Actress Valentin Day

【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。

2月の雪―――。
バレンタイン当日の雪など、ロマンチックの極みかもしれない。
特に、バレンタインの神様に、望みを叶えてもらった恋人達には……。
オフィス街のビルの陰に隠れて、結晶の形まで見えるような綺麗な雪が舞う様を見つめる、水川 ちひろ(みずかわ ちひろ)。
大学の帰り道にスカウトされ、それからずっとダンスや演技の指導を受けてきたとはいえ、いきなりのドラマ出演で、その初出演作が出世作となった。
ドラマが大ヒットして最高視聴率を記録したのは、主役が国民的俳優だった事が大きいけど、ちひろもヒロインとして視聴者に好印象を与え、次のドラマの出演も射止めた。
それから脇役とはいえ主役級の役をこなしていたら、2月初日から二週間だけのCMの仕事が舞い込んできた。
バレンタインデーをターゲットにした、チョコレートのCM。
そのCMを担当した男性を、ちひろは待っている。

「この人だと思ったら、ちゃんとツバ付けとくよーに」
「手が早すぎるのも問題だから早まらないで!」

ちひろの出世作の初出演ドラマで、番外編の番組を撮影していた時に、どう見ても恋人同士にしか見えない主役の国民的俳優と、番外編からの初登場にもかかわらず、登場時には最高視聴率を記録した元カノ役の女優からの助言(?)である。
どうやら国民的俳優のツバ付けとく行為は、犯罪モドキだったのかもしれない。が、警察沙汰にはなっていないので、結果が良ければ……だったのかな?
その詳細の程はわからなくても、二人はとても素敵なカップルだと思うの。
――もしかしたら、とんでもない誤解かもしれないけど……。

゛この雪は、つもらない雪――゛

水分が多いせいか、地面に触れると溶ける雪。
ちひろの服に落ちた雪も、少し経つと水滴になる。

゛明日の朝には、道が凍ってるかもしれない゛

薄暗い空の下、吐息の白さが目立つ。
待ってる男性が定時で仕事を終えるかどうかもわからなければ、CMの撮影時にはいなかった恋人が今現在はいるかもしれない。
そんな何にもわからない状態でも、ちひろには今、待つことしか出来なかった。

゛やっぱり、もっと早くツバ付けなきゃダメだったのかなぁ……゛

今更ながら、CM撮影を終えたらすぐに行動しなかった時間が悔やまれる。
しかし、きっかけが何も無かったのだ。
だから別れ際に「バレンタインデーにはチョコレートを上げます!」と、押し付けるように言い捨てた。
それに「楽しみにしてますね」と、返事をしてくれた。
相手にとっては別れの挨拶程度の言葉でも、ちひろは本気も本気。大真面目に告白するつもりでいた。その時は――。

「ブレイクしそうなCM美女No.1か……」

【ブレイクそしうなCM美女】――インターネットなどの投票で、CMに登場したブレイクしそうなCM美女のアンケート。ちひろなど、二週間そこそこCMに初登場しただけでは、ノミネートすらされなかったアンケート結果。

【ブレイクしそうなCM美女 第1位 はるか】

国民的俳優のCMに相手役として登場したときから注目度が高く、化粧品のCMでは商品が店頭から消える現象をおこしたことでも注目されていた。
そして国民的俳優の相手役で、゛噂の恋人゛としても注目されている。
ちひろの初出演ドラマで、はるかさんが番外編から元カノ役で初登場した撮影時には、吉原さんとは恋人同士のように仲が良いのを見ていたから安心してたのかもしれない。店頭から商品が消える現象をおこした、はるかさんのCMの相手役の一人が、ちひろが待っている相手である事を……。
彼がはるかさんのCMに出演した理由は、CMの担当だった彼に、はるかさんの事務所が目をつけて相手役に指名されたのだ、と。
話題になったCMの放映中は電車通勤できなかった事はモチロン、外回りの仕事からも外されてデスクワーク三昧。ストーカーまがいの妙な連中に追い回された――という話に笑わされて、気づかなかった。
【ブレイクしそうなCM美女】の、CMの相手役がクローズアップされるまでは……。

