「いらっしゃい。あれ?綴君、一人かい?」
綴が訪れたのは、律花に連れて来てもらった三軒茶屋にあるダイニングバー。
本当は二人で来るつもりだったのだが、律花は急に上司に呼び出されて帰れなくなってしまったのだ。
「こんばんは、マスター。そうなんですよ」
心なしか、元気がない様子の綴。
ここへ一人で来るところからしても、彼女との時間があまり取れないのだろうとマスターは思った。
「取り敢えず、飲み物は何にする?」
「えっと、ギネスで」
「了解」
カウンター席に腰を下ろすと、ふと隣の誰もいない席を見つめる。
『おっ、南雲君は黒が好きなの?だったら、私はあれにしよっかな』
と言う、律花の顔が目に浮かぶようだ。
―――あぁ…ここまで来ると俺も重症だな…。
会社ではすぐ手の届くところに彼女はいるのに、忙しさのあまり触れることができないなんて…。
こんな時に力になれない自分が情けないと思うのだが、今の綴には何もしてあげられない。
「どうしたんだい?元気ないな」
マスターは、綴の前に注文したギネスのグラスを置く。
それを一口飲むと、少しだけホっとした自分がいた。
「律花さんとの時間が、あまり取れなくて」
「忙しいのかい?彼女は」
「はい。そういう立場なんですから、仕方がないのはわかっているんですけど…」
―――チーフなんだから、ペーペーの俺とは違う。
それは、わかっているのだが…。
「綴君がそんな顔してると、彼女も頑張れないと思うよ」
「はぁ…」
「オジサンが綴君のために特製ピザを焼いてあげるから、それで元気出して」
「すみません。マスターのピザ、すごく美味いです」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しくて、調子に乗っちゃうかもしれないけどね」
たったこれだけの会話なのに、なぜだろう?マスターと話していると心が和む。
『ずっと変わらなくて、唯一私が落ち着ける場所かな』
そう言っていた、彼女の気持ちがわかるような気がした。
「寂しいのは、綴君だけじゃないと思うんだ。律花ちゃんだって同じだよ、きっと。後で電話でもしてあげれば、喜ぶんじゃないかな。甘えられるのは、年下の特権なんだからね」
にっこり微笑むと、マスターは厨房へ入って行った。
―――年下の特権かぁ。
確かにマスターの言う通りかもしれない。
甘えられるのは、俺だからなんだ。
そんなふうに考えたらなんだかとても気持ちが軽くなって、ギネスを飲み干す。
「マスター、もう一杯お願いします」
つい調子に乗って、飲み過ぎてしまった。
◇
―――あぁ~また、こんな時間?
時計を見れば、そろそろ日付が変わろうとしている時刻。
久し振りで、綴と一緒にマスターのところへ顔を出そうと約束していたのに…。
一人で行くって言ってたけど、特製ピザ食べたかったなぁ。
ずっと休日も出勤していたが明日はやっと休みをもらえたから、綴の家に行っちゃおうかしら?
などと思いながら、律花は足取り重く家路へと急ぐ。
―――あれ?
律花の家の前で、誰かが座り込んでいるのが見える。
近付いてみると、そこには…。
―――ヤダっ、綴?何でこんなところで、寝てるのよっ。
急いで彼のところへ駆け寄ると揺り起こしたが、相当酔っている様子。
「綴っ、綴ったらっ、起きてよ。こんなところで寝ていたら、風邪ひくでしょ」
「あっ、律花さぁん。お帰りなさ~い」
「ただいまって、そんなことはいいの。こんなに飲んで。早く家に入って」
「はぁ~い」
こんなに酔っている綴を見るのは、初めてだった。
余程、楽しかったのだろうか?それとも、その逆?
