炎を見ていると不思議と心が安らぐのはなぜだろう。
照明を落とした室内にパチッパチッと薪の燃える音、まだまだ夜になると冷えるこの時期、彼が手際よく暖炉に火を点けてくれたのだが、そこにいるのは加奈一人だけ。
予約しておいてくれた森の中の素敵なレストランで夕食を済ませた後、この別荘に戻って先にジャグジーでゆったりとくつろぎの時間(とき)を過ごさせてもらったけれど、一緒に入ろうかと拓実に真顔で言われた時には本気で固まってどうしようかと思った。
どこまでが冗談でどこまでが本気なのか、でも不思議なことにちっとも嫌な感じはしないのは彼の魅力だと思うし、知らず知らずのうちに引き込まれているのも確か。
でなければ、いくら何でもこんなふうに二人っきりで泊まることなんてなかったはずだから。
彼がバスタイム中を狙って、萌にメールを打つ。
『今回は残念だったけど、素敵なレストランを予約してくれてありがとう。とっても美味しかった。児島(おじま)さんには改めてお礼を言うけど、萌からも伝えておいて』
初めからそのつもりだったんだろうけど、支払いは児島(おじま)さんが全部もってくれたのが申し訳ない。
こんなメールを送れば冷やかしの返事が返ってくるだろうことは何となく想像がついたけれど、きちんとお礼だけは言っておかないと。
『良かった。あたし達も楽しみにしてたんだけど、今回は仕方ないから。仕事も大事には至らなかったみたいだし、悠(ゆう)にもちゃんと言っておくわね。で、今どこにいるの?まさか、東京に帰る車の中とか言わないでしょうねぇ。せっかく、二人っきりにしてあげたのに』
―――あぁ、やっぱり…。
そこは萌のこと、触れないわけがないと思ったが、適当にはぐらかすように『さぁ、どこでしょう』なんて返してみたところで後でつっ込まれるのは目に浮かぶようだ。
「萌ちゃんから?」
「はっ、はい。一応、お礼を。児島(おじま)さんの仕事も、大事には至らなかったそうです」
いつの間にバスルームから出てきたのか、拓実にいきなり携帯を覗き込まれ慌てて答えたが…。
彼はあろうことか、タオルで髪を拭きながらも上半身は裸のまま。
思わず目を逸らせたが、せめてTシャツくらい着て欲しい。
「それは良かった。あいつも大変だったな、休みの日まで呼び出されてさ」
そう言って隣に腰掛ける彼はお風呂上りのせいか、体から発せられる熱を感じて何だか居心地が悪い。
―――もう少し、離れてくれないかしら?
意外に筋肉質でガッシリとした腕、さっき腰に回された時のことを思い出してカーッと熱くなる。
「そうですね。楽しみにしていたって言ってましたし」
「そのおかげでこうして加奈ちゃんとロマンチックな夜を過ごせるんだから、感謝しないとな」
「え?―――ちょっ、森さっ」
―――ロマンチックな夜って…。
「何もしないから」と口では言っているものの、しっかりあの腕で肩を抱かれていた。
加奈の着ている薄いカットソーを隔てて彼の温もりを感じ、まだ半乾きの髪が頬に触れる。
男の人なのにいい匂い…何て、浸ってる場合じゃなくってぇ。
「森さんっ。ほらっ、ふ…服を着ないと風邪ひきますよ」
「うん」
「うんじゃなくって、本当に―――」
彼はわかっているのか、いないのか、「うん」と頷くだけでジっと暖炉に目を向けたまま。
炎を見ていると不思議と心が安らぐのはなぜなのか?
同じように彼が側にいるだけで、心まで満たされるような気がするのはどうしてだろう。
二人は、ただ静かに炎を見つめていた。
+++
「はい、お土産」
「ジャムとチョコレートね」と、休み明けに出社すると軽井沢のお土産を萌に渡す加奈。
「ありがとう。ねぇ、森さんとはどうだったの?」
「別にどうって」
「何よぉ。もっと他に言うことないの?」と不満顔の萌だったが、彼女は何を期待していたのだろうか。
だからといって何もなかったとは言わないけど、ここで説明するのもどうなのよ。
「それより、萌はどうしてそんなに森さんとのことを聞くわけ?」
「えっ、その…ほらっ、加奈ったら彼氏いないし、森さんと上手くいったらいいなぁなんて」
「思って…」最後は消え入るような声で言う萌だったが、この旅行に誘った第一の理由は二人をくっ付けるためだったことは否定しない。
もちろん、悠(ゆう)が急な仕事で引き返したのは本当で…。
…でも、この雰囲気だと二人は上手くいかなかったのだろうか?
メールではレストランに行って別荘にも泊まったみたいだし、てっきりいい雰囲気になっているものだとばかり。
「萌の気持ちは、ありがたいわよ?」
「森さんならって思ったの、ごめんね余計なことして。彼にも、悪いことしちゃったかな」
拓実だったら加奈のことを…彼に紹介したのは萌の方からで、こういう形で誘うのはよくないんじゃないかと悠(ゆう)にも言われていたのを敢えて実行に移したのだ。
それが、上手くいかなかったとなれば…。
「何、勘違いしてるの。ちゃんと最後まで話を聞きなさいよ」
「ん?」
「最初はハメられたって思ったけど」
「けど?」
もったいぶって、その先をなかなか言おうとしない加奈に「早く言いなさいよぉ」と急かす萌。
友達のおかげで素敵な彼氏ができたわけだけど、ちょっとくらい言わせてもらってもいいわよね?
「おかげさまで、付き合うことになりました」
「ほんと?良かったぁ。あたしが森さんに加奈のことを話したら逢いたいってずっと言ってたし、二人は絶対お似合いだって思ってたから」
…良かったぁ。
二人が付き合うことになって、悠(ゆう)はこのことを知ってるのかしら?
後で聞いてみなきゃ。
あっ、そうそうあの晩、別荘で二人は…。
「ねぇ、加奈。別荘では―――」
「あっ、忘れてた。これから、ミーティングだったんだわ」
イソイソと逃げるようにその場を去って行く加奈に『なるほど、そういうことかぁ』とニヤニヤしながら頷く萌だった。
―***―
「森さん、手を出さないっていう約束じゃ…」
「そのつもりだったんだけど、やっぱり無理だと思うんだ」
「無理って―――っん…ちょっ…」
言葉を唇で塞がれ、一瞬にして全身の力が抜けていく。
―――あぁ、何て甘いキスなんだろう…。
そのまま流れるように倒され、鼻の頭がくっ付く寸前のあまりに彼の顔が近くにあり過ぎてすぐに焦点が合わないくらい。
息遣いまでもが伝わってくるほどだ。
「橋本さんから君のことを聞いて、自分の中で勝手に作り上げていたんだ。架空の女性に恋してたのかもしれない…でも、好きになっちゃったんだ加奈ちゃんを」
「こんな短時間で、信じられないかもしれないけど―――」
加奈だって信じられないけど、好きになったんだと思う。
ううん、好き。
「あたしも…森さんが好き」
「ほんと?」
黙って頷くと優しいくちづけが何度も何度も降ってきた。
人は、炎の前では素直になれるのかもしれない。
To be continued...
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