美女と野獣
3


「倉島。オイっ、待てって」

第一回目の修学旅行委員会は無事に終わったが、辺りはすっかり日も暮れて真っ暗に。
『絶対口きかないんだからっ』と宣言されたものの、可愛らしい彼女を一人で帰すわけにもいかず、喬(たかし)は先に行ってしまった美紗緒の後を慌てて追い掛ける。
…こんな姿は、普段の俺じゃないんだけどな。
女子の後を追い掛ける喬(たかし)の姿など、誰が想像しただろう?
幸い、今度こそ直人に見られていなくて良かった…。

「オイっ、倉島。待てって言ってるだろっ」

逆切れするつもりはなかったが、こうも無視されると段々怒りたくもなってくる。
確かに女子に対してあの行動は良くなかったと思う、思うけどどうにもならなかったんだから仕方ないだろう。

「わたしがさっき言ったこと、黒崎くんは聞いてなかったの?」

やっと立ち止まると振り返り、正面を向いて話をする美紗緒。
その顔はやっぱり、喬(たかし)を許せないという感じだったが、彼の頬にほんのり残る美紗緒がひっぱたいた手の痕を見ると、カッとなって手が出てしまったことへの反省の気持ちでいっぱいになる。

「聞いてたよ。お前、思ったより声デカイから」

「それに力も強いしな」と苦笑する喬(たかし)。
それを言われると美紗緒も言葉を返せなくなってしまうが、だからといって喬(たかし)と口をきくことにはならない。
どんな理由があったにしても、女の子を突き飛ばすなんて…。

「だったら、もうわたしに話し掛けないで」
「わかったけど、暗いし危ないからちゃんと途中まで送って行く。それも、ダメなのか?」

実を言うと、暗くて怖いから美紗緒は早足で学校を飛び出したのだった。
あんなふうに喬(たかし)に言ってしまったし、まさか後ろから追って来るとは思わなかったから。

「どうして?」
「ん?」
「どうして、黒崎くんはわたしにあんなふうに言われても送って行くなんて言うの?」

ひっぱたかれた上に口もきかないと宣言されたというのに途中まで送っていくなんて、放っておけばいいのに…。

「それとこれは別だろ」

「ほら、遅いから帰ろう」とゆっくり歩き出した喬(たかし)の横を美紗緒は並んで歩く。
会話もなかったけど、隣にいてくれるだけで安心だった。
―――こんな優しい人なのに、どうして彼女にはあんなことをしたのかな。
森くんはあの時、告白されてるって言ってたけど、黒崎くんは彼女のこと…。
なぜか、そのことが引っ掛かった美紗緒だった。

+++

「ねぇ、美紗緒。黒崎くんのことひっぱたいたって、ほんと?」
「え…」

次の日の朝、登校した美紗緒の顔を見るや否や明菜がすっ飛んで来たが、あの出来事は下校時間だったはずで目撃者は森くんしかいなかったはずなのにどうして…。

「取って喰われるかとハラハラしてたけど、逆だったとはねぇ」

どう見ても、明菜は面白がっているとしか思えない。
それはそうだろう、あの喬(たかし)を美紗緒がひっぱたいたとなれば誰だってそう思うに決まってる。

「もう、やめてよぉ。あれは、黒崎くんが女の子を突き飛ばしたりするから」
「それに『絶対口きかないんだからっ』って、言ったんだって?」
「何で、明菜がそこまで知ってるの?」
「ん?森くん」

あぁ、やっぱり…。
だけど、どうして美紗緒のことばかり。
二人がああいうことになった経緯はわからなかったが、美紗緒がひっぱたいたことや口をきかないと言ったのも元はと言えば、それは喬(たかし)が彼女を突き飛ばしたりしたからであって…。

「んっもう、森くんったらぁ。おしゃべりなんだからっ」

明菜が知っていると言うことは、既にクラス中、いや学年、学校中までその話は伝わっていっているかもしれない。
―――先生にまで知られちゃったら、どうするのよ…。

「でもさぁ。黒崎くんって、告られたら絶対断らない人だったはずなのに何で今回は断ったんだろう。D組の子も、わりと可愛い子だったのにね」

今までどんな子に告られても絶対に断らなかった喬(たかし)が、なぜ今回に限って断ったのだろうか。
そこが、妙に明菜には気になって仕方がなかった。
付き合うことに飽きたのか、それとも本命が現れたのか…。

それどころではなかった美紗緒は明菜の話など聞いている場合ではなく、みんなの視線が気になって仕方がなかった。



「倉島、黒崎いるか?」

休み時間に担任の先生がやって来て、教室の入口で美紗緒と喬(たかし)の名前を呼ぶ。
「はい」と返事をして美紗緒はすぐに先生のところへ行ったが、喬(たかし)はどこへ行っているのか、来る気配がない。

「あれ?黒崎はいないのか」
「さっきまでは、いたと思うんですけど」

美紗緒がそう言うと、「大きな図体して、どこ行ってんだ」と先生は呆れ顔。
確かに大きな体のわりに気付くと姿がないことが多いかもしれない。

「じゃあ、黒崎には後で伝えておいてくれないか。今日の修学旅行委員会は、明日に延期になったから」
「はい、わかりました。伝えておきます」

「頼むな」と言って、先生は職員室へ戻って行った。

―――あぁ、あの日から全然口をきいてないのよね。
っていうか、きかないと宣言したのはわたしの方なんだから、困ったなぁ…。
修学旅行委員などというものに二人でなってしまったことが、かえって面倒だったかもしれない。
森くんはクラスが違うからいちいち伝言できないし、これから先も一緒に行動しなければならないというのに…。

「あっ、明菜。お願いがあるんだけど」

ここは、明菜にお願いするのが一番だろう。

「何?お願いって」
「あのね。今日の修学旅行委員会は明日に延期になったからって、黒崎くんに言ってくれない?」

…なぁんだ、そんなこと。
明菜は思ったが、美紗緒にしてみれば自分から言い出したことだから、引っ込みがつかないのだろう。
気持ちもわからないでもないが、黒崎くんだって悪気があってやったことではないと森くんからは聞いていたし、そろそろ許してあげても。

「そういうことは人に頼まず、自分の口から言いなさい」
「えぇぇ〜いいじゃない。お願〜い」
「だ〜め」

即答されて、「ケチぃ」と顔をしかめる美紗緒を可愛いと思ってしまう明菜。
せっかく学校生活最大のイベントを締めくくるために二人で委員になったのだから、こんなことでぎくしゃくしていても始まらない。

「ほら、戻って来たわよ。黒崎く〜ん、こっちこっちぃ」

―――やだぁ、明菜ったら呼ばなくても…。
大きな声で呼ばれた喬(たかし)は二人の元へとやって来たが、「美紗緒、もう許してあげなさいよ」と明菜は美紗緒の耳元で囁くように言うと気を利かせて席を外してしまった。

「あれ?小山内(おさない)は俺を呼んでおきながら、どっかに行っちまったのかよ」

残された美紗緒はバッチリ喬(たかし)と目が合って、何と答えていいかわからなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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