幸せの鐘が鳴る時
5


「ったく、探したんだからな」
「私がここに居ること、新(あらた)がしゃべったの?」
「俺が無理矢理、聞き出したんだよ。智香の居場所を知っているのは、彼女以外に考えられなかったからな」
「私は、帰らないわよ」

プイッと顔を背ける智香。
素直じゃないとわかっているけど、ここで折れる気にはなれないし、つい見つけて欲しいなどと口に出してしまったが、いざ目の前に遼佑(りょうすけ)を見てしまうと、それはそれで複雑な心境になってくる。
そんな思いを断ち切るように智香は遼佑に言葉をぶつけた。

「人を騙しておいて、これが罪にならないなんてね。世の中、間違ってるわ」

智香はソファーから立ち上がると窓辺から英国調のよく手入れされたガーデンをじっと見つめていたが、もしこの場所にこんなことで来ていなかったら、どんなにロマンティックだったことだろう。
それだけが、残念だったかもしれない。

「弁解の余地もない。君をニューヨークから連れ戻すために俺がお父上に頼んで嘘をついてもらったのは事実だし、もちろんお父上の会社も決して危なくなんかない。以前から共同で持ち株会社を設立しようという話は出ていたから、これはお互いのためにいい選択だったと思ってる」
「なら、どうして私と結婚なんて…。必要ないことでしょう?」

振り返った智香を射抜くような遼佑の視線。
―――どうして、そんな目で私を見るの…。

「智香と結婚するためには他に方法がなかったんだ。まともに言っても君は絶対聞いてもくれないだろうし、恐らく顔すら合わせてもらえなかったと思う」

―――他に結婚する方法がなかったなんて、それじゃあまるで私と結婚したかったみたいに言わないで。
先に視線を外したのは智香の方だった。
どうしたって彼には勝てない、それがわかっていたから。

「さすが、私のことをよくご存知のようね。だったら、初めから私と結婚しようなんて馬鹿なことを考えない方が良かったんじゃないかしら」
「そうはいかないさ。俺にとっては会社が大きくなることより、君を手に入れることの方がずっと大切なことなんだから」

―――最初からそんな訳のわからないことを言ってたけど、何がそんなに大切なことなの?
全然わかんないわよ。

「言ってる意味が全然わかんないわよ。わかってるのは、あなたに助けてもらわなくてもいいってことと、この結婚は無効だってこと。元通り、ニューヨークで仕事ができるようにさえしてくれれば、お父様の会社のこともあるし、不本意だけど、今までのことは水に流してあげる」

「そして、木村さんにも言付けたけど、二度と私の前に現れないで」と強い口調で言い放つと、部屋を出て行こうとする智香の腕を遼佑が掴んで自分の胸に抱き寄せた。

「ちょっ、何するのよっ」
「二度と会わないなんて無理だよ。俺は毎日君の側にいて、これからの人生を過ごすんだ」
「はぁ?とうとう、頭がどうにかなっちゃったんじゃないの?」

「離してよ」と腕の中でもがく智香を遼佑はしっかり抱きしめて離さない。
…頭なんて、とっくに壊れてんだよ。
俺がどんな思いで、この3年間過ごしたと思ってるんだ。
智香が大学卒業後、すぐにニューヨーク行きを決意したことは誤算だった。
行っても短期間で戻って来るとばかり思っていたのが、そこは頑張り屋の彼女のこと、誰の力も借りずに投資顧問会社に籍を置き、バリバリ仕事をこなす日々。
このままでは日本に戻って来るどころか、どこの馬の骨かわからない金髪野郎に彼女を持っていかれてしまうかもしれない。
現に2〜3人の男が、智香を狙っているという情報をキャッチしていたのだから。

「俺の頭の中はいつだって、智香のことばかりだった」

心の奥底にまで響くような優しい声、彼に触れられた場所がどんどん熱を帯びてくるのがわかる。
―――でもでも、騙されないわよ。
遼佑の周りにはいつも取り巻きの女性がいて、私の入る余地なんてなかったじゃない。

「嘘っ!!遼佑の周りにはいつも取り巻きの女性がいて、私の入る余地なんてこれっぽっちもなかったじゃないっ。それに高校一年の時の後夜祭の時だって、私はあなたとダンスを踊るつもりで待ってたのにぃ」

―――そうよ!!ずっと憧れだったのよ。
二人は世間で名門と言われる学校に通っていたが、学園祭は中高一緒でも、後夜祭でダンスを踊れるのは高校生だけ。
だから、高校生になったら後夜祭で遼佑とダンスを踊るって決めてたのに、だってその時3年生だった彼と踊れるのはその年たった一度きりだったんだもん。
なのに私の存在に気付いておきながら、わざとあてつけみたいに別の女子を誘ったクセに!!

