タイム・リミットは聖夜
1


「何、見てるんだ?」

昼休みに笹雪 紫苑(ささゆき しおん)が流行のファッション誌を見ていると、食事を終えて戻って来た志賀 晴臣(しが はるおみ)がそれを覗き込んだ。
表題には、『彼と過ごすクリスマス・イヴ・イヴ』と書いてある。
どうやら、1ヵ月先に控えたクリスマス・イヴ・イヴの特集らしい。

「クリスマス・イヴの特集だって」

この時期になるとファッション誌の特集は、お決まりの一大イベントで持ちきりだった。
なのに、なぜか溜め息混じりに答える紫苑に志賀は首を傾げる。
確か紫苑には彼氏がいたはずなのに、この浮かない顔はどうしたというのだろう。

「彼氏とそういう予定は、立てていないのか?」
「彼氏なんて、いないもん」
「え…」

志賀は一瞬聞き間違いではないかと自分の耳を疑ったが、紫苑の顔を見ればそれが本当のことだとわかる。
つい1ヵ月ほど前に紫苑は彼と別れたばかりだった。
付き合い始めたのがホワイトデーも終わった頃だったから、恋人達のイベントを何一つ味わえないまま、シングルと化してしまったわけだ。

「もう、あたしのことなんてどうでもいいでしょっ。それより、志賀は彼女のためにちゃんと考えてるの?こういうのは、早めに準備しておかないとダメなんだからね」

紫苑はてっきり彼女がいるものという前提で話しているのだろうが、実際、志賀には彼女はいない。

「別に俺には関係ないな。彼女いないし」
「へ?」

志賀の意外な返事に紫苑は、気の抜けた返事を返してしまった。
彼女がいるものとばかり思っていた志賀に彼女がいないとは…。

「何だよ。その変な声は」
「だって…志賀。彼女、本当にいないの?」
「悪かったな、いなくて」

ふて腐れたように言う志賀が、なんだか可愛く見えたりもする。
目の前にいる彼は、長身で細身だが意外にがっしりとした体をしている結構、いやかなり目を引く男なのだ。
整った顔立ちに甘いマスク、誰もが見惚れてしまうようないい男だったけれど、なぜか紫苑は男女を越えた友達として彼と接していた。
それは同期だということもあったが、外見からは似ても似つかない紫苑のさっぱりとした性格にあったのかもしれない。
彼女はパッと見とても可憐で可愛らしくて、合コンなどに参加しようものなら真っ先に声を掛けられる。
会社でも入社したばかりの時は、他所の部署から見に来られるほど注目を浴びた。
が、一度口をきくとすっかり騙されたことに気付かされる。
別に騙した覚えなど、本人にはまったくもってないのだが…。

「そっか志賀、彼女いないんだ。でも、そんなこと周りのみんなが知ったら大変ね。まぁ、志賀ならすぐに彼女ができるでしょ。だったら、尚更こういうのに目を通しておいた方がいいわよ」

雑誌を閉じると、紫苑はそれを志賀の前に差し出した。

「俺はいいよ。別にクリスマス・イヴだろうが正月だろうが、そんなイベントごとのために彼女を作ろうとは思わないし」

今時、珍しく真面目な志賀は寂しいからとか、みんなが彼女持ちなのに自分だけとか、そういう考えを全く持っていなかった。
だから、クリスマス・イヴ前といっても焦って彼女を作るなんてことをする気さえも起きなかったのである。

「へぇ、志賀って意外に紳士なんだ」
「意外は、余計だろ」

紫苑が手に持ったまま、宙に浮いた状態の雑誌を取ると軽く彼女の頭をどつく。
それをワザと大袈裟に痛がって見せる紫苑に、志賀は思わず笑みをこぼす。
ほとんどの女性が志賀の前では甘ったるい声を出したり、媚を売ったり、もういい加減にしろっと叫びたくなるような態度をとってくる。
なのに、紫苑だけは全く違ったのだ。
初めからそんな素振りはなく、相手を選ばず誰にでも可愛らしい笑顔に似合わない辛口の口調で返す。
それが、妙に新鮮だった。
紫苑と話しているとつい引き込まれている自分がいて、昔からの親友と接しているような錯覚に陥る。
とても心地よかった。

「あのさ、笹雪は彼氏とどんなクリスマス・イヴを過ごしたいって思うんだ?」

不意の質問に顎に手を当てて考え込む紫苑。
今年こそは彼氏と過ごせると思っていたが、じゃあ実際にどういうクリスマス・イヴを過ごしたいのかと聞かれると即答できなかった。
雑誌を見ても、これというものは見当たらない。
今更、夜景の見える豪華ホテルに泊まったりするのもどうかと思うし、着飾って流行のレストランに行く気にもなれない。
というか、わざわざ特別なことをしたいというより、お金を掛けなくても部屋で自分の作った手料理を囲んで暖かなゆったりとした二人の時間を過ごしたかった。

「うん、なんか特別こうしたいってのはないんだけど、部屋に飾り付けしてキャンドルなんか灯してね。それで、あたしの作った料理とケーキを囲んで、二人っきりで過ごしたいかな」
「お前、料理作れるのか?」
「失礼ね。こう見えても、料理は得意中の得意なんだから。あたしを彼女にした人は、幸せなんだからね」

腰に手を当てて自信満々に言う紫苑だったが、実際本当に料理は得意だった。
母親が専業主婦だったこともあって、よく一緒に夕飯の支度を手伝っていたから、自然とそれが身に付いていたのだ。
大学で一人暮らしを始めたことでより磨きがかかり、今ではかなりの腕前になっている。

「で、その得意中の得意だっていう料理にありつけた男は、何人いたんだ?」
「うぅぅ…」

―――どうしてこの男は、こう鋭いところをついてくるかなぁ。
イベントごとにはとことん縁のない紫苑は、まだ一度もクリスマス・イヴに腕を振るったことはない。

「聞かない方が、よかったみたいだな」
「いいじゃないっ、そんなことっ。あと1ヶ月のうちに絶対、彼氏を見つけてやるんだから」
「じゃあ、もしクリスマス・イヴまでに彼氏がみつからなかったら俺が笹雪の理想のクリスマス・イヴの相手をしてやるよ。まっどうせ、あと1ヶ月じゃ彼氏も見つからないだろうけどさ」

―――ちょっと見つからないだろうけどって、どういうことよ。
それより、志賀が相手って…。

「いいわよ。志賀のお世話になんて、なりませんからっ」
「まぁ、そう言うなって。お前だって、本当は寂しいクリスマス・イヴを過ごしたくないんだろう?」
「うっ…」

どうしてこう、この男は痛いところをついてくるのだろうか…。
そりゃあ一人のクリスマス・イヴより、例えムカつく同期の志賀であっても、マシと言えばマシなのだが…。

「ってことで、決まりな」
「決まりって、勝手に決めないでよ。それにまだ一人って、決まったわけじゃないんだからっ」
「はいはい。せいぜい、頑張るんだな。だけど、焦って変な男に引っ掛かるなよ」

―――焦ってってねぇ…。
なぜか、これから1ヵ月の間に彼氏を見つけなければ、志賀とクリスマス・イヴを一緒に過ごすということになってしまったが、果たしてそんな短期間で彼氏など本当に見つけることができるのだろうか…。
だからと言って、志賀にお情けのように付き合ってもらうのも癪に障る。
絶対に彼氏を作って、志賀を見返してやるんだと意気込む紫苑だった。


お名前提供:笹雪 紫苑(Shion Sasayuki)&志賀 晴臣(Haruomi Shiga)… 蒼生 さま


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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