恋するミルクキャラメル
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ガーーーーんっ!!

「クククっ、クビですかぁ?」

「そんなぁ…」と懇願する私に上司だった女性が、申し訳なさそうに「今期一杯ということでごめんね、うちも厳しくて。でも、侑那(ゆうな)ちゃんが仕事ができないとか決してそういうんじゃないのよ?お客様の評判も良かったし。ただ、正社員でない人はどうしても…」と最後通告しながらも、その表情からは会社の諸事情でどうしようもなかったのだと物語っていた。
半年更新だったし、きちんと1ヶ月前に説明してくれているから違法ではないんだけど…女性ばかりの電話対応という職場だったが、上司も仲間とも上手くやっていたし、もう少し長くいられると思ってたのに…。
このご時勢、正社員だって明日は我が身、いつ自分に降り掛かってくるかわからない。
厳しい時代なのだから。
もう一度「ごめんね、私じゃ力になって上げられなくて」と謝る上司に「残り一ヶ月間は、最後まで頑張ります」と笑顔で言ったはいいが、さて…その後はどうしたのものか…。

水瀬 侑那(みなせ ゆうな)は取り敢えず、大学を出たものの所詮は補欠でかろうじて引っ掛かった三流私大、やりたい事があったわけでもなく、適当に採用試験を受けて入った不動産会社は一年と経たずに倒産。
それからは正社員は面倒、手っ取り早く職が見つかる派遣に登録して現在に至るが、せいぜい長くて半年が限度。
もうクリスマスをとうに過ぎた私には派遣の契約同様、彼氏さえ半年と続かないとは…。

マジでヤバイって。

今まで、何をやっても長続きしない。
ということは…私には、永久就職すら無理だってことぉ。

あぁ〜んっ、そんなのイヤぁ〜〜〜〜〜っ。

何とかしなきゃ、何とか!!
ここで決めなきゃ、私の未来が掛かってるんだからっ!!

とはいってもなぁ、
資格も持っていないし、顔やスタイルがいいわけでもないしぃ。

なんにも、いいことな〜〜〜〜〜〜いっ。

あぁ…。



こうして叫んでいる間にあっという間に一ヶ月が過ぎ、私の派遣期間は無事に終了した。

+++

―――あぁ、電話来ないなぁ。
ベッドに寝転がって携帯を穴が開くほど見つめ続ける日々、次の派遣先が決まったら連絡をよこすと言われたが、既に一週間が経過しても一向に吉報は届かない。
このまま、部屋で一人寂しく…。
そんなことになったら、お父さん、お母さんにおじいちゃんにおばあちゃん、たま(三毛猫)&ポチ(柴犬)、おっと一番忘れちゃいけない偉大な弟にも顔向けできないわよぉ。
トホホ…。

とはいっても、何とかなるわよという楽天的な性格の私には、こんな状況になっても、いつだって待つだけの受身。

『お前は、それでいいのかっ。そうやって、いつまでもフラフラしてからにぃ。挙句の果てにサイテーな男に捕まって、ボロボロになるんだろうな』

とは、今の私を見て弟が言いそうな言葉。
哉汰(かなた)と言って7こも年下の、お酒も煙草もできない投票権もない子供のクセにぃ姉に向かって説教する生意気なヤツ。
でもね、しょうがないのよ。
あの子と私とじゃ頭のデキ?が違うんだもん。
どうして、うちの家系からあんな突然変異が生まれたのか、未だもって水瀬家の七不思議と言われているくらい。
だって、おじいちゃんとおばあちゃんは農業一筋!!半世紀、都会で数少ない農地を耕し今も現役、頑張って野菜を作ってる。
そんなおじいちゃんの息子であるお父さんはというと、ゴテゴテのコネで入ったお役所の冴えない地域課万年係長だし。
なのに、なのによ?哉汰は小学校からずっと学年トップで神童なんて呼ばれちゃったりして、去年あっさり東大文Tに合格。
法学部に進んで末はお偉い官僚さんになるらしい、エリート街道まっしぐら。
勉強してる素振りなんてち〜っとも見せないで、それだけでもムカつくってのにあの容姿。
身長187cm、姉の私が言うのもなんだけど、小栗 旬似って、どう?モデルの誘いも勉強が、なんて断って、可愛い彼女をとっかえひっかえ。
私なんか、未だ…って、いうのにありえないでしょ?
不本意だけど、たまにドキっとしちゃう時もあったり…私の分まで吸い取ってるのよって言うか、私みたいなダメ人間はあの子にとってみれば邪魔者なのよきっと…。
姉だなんて思いたくもないのかも。
あぁ…あの子の持ってるもののほんの一部でも、私に分けてもらえれば…。

