題名のない舞踏会
Vol.3


「あの、ブラッド?」

舞踏会を抜け出してブラッドの家に来てしまったものの、時間はかなり経ってしまってそろそろ家に帰らないと両親が心配する。

「どうしたんだい?アリス」
「私、家に帰らないと…」
「心配しなくても、大丈夫だよ。ちゃんと連絡してあるって、言っただろう?」
「でも…」

そうは言われても、ずっとここにいるわけにはいかないし…。
まさか…お泊りなんてねぇ…。

「アリスは、僕より家に帰りたいのかい?」

「ん?」とキスできるくらい顔を近づけられて、アリスの頬はみるみる赤みを増していく。
さっきまでずっと抱きしめられて、キスされて…それだけでも、どうにかなってしまいそうなのに…。

「そうじゃないんです。ただ、もう遅いですし…ブラッドも寝ないと…ぁんっ」

寝ないとって…。
この時間では、子供だってまだ寝ないだろうに…。
アリスの言い方があまりに可愛くて、ブラッドは再びくちづけてしまう。
既に赤くなっていた彼女の頬は、林檎みたいだ。

「ちょっ、ブラッド…っぁ…」

一度くちづけてしまうと、止められない。
まるで、禁断の果実を口にしてしまったよう。

「アリス、今夜はここに泊まるんだよ?」
「…えっ、泊まる?!」

17歳になったばかりのアリスには、少し衝撃的だったかもしれない。
恐らく、同年代の男の人と話すこともそんなになかっただろうし、まして泊まるなどということは、想像すらしていなかったに違いない。
もちろん、ブラッドは初めからそのつもりだったわけだけど…。

「嫌?」
「嫌って…そんな…こと…」

とにかく、何もかもが初めてのアリスには頭の中が混乱してしまい、どうしていいのかわからない。
その様子を見て、少し先走ってしまったかも…。
ブラッドにはそんな思いがないわけではないか、とにかくアリスを自分の腕の中に封じ込めてしまいたい。
舞踏会で彼女を狙っていた者が多いことも、知っていたから。

「アリスには、まだ早かったみたいだね。でも、信じて。これ以上は手を出さないから、今夜は一緒にいて欲しい」

―――えっ、これ以上は手を出さないって…。
アリスにだって、この言葉の意味はわかる。
愛し合っている男女がそうなることは自然なことだし、近い将来その相手がブラッドならきっと…。

「わかりました。ブラッドを信じてます」

真顔でそう言われてしまい、ブラッドも苦笑を浮かべるしかなかったが、やっぱりこの状況は辛いかも。

「ブラッド、1つ聞いてもいいですか?」
「ん?何だい?」
「私はブラッドに逢うのは今日が初めてだったんですが、ブラッドは私が17歳になるのをずっと待ってたって」

ブラッドのことは噂でしか聞いたことがなかったアリス、なのに彼は自分のことを知っていて17歳になるのをずっと待っていたと言っていた。
―――どこで、私のことを知ったのかしら?

「今から10年位前の話なんだけど、森で迷子になったのを覚えてる?」
「迷子?」

忘れもしない、あれはブラッドの言うように今から10年ほど前の話だが、キャンベル家では夏の間、避暑地にある別荘で過ごすのが恒例となっていた。
それを毎年楽しみにしていたアリスは、その時も別荘で過ごしていたのだが、庭で遊んでいる時に綺麗な蝶を見つけ追い掛けて行くうちに森の中で迷子になってしまったのだ。
一人でさ迷っているうちに段々暗くなってくるし、足は痛いし、怖くなって泣きながらその場にうずくまっていたその時、白馬に乗った少年が現れた。
初め見た時は王子様かと思うくらい素敵で、涙も一瞬にして止まったのを思い出す。
彼は馬から降りるとアリスの目線に合わせて優しい言葉を掛け、家まで送ってくれたのだ。
今にして思えば、彼がアリスの初恋だったかもしれない。

「はい、覚えてます。あの時は、怖くってどうしようかって思いました。でも、真っ白な馬に乗った男の子が助けてくれたんです。えっ、もしかして…」

―――もしかして、あの時の男の子が、ブラッド…。

「思い出してくれた?」
「はい。あの時は、ありがとうございました。あそこでブラッドに会わなかったら、どうなっていたか」
「僕は馬に乗って散歩をするのが日課だったんだけど、あの日は何でかな、いつもは通らない道を通ったんだ。アリスを見た時、初めはウサギか何かがいるのかなって思ったよ。白くて小さくて」

ブラッドも夏の間はアリスと同じように避暑地にある別荘で過ごしていたのだが、愛馬に跨って森の中を散歩するのが日課だった。
理由はわからないが、あの日に限っていつもと違う道を通ったおかげで運命の出逢いをすることになったといってもいいかもしれない。
うずくまっていたアリスは白い洋服を着ていたから、初めうさぎがいるのかと見間違ったが、それが小さな女の子とわかってびっくりしたのを思い出す。
彼女は本当に可愛らしくて、一目で自分のお嫁さんにするとブラッドは誓ったのだ。

「私は、王子様が現れたって思いました」
「王子様?」

白い馬に乗っていれば、アリスでなくてもそう思うのかもしれない。

「はい。だって、白馬に乗ってるんですもの」
「そっか」
「いつか、あの時の王子様が私のことを迎えに来てくれるって、信じてたんです」

アリスはずっと、白馬の王子様に淡い恋心を抱いていたのだ。
いつか、彼が自分のことを迎えに来てくれると信じて。
それが、今目の前にいるブラッドだったとは…。

「アリス」
「本当に迎えに来てくれたんですね」

…自分のことを、ずっと待っていてくれたなんて…。
ブラッドは嬉しさで、胸がいっぱいになる。

「僕のお嫁さんになるのはアリスだけって、ずっと決めてたんだよ」

子供心に誓った想いは、大人になっても変わらなかった。
家柄もそうだが、モテるブラッドに近付いてくる女性は跡を絶たなかったけれど、誰にも本気にならなかったのは、アリスだけを愛していたから。

「ブラッド」
「愛しているよ。アリス」

掠めるようなくちづけの後、ブラッドは優しくアリスを抱きしめた。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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