恋占い
前編


「実紗(みさ)さん。何をそんなに真剣に読んでるんですか?」

昼食を終えて戻って来た隣の席の昌紘(まさひろ)が、実紗の読んでいた本を覗き込むようにして見ている。

「これ?手相の本」
「手相…ですか?!」

今日は同じ職場で仲の良い百恵(ももえ)が午前中で帰ってしまったので、実紗は一人自分の席で食事を済ませると昨日の帰りに本屋で衝動買いした手相の本を真剣に読んでいたのだ。

「そう。昨日、本屋さんに寄って衝動買いしちゃったんだけどね。結構、面白いのよ」

「へぇ〜」と言いながらも、昌紘は本に興味を示しているようだ。
占いなら星の数ほどあるはずなのに敢えて“手相”を選んだところが彼女らしいと思ってしまう。

「やっぱりここの線が上の方にあるから、あたし結婚できないのかな」

結婚線が小指に近ければ近いほど晩婚だというのだが、まさしく実紗はその典型だった。
あと2週間ほどで30回目の誕生日を迎えるというのに、一向に運命の相手とは出会えない。
まぁ、手相でそれを再確認している自分も自分なのだが…。

「そんなの当てにならないでしょう?早く結婚できたからって幸せとも限らないし、これからいい人と出会えるかもしれないんですから」

―――確かにそうなんだけど…。
でも、そろそろ確信が欲しいわよね。
この歳でそういう相手もいないってのは、やっぱり不安にもなるじゃない。

「そうかな?」
「そうですよ。例えば、俺とかね」

―――紘(こう)ちゃん?!
う〜ん、どうなのかなぁ…。
紘ちゃんは確か25,6だとは聞いていたけど、背も高いし、甘いマスクで世間で言えばいい男よね。
仕事もできるし、よく考えてみれば彼が相手なら文句はないだろう。
だけど、実紗自身そういう対象には入っていなかったのは、やはり年齢のこともあるが、あまりに近くに彼が居過ぎたからかもしれないが。

「紘(こう)ちゃんねぇ」

昌紘のことを実紗は紘(こう)ちゃんと呼んでいたが、実家の母親も同じようにそう呼ぶのが物心ついてからは恥ずかしくて嫌だった。
何度やめてくれと言っても母は、『あら、ずっと紘(こう)ちゃんって呼んできたんだもの。今更無理よ』。
子供はいつまで経っても子供なんだろう。
だから、こう呼んでいいのは母親と彼女限定だということ。

「なんですか、その気のない返事は」
「だって、紘(こう)ちゃんはそういう対象じゃないんだもん」
「俺、思いっきりフラれてます?」

ガックリ肩を落としてしまった昌紘が、大げさだなとは思うが、それよりなんだかとても可愛く見える。

「フルも何も、告白されてないし」
「わかりました。じゃあ、俺の気持ちをちゃんと言いますから。実紗さん、今晩空いてます?」
「今日?特には何もないけど…」

突然誘われても全く予定がないこと自体、寂しいわけで…。
ワザと時間稼ぎに携帯のスケジュールなんぞを覗いてみたりしたが、それはいつまでも空欄ばかり。

「帰りにちょっと付き合ってください」

昌紘がそう言い終わると、ちょうど周りの人達が戻って来て、この話はここで終わりになった。
―――『俺の気持ちをきちんと言いますからって』…どういうことなのかしら?
まさか、あたしを好きだとかそんなことはないわよねぇ…。
実紗にはさっぱり昌紘が何を考えているのかわからなかったが、さして深く考えることもせずに午後の仕事をこなしていた。



定時の鐘が鳴り終わると、すぐに昌紘が顔を近付けるようにして小声で実紗に話し掛けた。

「実紗さん、定時で上がれますか?」
「うん、大丈夫だけど」
「じゃあ、駅の近くのコンビニで待ってますから、後で来てください」

昌紘はさっさとデスクの上を片付けるとお先に失礼しますと言って、会社を後にしてしまう。
その後姿を見送っていた実紗だったが、昌紘は本気なのだろうか?と疑問を抱きつつも自分もデスクの上を片付け始めた。

少し遅れて、昌紘に言われたコンビニに行くと彼は雑誌コーナーでファッション誌のようなものを読んでいた。

「ごめんね、遅くなって」
「いいえ、じゃあ行きましょうか」

行きましょうかと言われても、実紗には昌紘がどこに向かおうとしているのか皆目検討もつかなかったのだが、電車に乗って着いた先はなぜか東京タワーの真下だった。
思ったよりも周りにはたくさん人がいて、ロマンティックというよりは観光気分の方が近いかも。
―――あぁ、でもライトアップされて綺麗ねぇ。

「ここ?」
「俺、告白するなら絶対この場所って決めてました」

うっとりと見惚れている実紗の正面に昌紘は立つと、小さく息を吐いた。
そして、真っ直ぐに見詰めると言う。

「実紗さんが好きです。俺と結婚して下さい」

―――は?
告白というのだから、『好きです。付き合ってください』というのはわかるけど、いきなり結婚という言葉が出てくるとは正直実紗も驚いた。

「結婚?」
「はい」

しれっと言いのける昌紘に、実紗はどう返していいかわからない。
彼はいつだって真剣にぶつかってくることを知っていただけに、それだけ想いが深いということだろう。

「だめですか?」
「だめっていうか、何ていうのかな。紘(こう)ちゃんの気持ちは、すっごく嬉しい。こんなあたしと結婚して欲しい、なんて言ってくれるんだもの」

それもこんなシチュエーションで言われたら、コロっといかない女性なんていないわよ。
だけど、それとこれとは話は別。

「それって…俺は、喜んでもいいんですかね」

実紗の曖昧な返事に、昌紘も肯定と受け取るか否定と受け取るか微妙な状況だった。

「あたしは今まで紘(こう)ちゃんのこと、恋愛対象としてみたことがなかったから、はっきり言ってどうしたらいいかわからないの。だから、もう少し時間をもらってもいい?紘(こう)ちゃんのこともっと知りたいから」
「はい。いつまでも待ってます。必ず、実紗さんは俺のことを好きって言いますよ」
「すっごい自信ね」

「俺以外に実紗さんを幸せにできる人なんていませんから」な〜んて、強気発言はどこから出てくるのか。
突然だったからこんな返事を返してしまったが、正直に言ってちょっと困らなくもない。
確かに彼の言葉通り、きっと実紗のことを幸せにしてくれるに違いないだろう。
ただ…少なからず彼が自分より年下だということも、二人の関係がいつどうなるかわからない社内恋愛も、実紗が踏み切れない理由の一つだということ。

―――困ったなぁ。

彼氏が欲しかった矢先の願ってもない昌紘の告白だったが…。
素直に喜べない実紗は、どうしたら彼に諦めてもらえるか、そのことばかり頭の中でグルグル考えてしまっていた。


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