美女と野獣
4


「あの…あのね」

―――あぁ〜ん、明菜ったらぁ…伝言で済まそうと思ったのにぃ。
喬(たかし)の目の前でモジモジしている美紗緒に、用事があったのは明菜ではなかったのだとすぐに理解する。
『まだ、怒ってるのかよ…』と思ったら、少し悲しくなったが、喬(たかし)は至って普通に話し掛けた。

「どうした?」
「あの…。今日の修学旅行委員会は明日に延期になったからって、先生がさっき言いに来たの」

…何だ、そういうことか。
それ以外に何があるのかという感じだが、せっかくの委員会が明日に延期になったことは残念。

「そうか、わかった。明日だな」

「うん」と美紗緒が頷くと、喬(たかし)はそのまま自分の席に戻ろうとしたが、ふと思い出したように足を止めて振り返る。

「だったらさ、今日一緒に帰ろうぜ」
「えっ?」

驚いて目をまんまるに見開いている美紗緒を見れば思いっきり困惑していることぐらいすぐにわかったが、喬(たかし)だって何でこんな言葉が口から出て来たのか自分でも全然わからない。
明日だって修学旅行委員会があるのだし、今ここで言ってしまうより、よっぽど確率は高いはず。
ただ、このままは何となく嫌だったから、それだけ。

「無理にとは言わない。ごめんな」
「あっ、待って」

もう一度、今度こそ席に戻ろうとした喬(たかし)を美紗緒が呼び止めた。

「あ?」
「うん。帰ろう、一緒に」

…マジか?
その表情は思いのほかにこやかで、喬(たかし)の方が面食らってしまうくらいだった。
それは、今ここで断ったら、喧嘩したままズルズルといってしまいそうな気がして…美紗緒だって、そんなことはこれっぽっちも望んでいない。
できれば、これを機会にもっと話もしたいし、仲良くなりたいと思う。

「いいのか?」
「自分から誘っておいて」
「まぁ…。じゃあ、後でな」

平静を装って歩き出す喬(たかし)だったが、『何なんだ、この飛び上りたいような思いっきり大声を出したいようなウキウキとした気持ちは』。
感じたことのない思いをどう受け止めていいのか、たかが一緒に帰るくらいでガキじゃあるまいし…。
それでも、嬉しいものは嬉しいということなんだろう。

「いい雰囲気じゃない」
「明菜…」

「このこのぉ」と、明菜が肘で美紗緒を突いてくる。
肝心な時は姿を隠したと思ったら、どうでもいいところにはしっかり現われて、人の話を聞いているなんて…。
―――まったく、神出鬼没なんだからぁ。

「そっかぁ、そういうことだったんだ」
「何よぉ、一人でゴチたりしてぇ」

明菜ったら、変な笑みまで浮かべたりして一体、どうしたっていうのよ。

「ん?黒崎くんのこと」
「黒崎くんが、どうかした?」
「ううん、何でもな〜い」
「何でもなくないでしょ、教えてよぉ。明菜ったらぁ」

「ほら、授業始まっちゃうでしょ」と言い逃げするように自分の席に座る明菜と同時に先生が入って来て、結局意味がわからないままの美紗緒。
授業中も気になって仕方がなかった。



「帰るか」
「うん」

みんなのいる前で堂々と並んで帰る勇気はなくて、美紗緒はワザと友達とどうでもいい立ち話をしたりなんかして時間を稼ぐ。
喬(たかし)の方も直人が誘いに来たりと、ことのいきさつを話すのに少々手間取った。
部活動に行く者、塾や習い事に行く者、友達と寄り道をして帰る者、それぞれだったが、既にその姿はなく、二人は誰もいない廊下を抜ける。

「あっ」

すると、バッタリ靴箱の前で、喬(たかし)がフったD組の女子と出くわしてしまう。
一瞬、気まずい空気が流れ、3人はその場で立ち尽くした。
―――ヤダっ、こんなところで会うなんて…。
だいいち、わたしと黒崎くんが一緒にいること自体、疑われちゃうじゃないねぇ。
彼女の前でひっぱたいたクセに、こうして並んで一緒に帰っていたら、何て思うだろうか…。
かといって、ここで言い訳じみた事を言う方が返って彼女に嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
それでも何かを言わなければいけないような気がして言葉を一生懸命選んでいると、先に発したのは彼女の方で、それも予想外の一言が…。

「良かった。あたしのことで二人ずっと口もきかないって聞いてたから、気になってたのよ」

意外に本人はケロッとしたもので、そりゃぁ、喬(たかし)にフラれたことはショックでなかったといったら嘘になるが、そこまで本気じゃなかったということ。
どうせあの時、喬(たかし)OKをもらったとしても長くは続かないと思っていたし、逆にそれを見ていて真剣に怒ってくれた美紗緒の後のことが気になっていたから。

「黒崎くんは、悪くないの。あたしが未練たらしく腕を掴んだりしたから、弾みであんなふうになっちゃったのよ。よく考えたら誰とでも付き合う人となんて、あたしも御免かなって」

靴を履き替えながら彼女は淡々と話してくれたが、外見は化粧もきつく髪を明るい色に染めた派手なタイプではあるが、実際はものすごくしっかりしていて相手の気持ちもわかるとてもいい子。
人は見かけによらないというが、彼女はまさにその言葉通り。

「修学旅行委員、頑張ってね」

そう言って、走って行ってしまった彼女の後姿を見送りながら、喬(たかし)は自分の今までしてきたことへの後悔の念にかられていた。
例え本気で付き合う意思のないことを伝えていたとはいえ、安易な考えで受け入れてしまっていたこと。
きっと、知らないところで人を傷つけていた。
喬(たかし)は、隣に立っている美紗緒に視線を向ける。
口をきいてもらえないだけでもこんな気持ちになるのだから、表面上でも付き合っていればもっと辛いに違いないのに…。

「帰ろっか」
「あぁ」

二人も靴を履き替えて校舎を後にする。
校庭では陸上部やサッカー部の練習風景が、それはいつもと変わらないはずなのに何かが違う。

「あのさ」
「ん?」
「許してくれないかな。明日、彼女にはもう一回きちんと謝るからさ」

「せっかく、修学旅行委員になったのに倉島に口をきいてもらえないのは嫌だから」と話す喬(たかし)に、美紗緒だってそれは同じ気持ちだった。

「わたしこそ、ごめんね。痛かったでしょ?」
「あ?そりゃぁ、もう」

ワザとほっぺたを押さえて痛がってみせる喬(たかし)の背中を美紗緒が叩こうとすると、ひょいっとそれをかわす。
そう、いつもいつも叩かれていてはかなわないから。

「黒崎くんったらぁ」
「そうだ!駅前でアイス食って帰ろうぜ、俺の奢り」
「えっ、ほんと?」

急に美紗緒の目の色が変わって、ゲンキンだなぁと喬(たかし)は思いつつ、こういう素直な反応がマジで可愛いと思う。

「どっちが早いか競争だ。倉島が俺に勝ったら、トリプルで奢ってやるよ」

言うが早いか、先に走って行ってしまう喬(たかし)の後を「えっ、ちょっと待ってよ黒崎く〜ん。ずるい〜」と追い掛ける美紗緒は、すっかり青春している高校生だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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