偽りの向こうに
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「香さんっ、ミス東城に出てくれるのね」

「副社長もなんてステキ!!」改めてミス東城へ参加することになったのが余程嬉しかったのか、吉崎は香の顔を見るなり歓喜の声を上げた。
本当は一度辞退したのに気が変わったなんて軽々しいことはしたくなかったが、昨夜彼と食事に行って上手く言いくるめられたというか。
意外な一面を見せられて、普段の冷静さを失ってしまったに違いない。
きっとそうだ。
そうに違いない。

「あんなふうに社内HPでみんなに向かって言われてしまったら、どうしようもないです」
「もう二人に決まったも同然よね」

決まったら決まったで、それは厄介なことになりそうな気がするのは香だけだろうか。
何はともあれ、これで騒ぎは一段楽するし、イベントも以前のようにみんなの注目を浴びることになるはずだ。
吉崎が何気なく言った、少なからず、この東城を担う責任は香にもあるわけで、イベントを盛り上げる義務があると思ったから。

「で、昨日は副社長、戻って来たんですって?」
「えっ、どうしてそれを」

「香さんの顛が見たくて名古屋からすっ飛んで帰ってくるなんて。案外、副社長はプレイボーイでもないのかもしれないわね」

恐らく、揃って会社を出て行くところも誰かに見られていたに違いない。
まるで、あの場にいて佐脇と香のやり取りを一部始終見ていたみたいだ。

「プレイボーイだからこそ、抜かりないんじゃないですか?」
「何を食べに行ったの?フランス料理?それとも高級料亭とか?」

「いえ、やきとり屋さんです。それもガードしたにあるような」

彼への評価が変わったのは、前に行った五つ星ホテルにあるレストランのようなこれ見よがしの高級店ではなく、やきとり屋さんだったからだ。
単に前回のように記者の取材に遭わないための配慮だったかもしれないが、ごく親しい友人や一人で通う隠れ家に香を入れてくれたことが素直に嬉しかった。

「えぇっ、やきとり?」

今や地位も金も手に入れて怖いものなしの佐脇が、生まれながらにして超がつくお嬢様をガード下のやきとり屋さんに連れて行くとは。
それは、彼女を特別扱いせず、いや、むしろその逆なのかもしれない。
自分のテリトリーの中に無条件に彼女を入れることで、より身近な存在として受け入れようとしているのだろう。
実を言うと吉崎は佐脇が本心から週刊誌に書かれるような女性関係が派手なプレイボーイではないのではと思い始めていたのだ。
確かに外見や話し振りを見るとそう感じざるを得ないのだが、わざとそう見せているような気がしてならなかった。

「副社長もやるわね。これで香さんの心をグっと掴んだわけかぁ」

胸の内を見透かされたような気がして、香は慌てて大げさなジェスチャーを交えながらそんなことはないと否定したものの、説得力の欠片もなかった。

「いよいよ、明日からは投票が始まるけど、副社長と香さんが1位になるのは確実よ。そうでなきゃ
つまらないもの」

投票は1週間行われ、その結果で選ばれた上位3名ずつが最終選考に進むことができる。
創立記念パーティーはもうすぐ、社員はみんな思い思いに着飾って年に一度の一流ホテルで行われる大々的なイベントに踊る気持ちは抑えられなかった。


香がミス東城への参加を再び決めたことで、また佐脇も出ることなったからか、社内の雰囲気は一気に明るいものになった。
そして、二人の関係もいつにも増して良好なことに佐脇は満足していた。                                                                                                                                                              
上流社会に馴染めなかった頃もあったが、世の中お金さえあれば何でもできるのだという教訓は今も彼の中に根強く息づいている。
ただ、全ての人間がお金や名声で動かされないことも最近は身に恥みて感じていたことも確かだ。
自分がまだ大金を手にする前の学生時代にバイト代が入ると決まって親しい友人と通った店に彼女を連れて行ったのは一種の賭けでもあった。
わざわざ、自分の過去を見せていいものなのかどうか。
今の佐脇に近づく女性は、派手な身なりに本来の姿なのかどうかも怪しいような完璧な容姿。
誰もが憧れるレストランで食事をし、高級ブランド品を買い与えれば、それで良かった。
決して楽しいことだとは思っていなかったが、どこかでステータスな自分に溺れていたのだ。
今になってみれば、根底にある自分の生き方を変える必要はないのかもしれない.
そう思える女性が現れたのだから。

「副社長、お呼びでしょうか?」

香が部屋の中に入ると待ってましたとばかりに佐脇は満面の笑みで彼女を迎えた。
その笑顔は反則だ。
彼に対する認識がもろくも崩れ落ちてしまいそうになる。
一瞬にして世界中の女性を虜にしてしまうような笑顔だとしても、香は絶対に屈しないと心に誓った。

「あぁ、来週からのニューヨーク出張に君も同行して欲しいと思ってね。パスポートの期限は大丈夫かい?」

ニューヨークに一緒にですって?
聞き間違えたかと思ったが、彼女の驚きの眼差しに彼は確認の意味を込めてもう一度「ニューヨークに一緒に言って欲しい」と告げた。
秘書が上司の出張に付き合うことは香が父の秘書をしていた時は何度かあったが、それは身内だからという考えのもと。
ニューヨーク出張は創立記念パーティーの前日までの一週間の予定だったが、その間ずっと一緒に行動を共にすると考えただけで、わけもなく心臓が鼓動を速めた。
こういう時に限って、他の同行者がいないなんて。

「パスポートについては問題ありません。ただ、私が一緒に行っても何の役にも立てないと思いますが」

だいいち、副社長が留守中の対応を誰がやるというのだろうか。

「そんなことはないさ。現地で作成して欲しい資料もあるし、君は英語が完璧だ。それに一人で留守番しているよりずっと有意義だと思うよ」

「留守が心配なら、吉崎さんが完璧に君の代わりを務めてくれるはずだ」そりやぁ、吉崎さんなら私よりずっと有能だし、ニューヨークに行けるというのなら、仕事とはいえ、それに越したことはないけれど。

「これは、副社長命令だと受け取って欲しい」

香はしばらく考えて口を開いた。

「わかりました。副社長と同じ便とホテルを予約してもいいでしょうか?」
「構わないよ」

命令と言われたら、今の香には従うしかない。
不本意だが、これも仕方ないと思う。
それより、航空券とホテルを追加で予約しないとっ。


To be continued...


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