「え?それどこだよ。だって智香は、ほらなんつったか、図体のデカイ男と一緒に歩いてたから」
「は?」

―――図体のデカイ男って…。
あぁ、あれは同級生の男子が、好きな子に告白するのを躊躇ってたから、私が力になってあげたんじゃない。
体は大っきいけど、ほんと肝っ玉が小さくって…。
ってことは、遼佑も私のことを待っててくれたってこと?

「違うわよ。彼は単なる同級生で、私が恋のキューピットになってあげたの」
「そうだったのか?俺はてっきり、智香があの男のことを好きなんだと」
「私が好きだったのは、遼佑だけよ」

―――はっ。

私ったら、勢いで何てことを言っちゃったの?!

「いっ、今のは忘れて。む、昔の話なんだから」

―――あぁ〜やだぁ。
せっかく優位に話を進めてたってのにぃ、こんなところで墓穴を掘ってどうするのぉ…。

真っ赤になった智香は、もがきながら遼佑の腕の中から抜け出ようとするが、そんな可愛い彼女を彼が逃すはずがない。

「忘れるわけないだろう?一生忘れないさ」
「忘れてってば」
「こうなると、俺達が結婚することに何の障害もないはずだけど」

―――障害もないって、いっぱいあるわよ。
私が遼佑を好きだったのは昔の話で今のことじゃないし、だいいち遼佑が私を好きだってわけじゃないんだもの。

「あるでしょ?遼佑のことなんか、今は何とも思ってないもの」
「本当に?ちゃんと俺の目を見て言ってくれないと」

目なんか見たら、言えるわけないでしょうが。
こんな近くで、やっぱりいい男だし…。

「え…あっ、当ったり前じゃない。それより、どうして私ばっかり。りょ、遼佑はどうなのよ。私のことなんか好きじゃないクセに」

―――そうよ、そうよ。
私ばっかり、誘導尋問みたいにズルイわよ。

「あのなぁ、聞いてなかったのかよ。俺の愛の囁きを」
「どこが、愛の囁きよ。そんなことより、私は怒ってるの。人の心を無視するようなやり方は許せないのよ」

何だか話が逸れてすっかり本題を忘れていたが、本人の意思を無視して勝手に進めた結婚話に対して怒っていたのだ。
この際、昔の話なんてどうでもいい。
とにかく、こんな理不尽な話は絶対に受け入れられない。

「そのことに関しては、本当に悪かったと思ってる。ごめん」

―――そんなに素直に謝られると、これ以上何も言えなくなるじゃない。
だからって、許したわけじゃないわよ?

「謝ってくれなくて結構。結婚さえなかったことにしてくれれば、それでこの話はお終い」
「それはできない」
「どうして」
「俺が、智香を愛しているから」

―――えっ。
嘘嘘、そんなわけ…。
まさか、遼佑の口からこんな言葉を聞くとは思ってもみなかった。
愛のない結婚…そう思っていたはずなのに…。

「信じないもの」
「信じて」
「無理」
「無理じゃない」
「あぁ〜ん、もうっ。どうしてよ…」

―――そういうことを真面目な顔で言われると冗談で返せないじゃない…。
遼佑ほどじゃないが、これでもモテた方だった智香はそれなりに男性と付き合ってみたものの、どこかで彼の姿を追い掛けていたのかもしれない。
馬鹿だから、似た人ばかり好きになって…。
いつか、自分じゃない誰かと共に歩んでいく彼の姿を見たくなくて…。

「幸せにする」
「もう、嘘つかない?」

「絶対に」という言葉と共に重なる唇。
こうなる日を心のどこかで夢見ていた。
ずっと、ずっと…。

「あっ、鐘の音」
「ん?」

そっと耳を澄ますと教会の鐘の音が聞こえてくる。
どこかで、結婚式を挙げているのだろうか?

「次は俺達の番かな?」
「ちょっと、早過ぎない?まだ、キスいっこなんて」

一緒に居た時間は長いかもしれないがデートもしていないどころか、たった今キスをしたばかり。
結婚が確実のものとなっても、やはり甘い甘い恋愛期間が欲しいというもの。

「じゃあ、これから毎日キスして、夜の営み―――」

ボカっ!!

「痛ってぇ…」

思いっきり、グーでボカっと頭に一発くらった遼佑は顔をしかめて耐えている。
…これも、嘘をついた罰なのか。

「何が夜のよ。遼佑のエッチ、スケベ」
「大事なことだろう?」

考えてなかったけど、夫婦になるということはつまりそういうことも…。
―――なんか、いきなり結婚ってなると思ったより全然大変なんだ。

「ということで、早速」

「別荘は当分借りて居ていいそうだから。ゆっくり愛を確かめ合って」と遼佑に智香は軽々持ち上げられて、足をバタバタさせても全く意味がない。
あぁ…。
逃げずに戦った方が良かったのか、それとも…。

二人の幸せを祝福するかのように、教会の鐘はいつまでも鳴り響いていた。


END


続きが読みた〜い、良かったよ!と思われた方、よろしければポチっとお願いします。
福助

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
EVENT ROOM
LOVE STORY
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.