ないもの強請りしても仕方がない。
とにかく、仕事を探さなきゃ。
取り敢えず、バイトでも見つけて食い繋ぐかぁ。

+++

久し振りの外出、街は若者達で溢れ、不況の波なんてどこへやら。
ほとんど陽にもあたっていなかったせいか、日差しが眩しかった。
―――おしゃれなカフェレストランでも、ないかしら?
ずっと、ひもじい食生活をしていたから、たまには美味しいものでも食べながら、のんびりした時間を過ごすのも、これからの活力になるだろう。
バイトを探すために出て来ていたが、腹が減っては戦は出来ぬ。
その前に腹ごしらえをと偶然見つけたのが、まさに理想のカフェレストラン。
真っ白な漆喰の壁に生い茂る木々が木陰を作るオープンテラスがあって、そこだけ地中海の風が吹いているようだ。
平日のお昼をだいぶ回ってティータイムに近い時間、女性客や仕事の合間に出て来たのか、つかの間の逢瀬を楽しむカップル達で賑わっていたが、ランチタイムを過ぎていたからか多少の空席は見つけることができる。
―――ここに決〜めたぁ。
おっ、イケメン店員さんも、いっぱいいるし…。

げっ。。。

何で、と思った時には既に遅し。
私としたことが…。

「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」

「お煙草はお吸いになりますか」と満面の作り笑顔で私を迎える、小栗 旬似の若者。
白いシャツに黒のパンツ、腰にはグリーンのカフェエプロンという姿が妙に様になっている。

「知ってるクセに」

ボソっと言う私に「今日は、テラス席の方が気持ちがいいですよ」と勝手に案内してしまう。
そうされなくても、こんないいお天気、テラス席をお願いしただろうから、その辺は弟の気遣いと思うことにする。
白とグリーンを基調にした店内は、日本に居ながらにしてイタリアに来ているようだった。

「オススメはこちらになっておりますので、よろしければどうぞ」

メニューを開いて指を示されたのはシチリア風スフィンチョーネというもので、ピザ生地(実際はフォカッチャに近いらしい)にアンチョビとトマト、玉ネギを載せたもので四角いのが特徴だ。
初めて目にするものだったが、オススメだというのなら食さないわけにもいかないだろう。
ワインでも飲んじゃおっかなとか、デザートは何にしよっかなとか悩んでいると、水の入ったグラスとお絞りを持って小栗 旬似の偉大な弟が戻って来る。

「決まったのか?」
「えっと、オススメのやつとグラスの白ワインとぉ、デザートにぃ」
「ったく、平日の明るい時間から随分と優雅なもんだな」

さっきとは違う口調に『仮にも、お客様に向かってなんて口のきき方』と心の中で思っても、強気に出られる身分ではない…。
黙っていると察したのだろう「どうせ、クビになったんだろう?」と確信をついてくる。

「契約だもん、仕方ないでしょ?」
「そんなんだから、いつまで経ってもまともな職に就けないんだ」
「あんたに言われなくたってわかってるわよ。だからって、食事もしちゃいけない理由はないでしょ」

「しゃべってないで、早く注文伝えなさいよ」とワザと追い払うように言う。
―――だって、周りの女性の視線が痛いんだもん。
姉弟だけど、傍から見れば他人に見えるのだろう、突然変異としか思えないのは頭の良さと容姿だけでなく、哉汰だけ家族の誰とも似ていないのだから。