【CM美女の相手役は美形ぞろい?】――はるかさんがCMに初登場した相手役は国民的俳優で、そのCMソングも手がけてミュージシャンとしても確固たる地位を築いた吉原 大和(よしはら やまと)さん。
化粧品CMの、もう一人の相手役・謎のメイクアップアーティスト。(彼の正体は、吉原さんではないか?と噂されている)
そして化粧品CMの相手役で、TVCMなども手がける広告代理店の一般人・湊 船一郎(みなと こういちろう)さん……ちひろの待ち人。

゛――はるかさんは美人だから……゛

はるかさんはCM美女にエントリーされるぐらいだから、所謂キレイ系。
小さい頃から゛可愛らしい゛とは言われてきたけど、大きくなった現在でも゛可愛い゛が精一杯で、美女とか美人とかのキレイ系ではない。一縷の望みを賭けて店頭から商品が消えた、はるかさんの『恋の魔法メイク』のシリーズを予約して二ヶ月待ってやっと手に入れて、本職のメイクさんに化粧法を教えてもらったり努力もしたけど……有るがままが自分だと受け入れてはいても、もうちょっとキレイ系なトコロが欲しかった!
キレイ系のはるかさんだから、撮影時に(恋人推定の)吉原さんは自分の側から離さなかったのに!!

「――無いモノねだり」

自分の心情を口に出してみると、ちょっと落ち込むかもしれない。けど!やっぱり少しでも相手に好きになってもらえるようなトコロが=自信が!欲しいのは、告白前の女の子なら当然じゃない?

゛『恋愛相談所』なんて現実には無いし……゛

はるかさんや吉原さんと共演した、ちひろの出世作で初出演ドラマに登場する、依頼人の恋を助ける『恋愛相談所』の存在を思い浮かべると、現実の厳しさが身にしみる……よーな気がする。

゛湊さんも、はるかさんみたいな綺麗な人が好きなのかな?゛

CMでの相手役だから、はるかさんがどんなに綺麗なのか湊さんは知っている。
キレイ系が湊さんの好みなら……いや。そもそも、ちひろの告白など迷惑かもしれない――やっと自分の本音と向き合う、ちひろ。
本当は、はるかさんはあんまり関係ない。
全然、関係ないわけじゃないけど、気にならないわけじゃないけど、それでも。

゛それでも!やっと、この人だと思える男性と会えたんだから!!゛

一目惚れなど天から信じていないちひろが、ほとんど一目惚れに近い状態で惹かれた男性。だから無駄な抵抗をして、高飛車な態度だったのかもしれない。それで嫌われてしまっては元も子もないのはわかっているけど、どうしても頑なになってしまうのだ。

゛湊さんが受け入れるから。何も言わずに、受け入れてくれるから……゛

それは仕事の為だったかも知れない。
CM女優の我儘など、仕事の内として受け入れる。
真冬の空の下。
日が沈んで、低下する気温に――本当は、今度こそ受け入れてはもらえないかもしれない心細さに、涙がにじんできた。

゛早く来てよ!゛

涙がこぼれる寸前に、現れた人影に目を凝らす。
ちひろが心の中で八つ当たりしていた人物なのか――?

