恋するミルクキャラメル
2/E


「これから、お時間ありますか?良かったら、映画でも」
「聞いてなかったの?仕事を探してるって言わなかった?私はね、あなたみたいに人生の勝ち組じゃないし、明日すら食べていくのに困る身なのよ」

付き合うとか、彼氏とか。
弟の言葉じゃないけど、いつまで経ってもまともな職に就けない自分を情けないと思いながらも今まで慎ましくやってきたのだ。
そんな中で貯金だって、それを切り崩しながらの生活にも限度がある。
早いところ、何とかしなければならないっていうのに悠長に映画なんて見ている場合じゃない。

「僕は、自分が勝ち組だなんて思ってません」
「でも、現実にはそうでしょ?東大入っただけでも、先は見えてるじゃない。ブス専だかなんだか知らないけど、はっきり言って迷惑よ」
「ブス専って…」

クスクス笑う高月君に余計に腹立たしさが込み上げてくる。
私はジロっと一睨みしてワインのグラスを一気に空けると、就職情報誌をドサっと広げた。
この際、贅沢は言っていられないが、なかなか希望の仕事は見つけられそうにない。

「僕は、面食いだと自分では思ってるんですけど」
「まだ、いたの?」

「そんな、つれないことを言わないで下さいよ」と顔をグィーっと近付ける高月君。
この私に向かって面食いなどとは、よくも言えたものだ。

「邪魔しないでって、言ってるでしょ」
「僕も一緒に探しますから」
「え?」

真剣な眼差しに思わず目を逸らしてしまった。
―――なんなの?この子。
10代の子供のはずなのに時折見え隠れする男の影。

「そっ、そんなの…いいわよ。大人なんだから自分のことは自分でするし、あなたも私なんか相手にしていないで同じ年頃の可愛い彼女でも見つけたら?」
「僕は侑那(ゆうな)さんが好きだから力になりたいし、できれば僕のことも好きになって欲しいんです」

―――すっ、好き!?
おぉーーーっ!!こっ、これって愛の告白ってやつなの?
ワインを飲んだせいもあるが、それ以上に今の私の顔は真っ赤になっているに違いない。
たまたま偶然見つけて入ってお店で、こんな展開が待っているとは…。

「でもねぇ、あなたも変わった人よね。こんな、ダメ女を好きになるなんて」
「侑那さんは、自分の素晴らしさに気付いていないだけです」
「言ってて、恥ずかしくならない?」

「全然、だって本当のことですから」と平気で言えるあたり、ある意味すごいと思うが、彼に言われると何だかその気になってきちゃうじゃない。

「僕の知り合いに人材を募集していないか、聞いてみましょうか?そういうの侑那さんが嫌いなことはわかってます。ですが、これは恩着せがましいとかそういうことじゃなくて、ここで運を掴むことも必要だと思うから」

彼の言葉に藁にもすがりたい気持ちはある。
けど…。

「まだ、良く知らない私にそこまでしてくれなくても」
「いえ、親友の哉汰君のお姉さまです。一度、あたってみましょう」

押しに弱いつもりはなかったけど、彼に言われるとどうにも拒みきれない。
もし、もしも彼氏になってくれるとするならば、私は永遠に支配されてしまうだろう。

+++

あれから、高月君の知り合いに事務員を正社員で募集している会社があって、それも超有名企業。
早速、面接に行ったのだが、今まで派遣で培ってきた経験が十分通用するということに加え、彼の後ろ盾が大きかったことは間違いない。

「侑那さん、おめでとうございます。良かったですね、就職が無事に決まって」
「ありがとう。高月君には、何てお礼を言ったらいいか」

『運を掴む』と言った彼の言葉の意味が、今になってわかるような気がした。

「いいえ、これは侑那さんの力ですよ。もっと自信を持って下さい」
「ううん、紹介してくれたのは高月君のおかげだもの」

正社員という響きがくすぐったいが、この会社なら、もう倒産という目に遭うことはないだろう。
安定した職に就ける喜びを噛み締める一方、私のような者を採用したことを後悔させないよう頑張らなければいけないのも確か。

「これで、ゆっくり愛を育めますね」
「はっ…」

―――育むって…。
決して取引したわけじゃなかったけれど、事実上受け入れなければならない事態に…。

「どうしました?」
「えっ、なんでも…ない?」
「疑問符なのが、気になりますが」

―――いやぁ、だって…。
よ〜く考えてみてちょうだい。
弟と同い年なんだから、7こ年上の彼女ってことになる。
世の中、これくらいの歳の差も最近ではそう珍しいことでもないのかもしれないが、高月君はまだ10代。
私も職を見つけてもらったおかげで少しは将来の不安も減ったけど、できることなら結婚を前提にお付き合いしたい。
早く子供も欲しいし…。
って、私ったら先走り過ぎ。

「やっぱり」
「やっぱり、何?俺と付き合うのは嫌ってか」

―――え?急に口調が変わったりして…おっ、怒ってる?

