契約愛
5


「社長、お式はどちらでなさるんですか?白無垢もお似合いになりそうですが、やっぱりウエディングドレスですかねぇ」

既に結婚してしているというのにまるで自分がもう一度式を挙げるかのごとく張り切っている有能な秘書だったが、そんな彼女とは裏腹に愛莉の心は沈みきっていた。
会社を救うことばかり考えていた自分が、これから背負う十字架の重さに一生耐え切れるだろか?
彼との結婚を予想以上に喜んでくれた両親のこともあったかもしれないが、一番は彼がまるで最愛の女性と結ばれるような態度を取ることにも困惑を隠せない。

「別にどっちでもいいんだけど、できれば白無垢の方がいいわね」
「あら、どうしてですか?女性ならやっぱりウエディングドレスに憧れますよ。現に私もそうしましたもの」

愛莉だって、どちらか選ぶとなれば迷わずそうしたかもしれない。

「だって、誓いのキスをしないといけないじゃない」

愛していない相手と契約の結婚式を挙げるというのに、神の前でみんなを欺くようなことなどできるはずがない。

「社長ったら、恥ずかしがることないじゃないですか。そんなの愛し合ってる幸せな二人なら、ガンガン見せ付けちゃえばいいんです」
「恥ずかしがってるわけじゃっ」

実際、恥ずかしいけれど…。

「あぁ、いいですね。初々しくって」

「もうっ」と一人悶えているが、ちっとも良くなんかない。

マリッジブルーとは多少違うかもしれないけれど、憂鬱なことには変わりなかった。



「招待客は、どれくらいになりそう?」

「こっちは200人くらいかな」毎晩のように式の打合せを兼ねて夕食を共にしているが、彼にとっては高輪の財産を手に入れるまでのこと。

「ねぇ」
「なんだい?」
「私は式や披露宴なんてどうでもよくて、届さえ出せばそれでいいと思うの」

『どうでもよくて』なんて言い方はよくなかったかもしれないが、彼の前でかっこつけても仕方ないし、契約という義務を果たすだけならば無理に盛大な披露宴なんて真実どうでもいいこと。

「ダメだ。ご両親のためにも、もちろん君自身のためにも適当なもので済ませてはいけない。君は誰よりも素晴らしく幸せな花嫁でなければならないんだ」

どうして、そんなことが言えるのだろう?
10億の引き換えにこの身を差し出し、ただ生贄にされるのを待つだけの私が誰よりも素晴らしく幸せな花嫁になど絶対になれるはずないのに。

「お金さえかければ、幸せになれるの?」
「君はそれだけの価値がある女性だからね」

あぁ、そうね。
私のバックには父がいるんだもの、いくら注ぎ込んだって惜しくはないはずよね。
今更ながら、お金なんて何の意味もないことを思い知らされたような気がした。


それからの3ケ月はあっという間に過ぎ、彼の強い要望もあって純白のウエディングドレスに身を包んだ愛莉は、それはそれは美しい花嫁となり、誓いのキスはあまりに熱烈で誰もが二人の幸せを信じ疑うはずもなかった。
高輪の後継者となった彼は今まで以上の重責を担うことになったが、ハネムーンに選んだ豪華客船で巡る1ケ月のクルージングは決して譲らなかった。

「いいの?主が1ケ月も留守にして」
「それはこっちの台詞。愛莉こそ、大丈夫?」

今日から水野 愛莉になった実感は沸いていないが、彼に呼ばれると夫婦になったのだという気持ちが強くなった気がする。

「うちは有能な部下がいるから。私がいなくたって平気よ」
「だったら、僕も同じさ」

彼女がやっと自分のものになった喜びに、遊は嬉しさのあまりこのまま大海原に飛び込んでしまいたい衝動に駆られていた。
教会の入口から父親に付き添われて歩いて来る彼女の姿はあまりにも美しく、一生忘れることはないだろう。
会社を救う名目で結婚を迫ってしまったことを後悔していないわけではないが、ああでもしなければ絶対に手の届かない女性。
だからこそ、これから先、どんなことがあっても自分の手で幸せにしなければならないと誓ったのだ。


To be continued...


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福助

※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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