「わかったよ」

それだけ言うと厨房に消えて行った。
せっかく素敵なお店を見つけたというのにまさか、弟がバイトしているとは…身内に気付かず、イケメンと入ってしまう私も私。
大学入学と同時にずっと一人暮らしをしている私と違って、実家で暮らしているのは意外なくらいだが、スネをかじっている身分でありながら通学に不便もないのに家を出られないというのが彼なりの配慮なのだろう。
手が掛かる子ほど可愛いとはよく言ったもので、両親や祖父母はなぜか私を目の中に入れても痛くないほど可愛がってくれたせいか、それに甘えてしまったところがあったのかもしれない。
だから、今はどうしても家には帰れない。
ボーっと道行く人を見ていると自分はこれでいいのか、と思えてくるが、いくらもがいてもどうにもならない時だってある。

「お待たせしました」

テーブルに置かれたのはグラスワインともう一つ、なぜかアイスコーヒーの入ったグラス。
???と思っていると、知らない若者が空いていた斜向かいの席に腰掛けた。
―――えっ、誰?
顔はシブ〜く福山 雅治、似?チョ〜私好みっ!!
Tシャツにジーンズという何の変哲もない格好なのに別世界の人に思えるほど、いい男だ。
彼もかなり身長が高いのだろう、組んだ長い足が窮屈そうだ。

「あの…」
「高月 遼(こうづき はるか)と言います。哉汰君と同じ大学に通っていて、ここでも一緒にバイトしてるんです」
「弟のお友達?あなたも東大君なのね」

今時の東大生は、偏見かもしれないが随分と変わったように思う。
しかし、不公平でしょう。
頭も良くて、顔も良いなんて。

「で、その弟のお友達がどうして私の席に?」
「バイトもちょうど終わりましたので、お姉さまのご相手をと思いまして」
「は?相手って…」

―――なっ、何てことを…あの子の仕業ね。。。
勝手なことをしないで欲しい。
これじゃあ、まるで哀れな女を慰めるホストみたいじゃない。

「一人にしてくれないかしら。これから、仕事を探さなきゃならないの」

バッグから求人情報誌を出して、水戸黄門よろしく印籠のように高月君に見せる。

「それは、できません」
「なっ、何で」
「あなたは、自分の無防備さに全く気付いていらっしゃらない。哉汰君は、お姉さまのことをいつも心配なさっていましたよ」

―――な〜にが、お姉さまよ。
猫カブってない?いや、絶対カブってる。
その容姿で、この口調はないでしょ。
だいたい、聞いてれば無防備だとかなんとか。
余計なお世話だっていうの、あの子がそんな心配するはずないじゃない。
姉の存在なんか、ウザイとしか思ってないのに。

「ウソばっかり。哉汰が、言うわけないもの」
「そんなことないぞ?」

「はい、シチリア風スフィンチョーネ。美味いぞ」と割り込んできたのは哉汰。
―――確かに美味しそう…じゃなくって。
まさか、本気で心配してたりするわけ?

「ありがと」

食べ物に弱い私、あっつあつのスフィンチョーネをいただくことにする。
―――あぁ、美味しそう、いただきま〜す。
よくわかんないけど、良い男を目の前に食べるんだから、格別なはずよね。

「俺のことは信用してないみたいだから。遼(はるか)、姉貴のこと頼むな」
「わかってるって」

二人の会話なんぞ聞いちゃあいない私は、ひたすら食べ捲っていたが、そんな顔をジっと見つめられていたなんて…。

「お姉さま、綺麗ですよね。伺っていた通りです」
「は?」

うっとりした表情で私を見ていた高月君の額に思わず手をあててしまった。
綺麗なんて、未だかつて誰にも親にでさえ言われたことはない。

「熱は、ないようね」
「ありますよ?もう一度、よ〜く触ってみて下さい」

握られた手が、再び彼の額に触れた。
―――大丈夫?この人…。
やっぱり、頭が良いせいか、ネジが一本外れちゃってるんじゃないのかしら。

「やっぱり、ないみたい」
「おかしいですね。僕はこんなにも、お姉さまに熱をあげているのに」

心の奥底まで射抜くような視線を向けられたまま、握られた手の甲をゆっくり撫でられて、体中がゾクゾクしてしまう。
これは…冗談にも、ほどがあるんじゃない?
やんわり手を避けて私は席を立つと、救いを求めるように哉汰を探して駆け寄った。

