あいつとあたし。
18

86

結局、告白された3年生の彼にははっきりと返事をできないまま、数日が過ぎて…。
『お互いのことをよく知らないまま、付き合うこともあると思うよ』と言っていたあいつの気持ちもわかるし、『あたしは、あたしのことをちゃんとわかってくれて、好きって言ってくれる人がいいな』という優奈の気持ちも、もちろんわかる。
考え方は人それぞれだと思うけど、じゃあ自分はどっちなんだと言われたら、すぐには答えが見つからない。
彼氏が欲しい…ただ、それだけで自分を磨いたり、それはそれで努力することも大事なことなんだろう。
でも、何かが違うような。
それは、ビビビっとくるような、あぁ、この人!!と思えるような電撃的な出会いをしていないからに違いない。

「うっそー。真比呂ったら、いつの間に。ヴァージンじゃなくなっちゃったわけ?」

「しっ、声が大きいってっ」と真比呂は真っ赤になりながら、優奈の口を両手で塞ぐ。
すっかり自分の世界に浸っていたあたしは二人の話を全く聞いていなかったが、“ヴァージンじゃなくなった”とかなんとか、言っていたような。

「可憐だって、まだなんでしょ?」
「えぇっ、あたし?!っていうか、真比呂。本当なの?」

「うん、実はこの前、彼の家に遊びに行って…」とはにかみながら話す真比呂は、すっかり女の子から大人の女性に変わっていた。
まともに男の子とさえ付き合ったことのない可憐には到底そんなことは考えもしないことだったが、お互い好きならば、キスから始まって最終的にはえっちという流れになっていくのは自然なこと。
ただ、間近で聞いてしまうと複雑な心境だということだけは確か。

「ねぇ、どんな感じ?」

優奈は興味津々という顔で聞いていたが、なぜか可憐はそんなふうには思えなかった。
付き合うということは、そういうことなんだ。
男と女なんだから…。
ふと、あいつが視界に飛び込んできた。

「どした?可憐ちゃん」
「はっ、なっ、なんでもないっ」
「変なの」

平井は首を傾げていたけど、
あいつだって、きっと…。

2009-2010.5.28

87

一人とぼとぼと歩く、学校の帰り道。
―――みんな、違う世界の人になっちゃったみたい…。
いつか、あたしだけの王子様に出逢う日を夢見てきたけれど、そこには男と女の本質が背中合わせだということ。
知っていたはずなのに実際、目の当たりにしてしまうとすんなり受け入れられない自分。
あ〜ぁ。

「可憐ちゃん。先に帰るなんて、つれないなぁ」

「俺を置いて」相変わらずのーてんきな男が、あたしの背中をポンっと叩く。
また、背が伸びたみたい。
いつも一緒にいるのに今更、気付いたりして。

「だって、席にカバンもないし、先に帰ったと思ったんだもん」
「ちょっと、本を借りに隣のクラスまで行ってたもんで」
「本?」

――― 平井が本?珍しい。
と思ったら…。

「エ・ロ・本・」とあたしの耳元で小さく囁くあいつ。

はっ、今なんて…。

「エロ本なんか、借りないでよっ」
「あっ?しーっ。可憐ちゃん声デカイって」

慌ててあたしの口を塞ぐあいつ。
もがいてもビクともしない大きな手。

「はっ、放してよ!!」
「ごめん。可憐ちゃんが大きな声出すから」
「エロ本なんて言うからでしょ?学校で貸し借りするなんて」

そんなものを持ってきてるのが先生にバレたら、どうするのよ。

「男なんて、みんなそんなもんだって。スカした野郎だって、家に帰ればこっそり読んでるんだから」

―――みんなって…。
そういうものなの?
っていうか…。

「待ってよ、可憐ちゃん」
「うるさ〜い。半径3m以内に近寄るな!!エロ男」

「ひっでぇ、エロ男なんて…。色男の間違いだろう?」とかなんとか言っちゃって。
ふざけてる場合じゃないんだからっ。

2009-2010.6.3

88

「おはようっていうか、平井君どうしたの?」

仲むつまじく登校して来た優奈(ゆな)と篠塚君が同時に声を上げたのは、なぜか彼の机だけが列から大きくはみ出していたから。
そして、隣の席の可憐はというと、ちらっと二人の顔を見てニッコリおはようと微笑んで、すぐにそっぽを向いてしまった。
『ははぁ〜ん、喧嘩するほど仲がいいって言うからねぇ。まっ、あたし達はまだ、そこまでいってないけど』と心の中で思う。