律花は綴の腕を自分の肩に回して、担ぐような格好で家の中へと入れる。
ただでさえ大きな彼、きゃしゃだと思っていても男だからやっぱり重い。
なんとかリビングまで引きずるようにして連れて行くと、ソファーに寝かせた。
「今、お水持ってくるから」
「水はいらない。律花さんが、欲しい」
「やぁっ…ちょっ…」
水を持ってこようとした律花を止めると、腕を引っ張って自分の方へ抱き寄せる。
「会いたかった…」
あまりに切ない綴の声に、律花の胸はキュンっと締め付けられる。
「どうしたの?こんなに飲んで」
「マスターといっぱい話して、それから特製ピザも食べて。そうだ、律花さんにって、お土産もらってきたんです」
彼が手にしていたのは、多分その特製ピザが入っているであろう薄い箱。
「嬉しい、ピザ食べたかったの」
「律花さんは、俺に会えて嬉しくないんですか?」
律花の返答に不満顔の綴。
―――そんなこと…そんなこと、あるはずないじゃない。
「そんなこと、あるはずないでしょ?私だって、綴に会いたかった」
今夜はもう会えないと思っていたのに、こうして会いに来てくれた。
嬉しくないはずがないし、会いたかったのは律花も同じ。
「本当に?」
「本当。でも、あんな外で待ってるなんて。風邪でもひいたらどうするのよ」
律花は綴の頬に触れると、まだかなり冷たい。
一体、どれくらいの時間あそこにいたのだろうか?
「電話をしたら、律花さん心配してすぐ帰って来てしまうでしょ?それに驚かせたかったんです」
「だからって」
いつも冷静な彼が、驚かせたかったからなんて…。
「…ぁっ…んっ…っ…ちょ…っ…」
彼の大きな手でしっかりと頭を抑えられて、唇を塞がれる。
アルコールが鼻をついたが、それよりもこの感触が心地いい。
「…っ…つ…づ…りっ…」
「律花さん…」
綴は起き上がると、入れ替わるようにして律花をソファーに押し倒す。
ブラウスのボタンを器用に外してみると、白くて透き通った肌に赤い薔薇の花をいくつも咲かせたはずだったのにその跡はもうすっかり消えている。
「…やぁっ…ぃっ…」
チクっとした痛みが走る。
「ごめん…痛かった?」
「うん、ちょっとだけ」
「律花さんは、俺のモノだって証拠を残したかったんです」
「そんなことしなくても、私は綴のモノでしょ?」
律花さん―――。
まだまだ、自分が子供だなと思ってしまう。
こんな跡を残すことで、自分のモノだって証が欲しいなんて…。
そんな思いが彼女に伝わったのだろう。
「綴の跡、いっぱい残して。でも、あまり目立たないところにね」
「律花さん…」
想いを受け止めてくれる彼女の優しさを感じながら、たくさんの花を咲かせていく。
「…はぁ…ぁっ…っ…っ…」
背中に腕を回してブラのホックを外すと、綺麗な二つの膨らみが顔を出す。
それは綴を感じているのか、硬くなった蕾はツンッと上を向いていた。
膨らみの輪郭に沿って手を添えると優しく揉み解す。
「…っあぁっ…っん…っ…」
「律花さん、もっと声を聞かせて」
「…だっ…て…っ…ぁっん…っ…」
恥ずかしいのか声を我慢している律花だったが、蕾の先を甘噛みされて思いとは裏腹に甘美な声が部屋に響く。
お酒が入っているせいか、その声だけで綴のモノはどんどんと大きくなっていた。
「俺、もう我慢できません。早く、律花さんの中に入りたい」
「来て、私も綴と一緒になりたい」
こんな可愛いことを言われて、綴の理性などどこかに飛んでしまう。
素早く部屋に用意してあったゴムを装着すると、一気に彼女の中に自身を沈める。
「…あぁっ…んっ…綴…っ…」
「律花…さんっ…」
いつになく余裕のない綴は、腰の動きを早めて何度も何度も律花の最奥まで自身のモノを突き続ける。
「…やぁっ…つ…づ…り…っ…」
「…ごめんっ…律花…さんっ…俺、抑え…られない…っ…」
そんなに激しくされたら壊れてしまう…律花は思ったが、それだけ彼が自分を求めているということ。
綴の首に腕を絡めて、より体を密着させる。
「…いい…の…もっ…と…奥…まで…っ…」
「律花さんっ…」