「ねぇ、ちょっと哉汰。あの高月君って子、大丈夫なの?どこか、壊れてない?」
「特に普通だと思うけど。まぁ、多少、変わってるかもな。姉貴みたいのが好みなんてさ」
「えっ…」

―――そういう変わってる?
それだけじゃない気もするが、テラス席に目を向けるとニッコリ微笑んで、どこぞの王子様みたいに『うわぁっ』手なんか振ってるし。

「ところで、大学には行ってないの?こんな時間にバイトなんかして。お母さんに言いつけちゃうわよ?」

東大に入ったからといって、サボっていいわけがない。
他人のことをとやかく言っている場合じゃないでしょう?
そういう自分も、あの頃はかなりサボってはいたけれど、この際そんな昔のことはどうでもいいことにして欲しい。

「あ?ランチタイムのバイトが足りないから何とかならないかって、急に言われたんだ。どうせ、休んでもいい講義だったし。姉貴もそのおかげでこうして良い男と一人の寂しい時間を過ごさずに済んだんだから、いいじゃんか」

―――まぁね?講義を休もうが、私には知ったこっちゃないけど。

「姉貴の方こそ、失業中だってこと、親父やお袋に言ってないんだろう?」
「あっ、そうだった。ねぇ、お願い言わないで」

すがるような目で見つめても、弟に「どうしよっかな」と逆手を取られて分が悪い。
26にもなって職なし、彼氏なしでは親が心配するに決まってる。

「なによぉ。姉を脅す気?」
「だったら、遼(はるか)に付き合ってやってくれよ。あいつ、マジで姉貴に惚れてんだ」
「は?惚れてるって、たった今会ったばっかりなのに?」

一目惚れなんて生易しいものじゃない。
時間にして数分足らずで恋に堕ちるなんて、ドラマじゃあるまいし。

「いや、実を言うと前に携帯入ってた画像を見せたんだ。正月に撮ったやつ。そしたら、会わせろってずっとうるさく言われててさ、そういうの嫌だと思ったから。なのに姉貴の方から来ちゃったんで」
「画像を見たくらいで好きにはならないでしょ?ましてや、福山 雅治似のあんなにいい男なのに何で私」
「俺もそう思うけど。あいつの顔、見ただろ?まだ短い付き合いだけどさ、結構、合コンなんかもしてて綺麗どころもたくさん来るわけよ。でも、あんなの見たことないぞ。鼻の下伸ばしてデロデロしやがって、気持ちワリぃ」

―――そうなの?益々、信じられないんだけど。
もしかして、ブス専とか。
世の中にそういう人がいてくれるなら、私も救われると思うのよ?だけど、相手がいい男過ぎるっていうのはねぇ。
自分が惨めで、並んで歩けないもの。

「どうせ、男いないんだろ?年下だけど、俺なんかよりずっとしっかりしてる。それにあいつん家、銀行のお偉いさんでガッチリ金持ってるし、姉貴みたいなのが彼女になっても次男だから、ちっとは大目に見てもらえるさ」
「何それ、私はねぇ―――」
「ほら、あいつを一人しておくなよ。寂しがってるぞ?それに俺は仕事中なんだから」

軽くあしらわれて、渋々席に戻る。
残っていたスフィンチョーネも、すっかり固くなってしまっていた。


お名前・タイトル提供:水瀬 侑那(Yuuna Minase)&高月 遼(Haruka Kouzuki)/哉汰(Kanata)… ココナッツミルク さま

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