「可憐ちゃんに、半径3m以内に近寄るなって言われてんだよ」
「えっ、何でまた?」

小さな声でこの状況を説明する平井に篠塚君は驚いたというか、半分呆れ顔で問う。
平井にしてみれば、目の前にいる篠塚だって爽やかな王子様を装ってはいるが、腹の中では自分と同じようにエロいことを考えているに違いない。
なのにどうして、差別だろ。

「あ〜ぁ、篠塚なら良くて俺はダメなのか」

ワザとふて腐れたように言うと机に突っ伏してしまった平井。
何があったのか、さっぱりわからない優奈と篠塚君だったが、そんな二人のところへ暢気に「よっ、ご両人!!」と現れた真比呂。
妙に離れた机、突っ伏している平井とそっぽを向いている可憐。

「何かあったの?」

肩をすぼめて両手でジェスチャーして見せる二人。
どうせ、いつものこととさして気に留めていない様子の真比呂だったが、彼氏が同じ学校にいない彼女にとっては、同じクラスで卒業まで過ごせる可憐や優奈が羨ましくて仕方がないと言うのに…。

そんな時に鐘が鳴って急いで席に着くと、ガラガラっと戸が開いて担任の先生が入って来た。

2009.8.26


89

「今度は何が原因なの?」

「どーせ、しょうもないことなんでしょうけど」とお昼休みの時間に可憐と平井のキマヅイ関係を問い詰めつつ、適当に流す真比呂。
ヴァージンでなくなってしまった彼女には、『男なんて、みんなそんなもんだって』という平井の言い分は確かにしょうもないことで済まされるかもしれないが、可憐にとっては大問題なのだ。

「ねぇ、二人とも。仮によ?彼氏がエロ本とか見てたらどう思う?」
「エロ本?!」

二人の声が重なって、周りに響き渡る。
「ちょっとっ、声大きいって」それは自分があいつに言われたのと同じと思ったが、誰だって突然話題にされれば突拍子もない声が出るに決まってる。

「なになに?平井君、可憐って可愛い彼女がいるのにエロ本見てるわけ?」

優奈の『可憐って可愛い彼女がいるのに』というところは大いに間違っていると思ったが、興奮気味の二人には突っ込みなど、今は聞く耳を持たないだろう。

「その前にあたしの質問に答えてよ」

「そりゃあ、嫌でしょ。あんな完璧な体と自分が比べられてる気がして」優奈の目の付け所はそこ?
「まぁね、グラビアと彼女は別物だろうから、軽い気持ちでさらっと流せればいいけど。度が過ぎればね」真比呂は至って大人の見解だ。

「あいつったら、平気で言うんだもん」
「それは、欲求不満とか?」
「はっ?!なんてことを。優奈ったら」

誰が欲求不満なのよ。
失礼ね。
だいたい、言っとくけど、あたしたちはそんな関係じゃないんだから。

「可憐、冷たいから」
「真比呂まで…」
「遠回しに気付いて欲しいのかもしれないし」
「だ・か・ら、あたしたちはそんなんじゃっ」
「だったら、なんでそんなに怒ってるの?例えば、えっとほら、あそこにいるいかにもって鈴木がエロ本読んでるって聞いてどう思う?やっぱり?とか、あいつがねぇとか、変態?くらいには思っても、半径3m以内に近寄るなとまでは言わないんじゃない?」

確かに。
鈴木だったら、ここまでは思わないし、言わないかもしれないけど、だからといってやっぱり嫌な気持ちに変わりない。

2010.2.2


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