今日は、第一回目の修学旅行委員会のある日。
授業が終わると明菜にバイバイを言って、一緒に行こうと喬(たかし)を探すも教室には姿がない。
「ねぇ、黒崎くん。知らない?」
―――さっきまで、いたと思ったのに…。
美紗緒は、喬(たかし)の隣の席の男子に声を掛けてみた。
「黒崎?さぁ、カバンはあるからどっかその辺にいるんじゃねぇ」
『どこ行っちゃったのかな。もう、先に行っちゃったのかな』
美紗緒は一人呟きながら廊下を見回してみるが、やはり喬(たかし)の姿は見当たらない。
すると、隣のクラスの直人が美紗緒のところへやって来た。
「倉島さん、もしかして喬(たかし)を探してる?」
「うん。これから修学旅行委員会だから一緒に行こうと思ったのに、どこかに行っちゃったみたいで。森くん知ってるの?」
「あいつD組の女子と歩いてるのを見たけど、あの様子だと告られてんじゃねぇ?」
「え、黒崎くん。告白されてるの?」
どうやら、喬(たかし)はD組の女子に呼び出されたらしい。
喬(たかし)はパッと見、怖い面持ちだが、良く見ればかなり整った顔立ちをしているいわゆるいい男であった。
だから、頻繁に告白されては付き合っているという。
「あいつ、あんな強面のクセに何でかモテるよな。俺なんか、さっぱりなのにさ」
そういう直人は喬(たかし)とは正反対、とても爽やかでカッコいいと美紗緒は思うのだが。
「そうなの?森くん、すごくカッコいいのにモテないなんて」
「そういうこと、真顔で言わないでくれる?俺、単純だからマジに受け取る」
「え~ほんとだよ。森くん、カッコいいもん」
「だったら、倉島さん。俺と付き合ってくれる?」
「え…それは…」
美紗緒は直人のことをカッコいいとは思うが、付き合うとなると話は別だ。
それは嫌いだという意味では全然なくて、単に自分が直人とは釣り合わないと思っているから。
「だろ?俺って、その程度の男なんだよ」
「ちっ、違うよ。森くんにはわたしなんかが相手じゃ、全然釣り合わないもん」
直人はてっきり冗談で言っているものとばかり思っていたが、またまた真顔の美紗緒を見てそれが本心なのだと…。
あまりに無防備な彼女が、逆に心配でならなかった。
◇
「黒崎くん、今は誰とも付き合ってないって。だったら…あたしと付き合ってくれない?」
確かにほんの数日前に付き合っていた彼女と別れたばかりの喬(たかし)だったが、どこでかぎつけたのかこうやって次々と告白してくる女子が後を絶たない。
目の前にいるD組の女子はそこそこ可愛くはあるものの、化粧もきつく髪を明るい色に染めたどう見ても頭が良さそうじゃないタイプ。
『はっきり言って、ウザいっつうの』
今まで『好き』という感情を持ったことがない喬(たかし)にとって、付き合うことは欲望の捌け口でしかなかった。
もちろん、付き合う時の条件としてそれは前もって喬(たかし)の口から相手に伝えていたはずなのにあれやこれやと彼女面してこようとする。
そして、別れを切り出せば、女の武器とでも言わんばかりに涙ですがりついて来て。
「悪いけど、当分誰とも付き合うつもりはない」
「え?だって、黒崎くんは断らないって」
喬(たかし)から返ってきた意外な言葉に、彼女は動揺を隠せない様子。
それもそのはず、喬(たかし)がフリーの時に告白して付き合わなかった相手など今の今までいなかったのだから。
それが断られたとなれば、彼女のプライドが許さないだろう。
「それは以前の話だ。もう、女は飽きた。これから、修学旅行委員会とやらに出なきゃならない身なんでね」
そう言って、立ち去ろうとする喬(たかし)にどうしても納得のいかない彼女は尚も食い下がってくる。
「ちょっと待ってよ!話が違うじゃないっ」
『いい加減にしてくれ。俺だって、そうそう誰とでも付き合ってらんねぇんだよ』
喬(たかし)の腕を掴んで離れようとしない彼女を思いっきり振り払うと、彼女は弾みで床に倒れこんでしまった。
さすがに男としてそこまではやり過ぎたと思ったが、次の瞬間…。
バシッ!!
「痛ってぇなぁ。何すんだっ」
「黒崎くんのバカッバカッ!!女の子を突き飛ばすなんてっ、最低!!」
「あ?倉島」
あの可愛らしい美紗緒が今は般若に見えるのは、気のせい?!
仁王立ちの格好で相当興奮しているのか、ゼーゼーいってるし。
それよりも、一体どこにあんな力がと喬(たかし)にとっては驚きの方が大きかったかもしれない。
「あ?じゃないでしょ。黒崎くんがそんな人だって、思わなかった。もう、絶対口きかないんだからっ」
「大丈夫?痛いところはない?」と、床に座り込んでしまっていた彼女に美紗緒は優しく声を掛ける。
幸いどこかを打ったりなどということはなかったが、それよりも喬(たかし)に断られたことが余程ショックだったのだろう。
彼女は思わず泣き出してしまい、喬(たかし)の立場は益々悪い方へ。
『俺だって、痛いんですけど…』
美紗緒にひっぱたかれて左頬を押さえる喬(たかし)だったが、野郎と喧嘩をしたってここまで痛い目に遭ったことはなかったのでは…。
あの可愛らしい美紗緒にひっぱたかれた男など前代未聞、それも喬(たかし)がとなれば学校中のいい笑いものだ。
特に直人に何と言われるか…。
「いやぁ、いいものを見せてもらったわ」
オー・マイ・ゴッド…。
あろうことか、その一部始終を直人がしっかり見ていたなんて。
別に告白の場面を見学しに来たわけではなかったが、委員会に遅れてしまうという美紗緒を連れて直人は喬(たかし)を探しにここへ。
すると、何だか怪しい雲行きに。
『こりゃぁ、マズイ』そう思った瞬間には直人もびっくり、美紗緒がすごい勢いで喬(たかし)の元へすっ飛んで行くとバシッと一発。
そりゃぁもう、気持ちいいくらいにいい音が響いていたわけで。
「何で、お前がここにいるんだよ」
「倉島さんが困ってたからさ。喬(たかし)がいないって」
ふて腐れたように言う喬(たかし)に対して、直人は憎たらしいくらいの爽やかな表情をしている。
益々もって、おもしろくない。
美紗緒には、『もう、絶対口きかないんだからっ』と宣言されてしまったし…。
…まさか、本気じゃないよな。
せっかく、修学旅行委員になったのに。
「森くん、わたし委員会に行かなきゃならないから彼女のこと、お願いしてもいい?」
「あぁ、わかった。任せて」
「ごめんね。喬(たかし)のせいで」なんて言いながら、直人は彼女を立たせると教室に戻って行く。
彼らを見送りながら、残された美紗緒と喬(たかし)。
「倉島、あの…」
「・・・・・・」
『無視かよ』
楽しみにしていた美紗緒との卒業旅行委員が…。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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