「彼氏は、できたのか?」
顔を合わせる度に志賀が、意地悪く紫苑に聞いてくる。
あれから半月近く経っているから、そろそろ彼氏ができていなければ、クリスマス・イヴを共に過ごすのは、かなり厳しい状況だ。
「それは、まだだって顔だな」
答えに詰まっている紫苑の顔を見て、彼氏はまだできていないと聞かなくてもわかる。
内心、ホッと胸を撫で下ろす志賀だったが、彼女はそういうわけにはいかないらしい。
「まだ、あと半月あるもん。絶対、素敵な彼氏を見つけるんだから」
「あはは。でも、そんなに無理することないんじゃないのか?だいたいなぁ、こんな時期に寄って来る男なんて、体目当てに決まってんだろ。わざわざ苦労しなくても、紳士な俺がもれなく付いてくるわけだしな」
―――体目当てって…。
志賀の言う通り、こんなふうに彼氏を作ろうとしたのでは、いい相手が見つかるはずがない。
それに意地を張らなくても志賀と過ごせることを思えば、何もしない方がいい気もするし…。
しかし、売り言葉に買い言葉、紫苑は素直に志賀とクリスマス・イヴを過ごすことを認めることができないのだ。
「体目当てってねぇ。心配しなくても大丈夫、あたしはそんな軽い女じゃないもん。それに、いざとなったら最後は安全な志賀がいるし」
ワザと嫌味っぽい言い方をしているが、本当は誰でもない志賀と一緒に過ごしたいと心の中で思っている自分がいたりして…。
「そうだぞ。その辺のわけのわからないヤツより、俺の方がよっぽどいい男なんだからな。そんな男がお前と一緒にクリスマス・イヴを過ごしてやろうって言ってるんだから、そこんとこ忘れないでくれよ」
「何それ、誰も一緒に過ごして欲しいなんて言ってないし、いい男って自分で言わないでくれる?」
紫苑も志賀が、いい男だということはわかっている。
―――だけど、それを自分から言うのって、どうなのよ。
自意識過剰も、いいところ。
それより、志賀は何で紫苑とクリスマス・イヴを一緒に過ごそうなどと言うのかが、わからない。
イベントごとにそれほど執着がないのは聞いているが、だからといって無理に紫苑と過ごす必要もないのだ。
単なる情けなのか、それとも…。
「まっ、早いとこ、カッコいい彼氏を見つけることだな」
そう言い残して、志賀は行ってしまった。
その後姿を見送りながら、紫苑は半ばクリスマス・イヴなんて、どうでもいい気持ちになっていた。
+++
とはいっても、ただ黙ってイヴの日を待つつもりはない。
紫苑は合コン大好きの友達に頼んで何とかメンバーに入れてもらったが、時期的なものがあるのか、メスに群がる欲望をギラギラさせたオス達のようで、はっきり言って素敵な彼氏を見つけるという雰囲気じゃない。
そういう、紫苑も人のことは言っていられないのだが…。
「笹雪さんは、あんまり楽しそうじゃないみたいだね」
「可愛いから、みんな君のことを狙ってるのに」と紫苑の胸の内を察してか、静かに声を掛けてきたのは三行 蒼鷹(みつゆき そうよう)さんという、男性陣の中では一番真面目そうで、イベントのために彼女を探しに来たというよりはメンツを揃えるために無理矢理来させられたという感じだろうか。
選んだ店が個室だったこともあって、みんなそれぞれにお目当ての人のところへ座席移動している。
あまりに反応が悪いせいか、気が付けば一人取り残された紫苑の隣にいたのが彼だった。
「そんなことも、ないんですけど」
「もうすぐクリスマスだから、あいつらも焦ってるんだ」
「そう言いながら、僕も笹雪さんに抜け駆けしてるんだけど」と言う辺り、彼は正直な人なのかもしれない。
年齢は紫苑より2歳年上だったが、落ち着いていて外見的にもそう悪くない。
ただ、こういう場ではノリが良くて、おもしろい人の方がモテるのは確か、三行さんのようなタイプは陰に隠れてもったいないと紫苑は思う。
「三行さんは、焦ってないんですか?もしかして、彼女さんがいるとか」
ワイングラスに手を掛けた紫苑。
彼には既に彼女がいて、だから、落ち着いているのかも。
「いるように見える?いたら、この場には来ていないだろうな。だから、焦ってないって言ったら嘘になるよ」
