夏休みが開けて、まだ休みボケから抜けきらないという時期だったが、6時間目のHRは11月に行く予定の修学旅行委員を決めるというもの。
「今日は、修学旅行委員を決めたいと思う。男女各1名ずつで、誰かやってみたいと思う人はいないかな?」
先生の問い掛けに、クラスのみんながザワザワとし始めた。
こういったものは放課後に残って話し合ったり結構面倒なことが多いから、あまりやりたがる人はいない。
「誰もいないのか?」
「先生、わたしやります」
立候補は誰もいないと思われたが、1人の女子生徒が手を挙げた。
その生徒の名前は、倉島 美紗緒(くらしま みさお)。
クラス、いや学校中でも評判の可愛らしい容姿に明るい性格で、成績はいつも学年5番以内に入るという才女である。
が、当の本人はそんなことをこれっぽっちも思っていないのだが…。
特に部活動も委員もやっていなかったのと、修学旅行と言えば高校生活の中でも一大イベントの1つである。
何か思い出に残ることをやってみたかったというのが、彼女の立候補の理由だった。
「女子は、倉島が立候補か。男子は、どうだ?」
先生はクラスの中をグルっと見回してみたが、みんな俯いてしまってやる気のある生徒など誰もいない。
しかし、一人だけ顔を真っ直ぐに向けている生徒がいた。
「黒崎。お前、たまにはやってみたらどうだ?」
いきなり、先生が彼の名を呼んだのでクラス中が振り返る。
彼の名は、黒崎 喬(くろさき たかし)。
成績は美紗緒と同じくらいよくできるが、無口でとっつきにくい性格に加えて非常に目つきが鋭く、体も大柄なせいか怖いという印象しか与えていない。
一応、学校には毎日来ているがバックに怖いお兄さんがついているとかいないとか、女の子を取っ替え引替えしてるとか…よくない噂は耐えない。
クラスの中でも浮いている存在だったけれど、幼馴染だという隣のクラスの森 直人(もり なおと)とだけは仲がいいようだが、そんな彼が修学旅行委員などというものを引き受けるわけがないと誰もが思っていた…。
「いいですよ」
意外な返事にみんなが彼を見つめたまま固まったのは、言うまでもない。
まぁ、今まで誰も彼に頼んだことはなかったのだから、実際は気軽に引き受けてくれたのかもしれないが、それにしても想像できない展開だ。
「そうか。じゃあ、倉島と黒崎で決まりでいいか?」
本人がいいと言うのだから、誰も文句は言わないけれど、みんなの頭の中に浮かんでいるのは先に立候補した美紗緒のことだった。
喬(たかし)と一緒で大丈夫なのか、取って喰われやしないかと…。
+++
「美紗緒、大丈夫?修学旅行委員が、黒崎くんと一緒で」
「え、どうして?」
美紗緒にはなぜ仲良しの小山内 明菜(おさない あきな)が心配してくるのか、わからなかった。
「だって、あの黒崎くんだよ?可愛い美紗緒が、取って喰われやしないか心配で」
「明菜ったら、大げさだよ。っていうか、黒崎くんはそんなことしないもの」
「そういう美紗緒だからこそ、心配なんじゃない」
益々、明菜の言っている意味が美紗緒には理解できない。
クラスの中でも喬(たかし)の評判が、あまりいいものではないことを美紗緒だって知っている。
だからといって、美紗緒には喬(たかし)が本当に悪い人にはどうしても思えないのだ。
「大丈夫っていうか、黒崎くんは明菜が思ってるような人じゃないよ」
実を言うと、美紗緒は今回の件で喬(たかし)と話ができることを密かに楽しみにしていたのだった。
◇
「喬(たかし)。お前、修学旅行の委員やるんだって?それも、倉島さんと二人で」
どこでそんな情報を嗅ぎつけてきたのか、次の日学食でカツ丼を食べていると唐突に直人が言い出した。
「成り行きで」
「何だよ、そのやる気のない態度は。あの倉島さんと一緒なんだぞ?もっと喜べよ」
何事にもあまり興味を示さない喬(たかし)が修学旅行委員を引き受けたことについてリアクションがあったわけではなく、一緒にやる相手が美紗緒だということの方が直人には重要らしい。
確かに喬(たかし)だって、美紗緒が気にならないわけではない。
あの可愛い容姿に成績優秀ということをまったく鼻にかけることなく誰にでも優しくて一生懸命で、そんな彼女を嫌いな男などこの学校には存在しないだろう。
「別に倉島と一緒だからって、俺には関係ないし」
「お前なぁ、もう少し素直になった方がいいぞ。本当は嬉しいくせに」
「何で俺が、嬉しいんだ」
あまり人に干渉されることを好まない喬(たかし)が、なぜ直人とだけはこうやってつるんでいるかと言うとヤツにだけは隠し事というのが通用しないから。
それに鋭いところがあって、いくら隠しても心の中を読まれてしまう。
親でさえも無表情で、さっぱり何を考えているのかわからないというのに。
「しっかし、お前と倉島さんじゃあ、まさしく美女と野獣だな」
『勝手に言ってろ』と喬(たかし)は心の中で思ったが、直人の言うことはまんざらでもない。
美紗緒同様、これからがちょっぴり楽しみな喬(たかし)だった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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