのは、どうだろう?
一般的に、健康な男性としては問題発言だし、自分のマネージャーを恋人にする理由には一石二鳥。
「私と付き合う理由って……」
「俺の担当マネージャーだからじゃない。だったらCMとかの相手役に指名なんて絶対しないし、未来が相手役だといい仕事が出来るけど、自分の恋人を人目にさらす事には、ちょっと後悔してる――いまだに複雑な気分だ」
大和との仕事は確かにいい仕事だったと、自分でもそう思う未来。
だが恋人の未来を人目にさらした事を後悔していたとは、知らなかった。
未来との撮影時の大和は、とびきり嬉しそうだったので……。
「未来は離さない。逃げても追いかけるし、俺から奪おうとする奴とは闘うから」
「――それは、心配な発言ね……」
「ここは、゛嬉しい゛って言ってくないといけない場面なんだけど?」
大和の目が楽し気に何か企んでいなければ、未来も素直に゛嬉しい゛と言ったかも知れない。
未来の愛しい年下の彼氏は、油断のならない恋人でもあるのだ。
「嬉しいわ。もう真夜中過ぎたから、これバレンタインのプレゼント!」
つい先刻まで包んでいたプレゼントを、大和に押し付ける。
プレゼントは代わり映えしないで申し訳ないが、景ちゃんがデザインした春のジャケットを先取りして作ってもらった。いつも着てほしかったので、実用性を重視したデザインを選んでみたのだが、どうだろう?
「K's-1、もう春のジャケット売ってるのか?」
「まだ、だけど」
「わかってるって。俺の好きなデザインだ、ありがとう未来」
「どういたしまして」
「じゃあ明日、早速事務所に来て行こう」
「え?!それは、ちょっと……」
「ダメ?」
ダメじゃないけど正直、米澤さんの目が――とても気になる。
「ま。もう俺のだし、ダメでも着て行くけど」
いつもの強引な大和発言に、未来に反対する術は無い。
そして未来が米澤さんの事を相談する前に、大和の腕に抱き込まれた。
「Happy Valentin!」
大和の腕の中の未来に、口づけが降りてくる。
結局、その日の昼頃まで未来の部屋に居座った大和は、昼食後のデザートに待望の未来からのバレンタイン・チョコ=ガトーショコラを食べて、事務所へ。
「あらっ、大和君。春先取りね。」
大和のジャケットに目を留めた米澤さんは、すかさず指摘する。
「良く似合うわ、未来ちゃんのお見立てかしら?」
――と、どこまでも目ざとい米澤さんだった。
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