―――えっ、やっぱりいないんだ。
もし、あたしがここでクリスマスを過ごして欲しいと言ったら…。
彼は、何て答えるだろう。
だけど、志賀との間のあんなやり取りを知ったら、きっと彼のことだから、そんなことで自分とって、絶対怒るに決まってる。
だって、彼女がいたら合コンにも出ないような人だもの。
「クリスマスなんてイベントごときに縛られて、一人が寂しいからその時だけっていうのもね。僕は付き合うんだったら、ちゃんと相手のことを好きになりたいし」
スタウトをスマートに飲む彼の言うことは尤(もっと)も過ぎて、紫苑は返す言葉もない。
ふと、周りに目を向けると、それでも彼氏彼女が欲しい男女は一生懸命に自己アピールをし合っている。
それを悪いとは思わないけれど…。
「それ、私のことですね」
「え?」
「クリスマスまでに彼氏を作るんだって、この場にいるんですから」
「笹雪さんが?全然、そんなふうに見えなかったけど」
三行さんには、紫苑の言ったことが信じられないという様子。
この場で浮いている彼女を見て、彼も自分と同様なのだと思ったのだろう。
違うとすれば、仮にクリスマスまでに彼氏ができなかったとしても、紫苑には代わりに過ごす相手がいるということだけ。
「代役は、決まってるんですが…」
「代役?」
首を傾げている三行さん。
今となってみれば、なんて子供っぽい約束をしてしまったのだろうと思うが、元はといえば、志賀にあんなことを言われなければ、こんな合コンにも参加する必要なんてなかった。
「約束しちゃったんです。イヴまでに素敵な彼氏を見つけるって」
「代役っていうのは?」
「素敵な彼氏が見つからなかったら、イヴを過ごす相手です」
「だからか」
「・・・・・」
一人ゴチている三行さんだったが、今度は紫苑が首を傾げている。
「いや、てっきり君には彼氏がいるか、合コンが好きじゃないのかなって思ったんだけど、代役の彼と一緒に過ごしたいんだね」
「はぁ?合コンは嫌いですけど、そんなことあるわけ」
『なくない…』
図星だから、否定できないところがもどかしい…。
「会ったばかりだけど、君の性格上引っ込みがつかなくなったんだね」
―――どうして、そこまでわかっちゃうの?
ワイングラスをクルクルと回している紫苑だったが、わかりやすいタイプだと自分では思っていないのに彼には全部お見通しというやつなんだろう。
「どうしたら、いいですか?」
「その彼は、本当に代役を望んでいるのかな?君とクリスマスを過ごしたいんじゃ。いや、それ以上の想いがあるのかもしれないよ」
「彼も君に似て本心を言い出せなかったんだな、多分」と三行さんに冷静に分析されると、そんな気にもなってくるが…。
「彼のことは、そういう相手には思えない?」
「そんなこと…私、こんなだし、同期だから女扱いされてないと思います」
「なら、代役でも誘ったりなんてしないんじゃないかな?」
「そうでしょうか…私のこと、哀れんだだけです」
―――かわいそうに思って、理想のクリスマスに付き合ってくれるだけ。
「僕が、君の彼氏に立候補したら」
「え…」
―――三行さんが?彼氏に…。
さっきは咄嗟にそう思ったけれど、いざ現実のこととなると心境は複雑だ。
でも、彼なら紫苑のことをわかってくれるだろうし、相手としては申し分ないはず。
なのに…。
「困らせてるね」
「三行さん」
「いいんだ。君が、うんと言わないのはわかってたよ」
「そういうところが、君の魅力だ」と三行さんはスタウトを飲み干す。
彼女は、誰でもいいというわけじゃない。
迷っているだけなんだと三行は思う。
「ごめんなさい」
「謝ることなんてないさ。もう、わかったんじゃないのかな?自分の気持ちが」
「負けてもいいんだよ。大切な人を失うより」と微笑む彼に胸がジンっと熱くなった。
お名前提供:三行 蒼鷹(Souyou Mistuyuki)… 蒼生 さま
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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