激しく突かれて、律花はすぐにでもイってしまいそう。
「…っんぁっ…っ…イっ…ちゃ…う…っ…」
「…俺…も…っ…」
「…イ…くぅ…」という言葉と共に綴は、律花をつぶさない様に倒れ込む。
大きく肩を揺らして、お互い息が荒い。
「…ごめん…俺…」
「何も言わないで」
律花はそれ以上綴に言葉を言わせないよう、唇を重ねる。
そんな時に「くぅっ」っという音が微かに聞こえた。
「律花さん?」
「お腹空いてたの、恥ずかしい」
食事も取らずに仕事をしてきて、こんなに運動してはお腹も鳴るだろう。
「あっ、ピザ」
せっかく、律花にとマスターにもらって来たのにさっき渡したっきりだった。
…すっかり、冷めちゃったなぁ。
「温めて、食べるわ。綴もどう?」
「俺はたくさん食べたから、律花さんが食べて」
「じゃあ、お茶でも入れる」
綴としてはもう少しくっ付いていたかったが、律花がお腹を空かせているのだから仕方がない。
彼女の後姿をボーっと見つめている、綴だった。
◇
結局、食事を終えてお腹いっぱいになった律花と綴は何ラウンド、ヤったのだろう。
いくら若いとはいっても、綴も最後は疲れて眠ってしまった。
律花も同じように眠ってしまったのだが、段々歳をとってくると朝の目覚めが早い。
まだ、陽が昇り始めたばかりなのにもう目が覚めてしまうなんて…彼の寝顔を見ながらふと思う。
―――綴ったら、こんなに溜まってたのかしら?
人のことは言えないが、彼の体力には敵わない。
でも、本当に綺麗な顔。
今は目を瞑っているからわからないが、あの瞳で見つめられると体が金縛りにあってしまったように動かなくなってしまう。
何も、私みたいな年上の女を好きにならなくても…。
いつもそう思うが、彼の一途な想いがそれを消してくれる。
「…律花…さん…」
「あっ、ごめんね。起こしちゃった?」
先にシャワーを浴びて、朝食の準備をするために起き上がろうとしたところで、綴が目を覚ましてしまったよう。
「どこに行くんですか?」
「どこにって、シャワーを浴びようと思ったの。それに朝食の支度もしないと」
「もう少し、ここにいて下さい」
まだ、お互い生まれたままの姿だというのに彼は律花の胸に顔を埋めてくる。
「でも…」
「お願いです」
こう言われてしまうと、返す言葉が見つからない。
―――こんなに甘えん坊だったなんて…。
それが、嬉しくないわけじゃない。
ただ、少し意外だっただけ。
「なんだか、今日の綴は甘えん坊さんね」
「嫌いですか?こういうの」
綴は、ふと昨日マスターに言われたことを思い出す。
『甘えられるのは、年下の特権なんだからね』
だから、つい言ってみたのだが…。
律花は、こういうのを好まないのだろうか?
「そんなことないわよ。なんとなく綴は、甘えないタイプかなって思ったから。でも、ちょっと嬉しいかも」
「本当に?」
「うん。私も甘えるけど、たまには綴も甘えて欲しいかなって」
いつも意地悪な綴が、甘える時は素直だし。
これを言うと何やら色々言われそうだから、口にはしないけど…。
「あの、後で買い物に付き合ってくれませんか?」
「買い物?」
「ネクタイとか、律花さんに選んでもらいたいんです」
「えっ、私が?あんまり、センスないんだけど」
彼の方が、よっぽどセンスがいいと思う。
―――私が下手に選んで、会社で彼の評判が下がったりしたらどうするのよ。
「会社で、みんなが言ってますよ。律花さん、どこで洋服買ってるのかなって」
「え…そんなこと言われてるの?」
お肌が綺麗になったとか、洋服をどこで買ってるのかとか、まぁいろんなことを言われているものだなと半ば感心してしまう。
「そうですよ。だから、律花さんに選んでもらいたいんです」
「わかったわ。綴とデートできるなら、喜んで」
「やったっ!」
「…やぁっ…ん…っ…綴ったら、どこ触ってるの?」
「え?律花さんの胸」
―――そんな、はっきり言わなくてもいいのよ…。
シャワーを浴びるはずが、朝からワンラウンドいくなんて…。
もうっ、付き合えないんだから、などという律花の叫びはこの可愛い年下くんに届くはずなどなかった。