「遅い!」

会社のビルを出ると同時に怒鳴られた、湊 航一郎(みなと こういちろう)。

「何してたのよ!!」

街灯が所々に射すだけの暗闇の中に佇む、寒さで鼻を赤く染めた女の子。
その強気の発言に、彼女が誰であるかを思い出す。

「……水川さん?何で、こんな所に」
「湊さんに約束のチョコレートです!」

小ぶりの手提げ袋を押し付けられる。

゛約束のチョコレート――゛

そういえば、今日はバレンタインデー。
職場でも義理チョコ、友チョコを、(見返り込みの)世間の付き合いでもらった。
彼女のCM撮影終了後、別れ際の挨拶に「チョコレートを上げます」と。
それに応えて、「楽しみにしている」と返事した。
バレンタイン商戦の為のチョコレートCMだったから、そんな別れの挨拶だったのだが……それを気にして、来たのだろうか?
売り出しに成功した女優が?

「――どのくらい待ったんですか?」
「たくさん!」

答えになってないちひろの返答だが、手提げ袋を押し付けられた時に触れた手は氷のように冷えていた。
随分、長時間待たせたのだろうことは容易に想像できる。

「無理しなくても良かったのに……」
「そんなの、私の勝手です!」

相変わらず強気発言のちひろだったが、街灯の明かり越しにも顔色が青白いのは相当、寒いのだろう。

「今夜も冷えますから、もう帰った方がいいですよ」
「――言われなくても帰ります!」
「ご足労様でした」
「?!」

まるで仕事の挨拶のように労われて、ちひろは自分がまだ告白していない事に気がついた。だが湊さんの口調からは、ちひろが仕事の範疇でチョコレートを届けに来たようにしか聞こえない。
事実、湊さんは仕事関係の延長上で、ちひろが来たのだと思っているのだろう。

「……そのチョコレートは本命チョコですから」

自分でも驚くほど低い声で事実を告げる、ちひろ。
そして、その言葉に驚く湊さん。今にも泣きそうな、でも唇をギュッとかみ締めて此方を睨んでいる、ちひろの顔を凝視する。

「――何所か、暖かい場所に行きませんか?」

溜息交じりの、湊さんの提案。
返事を先延ばしにされた感じだけど、それも仕方が無い。即答で断られなかっただけ、まだマシだったかも?
声を出したら泣き出しそうだったので、ちひろは無言で頷いた。

「しかし、今日は何処も込んでいるでしょうね。予約もして無いし……」

苦笑する湊さんに、泣くのを我慢して、ちひろが引きつりそうな震える声で場所を指名する。

「牛丼屋さんに連れて行ってください」
「は?」

あ然とする湊さんに、ちひろは牛丼屋に行く意味を力説する。
自分の大学の友人達は女の子だけでは入りづらい牛丼屋さんに、彼氏に連れて行ってもらうのだ、と。

゛確かに、女の子だけでは牛丼屋に入りづらいかもしれない……゛

水川 ちひろが、お嬢様大学で有名な大学の学生であることを思い出した。
その大学のお嬢様達にとって、彼氏に牛丼屋に連れて行ってもらう事が、自分に恋人がいることの証明なのかもしれない。
オフィス街なので近くに牛丼屋が無いわけじゃないし、そこへ連れて行くのに手間もかからない。あまり深く考えずに決断した。

「この近くに牛丼屋がありますよ。……でも、本当に牛丼屋でいいんですか?」

決断は早かったが、ちひろを――売出しに成功した女優を牛丼屋に連れて行くことには、抵抗があるようだ。

「早く行きましょう!」

まだ迷いがある湊さんの腕を取って、ちひろは先陣切って歩き出す。が、すぐに引き戻された。
不安な気持ちも手伝って、少し尖った声で詰問する。

「――牛丼屋さんに行くの、嫌なんですか?」
「そっちは反対方向ですよ」

湊さんの腕をつかんだまま方向展開をする、器用なちひろ。
頭上では、湊さんが声を殺して笑っている気配がする。

「……そういう事は、もっと早く言ってください!」

完全に負け惜しみでしかないセリフを、それでも口にしてしまうちひろの声音からは、もう泣きそうな気配は消えていた。
――まだ恋人同士には程遠い二人だけれど、大きな一歩を踏み出せた……のかもしれない。


END


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