「あのさぁ、そうやって自分からチャンス逃してどうすんだよ。目の前にあるものを掴まなきゃ、待ってたって何も手に入んないんだぞ」

―――そりゃそうだけど、昨日今日会ったばかりでその人を信じられるかどうかなんて、どうやって見極められるの?
弟の友達ってだけの保障しかないのに。

「そんな、そんなことっ、あなたに言われたくないわよ。『お姉さま』なんて優しい口調で誘っておいて、やっと本性を現したのね。何が目的なの?弟とグルになって、人のこと騙して…」

「バカ女だって、笑えばいいじゃない」こうやって、いつだって私は…。
クっそぉ…悔しいけど、目から涙が勝手にこぼれ落ちる。
―――あなたみたいに若くないんだから、本気で好きになっちゃったら最後に傷つくのは私の方だもん。

「は?何、言ってんだ。誰が騙したよ」

「泣くなよ」と高月君は乱暴に私の腕を掴んで自分の大きな胸に引き寄せると、打って変わって優しく包み込むように抱きしめる。

「離してよ」

力いっぱい手を胸に突いたけど、彼の大きな体はビクともしない。

「嫌だね」
「何で?」
「そうやって、今までも一人で泣いてたんだろ」

「これからは俺が側にいるから、一人で泣くな」ゆっくりと背中を上下する手に余計に涙が溢れるじゃない。
こんなふうに言われたこともないし、されたこともないから、どうしていいかわからないのよ。

「ほら、まずそこに座って。深呼吸して」

言われた通りに近くのベンチに腰掛けると、隣で彼が「吸って、吐いて」と言う通りに大きく息を吸って、静かに吐き出す。
昼下がりの公園は、池の周りが小さな子供を連れた若いお母さん達のお散歩コースになっている。
不意に口の中に甘いものが、放り込まれて…。

「これ…」
「信じてくれないかもしれないけど侑那さんの顔が好みだってことはウソじゃないし、どういう人なのかも哉汰から大体のことは聞いている。もちろん、ミルクキャラメルが大好きなことも。だから、そういうのを全部ひっくるめて会わせろって頼んでも、なかなかウンって言わなくって。あいつなりにお姉さんのことを思ってるんだ」

なるほど、『会わせろってずっとうるさく言われててさ、そういうの嫌だと思ったから』と言っていた哉汰を思い出す。
―――キャラメル好きって…哉汰ったら、どこまで話してるの?
あぁ、でもおいひぃ。

「本性っていうか、俺はいつもこういう感じで、あんまり女性受けが良くないんだ。やっぱり、色目を使ってくるのも多いし」

東大生で福山 雅治似とくれば、魅力を感じない女性はまずいない。
そういう目で見られないよう、無意識のうちに仮面を着けていた部分もあったのだろうか。
なら、初めに会った時のあの彼は私のために演技していたということ?
『あんなの見たことないぞ。鼻の下伸ばしてデロデロしやがって、気持ちワリぃ』哉汰の言葉も頷ける。

「あの、好青年はどこへいっちゃったのかしら?」
「あ?あれは…自分でも気持ち悪いって思ってんだから。哉汰にも散々、からかわれたし」

「ああでもしなきゃ、侑那さんのことだから身構えるだろう?」高月君の優しさなのだ。
ここでチャンスを逃したら、目の前にいる素敵な男性を捕まえなきゃ、一生後悔するかもしれない。

「侑那さん?」

彼の首に両腕を巻きつけると唇を重ねる。
どうして、こんな大胆な行動ができたのだろう。
それはきっと、彼がくれた勇気。

「知ってるでしょ?うちの弟、キレるとものすごく怖いの。もし、私が高月君に捨てられたりしたら―――」
「それはないと思うな。だって、俺は侑那さんにゾッコンだから」

「でも、哉汰から『お義兄さん』なんて呼ばれるのだけは勘弁して欲しいな」と本気モードで話す高月君に思わず噴出してしまう。

これから、どんな恋が始まるのだろう。
きっと、ミルクキャラメルみたいに甘いはず。


To be continued...


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。

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