◇
家で朝食をと思ったけれど、せっかくだからとブランチを兼ねて二子玉川に行ってみることにする。
彼からよくここへ来ると聞いた時、彼女とオープンテラスでくつろいでる二人を想像した律花だったが、それがまさか自分になろうとは…。
想像すらしなかった。
「へっ」
考え事をしていると、急に綴に頬に手を添えられ、変な声を出してしまう。
「どうしたんですか?ボーっとして」
「ううん、なんでもない。綴がよくここへ来るって聞いた時にね、こうやって彼女とオープンテラスでくつろいでいるんだろうなって思ったの。それが、自分になるなんて…」
「俺は、誰とも来ませんよ」
頬を撫でていた手が、テーブルの上の律花の手の上に重なる。
こんな人目につくところで…。
と思っても、今はそれがとても嬉しい。
「うん、そうなんだけど」
「そんな顔しないで下さい。律花さんは、いつも俺の隣で笑っていて欲しいんです」
―――綴…。
手の甲を撫でる彼の指が、心地いい。
「ほら、冷めないうちに食べましょう」
「うん」
目の前には、美味しそうなパスタと見るからに新鮮な野菜を使ったシーザーサラダ。
「律花さん、サラダ取ってもらえますか?」
「あっ、ごめんね。気が付かなくて」
こういうところが気が利かないって言われるところなのよね、と思いながら慌ててお皿に取り分ける。
「はい、どうぞ」
「食べさせて下さい」
「え…」
―――何を言い出すのよ、綴ったら。
既に口を突き出すような体勢をとっている。
「大人なんだから、自分で食べてよ」
「甘えていいって言ったの、律花さんですよ」
「言ったけど…」
―――こういう、意味じゃないじゃない。
「ほら、早くして下さい」と言う綴。
食べさせなければいつまでも、こうなのだろう…。
はぁ…。
やっぱり、意地悪じゃない。
甘えられても、られなくても、彼は意地悪だぁ…。
「もうっ、一回だけなんだから」
ニッコリ微笑む彼の口に、サラダを取ったフォークを入れる。
こんなことをするのは、生まれて初めて。
それも、人が見ているかもしれないところで…。
顔が真っ赤になっている律花に対して、綴はいつものようにクールな笑顔。
「美味しい?」
「美味しいですよ。律花さんも食べますか?」
え…と思った時には、彼が律花の口元にサラダを取ったフォークを差し出していた。
なんという早業…。
感心している場合ではないのだが…。
「いい、一人で食べられる」
「せっかく、取ったんですから。あ~んして下さい」
―――ヤダっ!綴の意地悪。
「早くしないと、みんなが見てますよ」
「わかったわよ」
口を大きく開けると、チーズとレタスの絶妙なコンビネーションがいっぱいに広がる。
「美味しいですか?」
「うん、おいひぃ」
律花の言い方がおもしろかったのか、クスクスと笑う綴。
―――あ~この笑顔を見られるのは、今は自分だけなんだわ。
そんなふうに思っただけでも、幸せを感じてしまう。
いつまでも、この幸せな時間が続けばいい―――。
「俺、今すっごく幸せです」
考えていたことを代わりに言われて、びっくりした律花。
一瞬、気が付かないうちに声に出してしまったのかと思ってしまうくらい…。
「驚いた。私も、そう思っていたところなの」
「以心伝心って、やつですかね」
「そうなのかな?」
「じゃあ、俺が次に考えていることはわかりますか?」
「次?」
―――何かしら?
ネクタイを選んで欲しいって言ってたから、そのことかしら?
しかし、耳元で囁かれた言葉は…。
「ヤダっ、綴のえっち、スケベっ!」
「シーっ。律花さん、声大きいですって」
手で口を塞がれたが、時既に遅し…。
周りのお客さんの視線が痛い。
せっかく、二人を微笑ましく見ていたというのに…。
―――だってぇ、綴が変なことを言うから。
『早く帰って…』
せっかく、いい雰囲気だったのに…。
やっぱり、年下の若い彼には付いていけないわ。
そう思う律花だった。
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