「もしかして、それって…付き合い始めたばっかりなのにもう手編み?」
「もう、そういう関係?いいなぁ、羨ましい」とお昼もそこそこで、編物に集中していた紫苑の手の中を覗き込むようにして同僚で仲良しの聖美(さとみ)が羨望の眼差しで見つめている。
確かに素敵なことには変わりないし、ここまでくればゾッコンなのだろう。
しかし、彼というのは間違いだ。
あの噂について敢えて否定しなかった紫苑は、手編みのセーターからしても合コンで知り合った彼とらぶらぶなクリスマスを過ごすことになっている。
―――本当は、彼氏なんていないのにね。
過ごすはずだった男のために一生懸命、袖を通すこともないセーターを編んでいるなんて…。
考えれば考えるはど、おかしな話だが、これも一種のリハーサルだと思えば。
とは、いかないかな。
「彼氏なら、いいんだけどねぇ…」
「えっ、彼氏のじゃないの?てっきり、そうなんだと思った」
どう見ても男性物だし、だったら誰のために編んでいるのか?興味津々の聖美に本当のことを話したら、どういう反応をするだろう。
とうとう、頭がおかしくなったと思うかもしれない。
「彼氏なんて、初めっからいないもん」
「は?だって、合コンでいい雰囲気だったって聞いたけど」
「すっごくいい人だったけど、彼氏っていうよりは相談に乗ってもらうって感じ?」
初対面だからこそ、話せることもある。
決して聖美を信頼していないというわけではなく、自分でもこんなふうになるとは思ってもみなかったのだから。
「ねぇ、聞いてもいい?じゃあ、そのセーターは誰のなの?」
「これ?」
紫苑が編みかけのセーターを視線で示すと、聖美が黙って頷いた。
誰だって、これを着る相手を知りたいと思うのは当然だろうし、ましてやこの状況では尚更だろう。
「本当にクリスマスを一緒に過ごしたいって思う相手のため?」
「誰よ、それ。あたしの知ってる人?」
「さぁ」
すぐそこに居て、会社で毎日のように顔を合わせているのだから知ってるも何もない。
―――それをここで言ったら驚くだろうな。
その時の彼女の驚きが、目に浮かぶようだ。
「何よぉ、意味深な言い方して。でも、彼氏はいないってことは、それを渡して告白とかしちゃうわけ?」
「そんなこと、しないわよ」
「はぁ?なら、何のためにそんな一生懸命、編んでるのよ」
告白もせずに編んでいるなんて、そういうものは想いがこもっているだけにただプレゼントされても普通は受け取らないのではないだろうか?
「練習?」
「はぁ?!」
「意味わかんない」と呆れ顔の聖美に自分だって同じだと言葉をぶつけても、彼女には理解できないに違いない。
ここまでくると意地なのか、最後までやるという達成感を味わいたいだけなのか、というより、自身にケジメをつけたかっただけなのかもしれない。
+++
―――とうとう、クリスマス・イヴかぁ。
セーターも昨日遅くにやっと編み上がって、だからといってプレゼントする相手はいないのに…。
いっそ、聖美じゃないが、告白した方がまだマシだったのではないか?
そう思ったって、この期に及んで時既に遅い。
電気を消してツリーのライトとキャンドルを灯した部屋は幻想的で、何とも言えない光景に虚しさもどこかに飛んでいってしまったようだ。
手作りのブッシュ・ド・ノエルにローストチキン。
我ながら、なんて美味しそうに出来上がったのだろう。
来年はきっと、向かいに素敵な彼氏が座っていることを願って乾杯。
シャンパングラスにゴールドの粒がキラキラと色が輝いて、とっても綺麗だ。
「メリー・クリスマス」
紫苑は一人呟くようにカチンとグラスを合わせると肩肘の上に頭をもたげて、目の前でそれをかざしながらジっと眺めていた。
―――志賀、今頃なにしてるのかな。
まだ、会社で仕事してる?
それとも、シングル同士で飲んでる?
部屋で一杯やってるかしら。
想いを振り払うようにグラスを一気に空けた。
ウジウジ考えたってしょうがないのに、それでもどうしようもない。
飲んで忘れられれば、どんなにいいだろう。
泡のように消えてなくなれば…。
キャンドルの灯も消え、いつの間にか眠ってしまっていた紫苑が目覚めたのは、テーブルの上に置いてあった携帯メールの着信音。
「志賀?」
ディスプレイに彼の名前を見て、慌ててメールを開く。
『Merry Christmas!!』
愛嬌のあるサンタクロースとトナカイの画像が、なんとも可愛らしい。
紫苑は返信せずにメールを閉じると、無意識に彼の番号を探して通話ボタンを押していた。
『笹雪?』
「メール、ありがと。あたしからも、メリー・クリスマ〜ス」
『随分、陽気だな。それにしても、いいのかよ。俺に電話なんかして、彼氏に疑われるぞ?』
「だいじょーぶ。一人だからぁ」
『一人って…酔ってるのか?』
…まさか、喧嘩したのか?
この時間に一人で、それも酔ってる彼女に志賀は何があったのか、心配でならなかった。
「酔ってる?あたしが酔うわけないじゃない。誰だと思ってんのよ」
『何か、あったのか?』
「なんにも〜。あのね、ブッシュ・ド・ノエルとね、ローストチキンを作ったの。すっごく、美味しいんだから」
『そうか、俺の夕飯は社食の定食だったよ』
「プレゼントもね、セーター編んだの。彼の好きな濃いグリーンで―――」
『なぁ、どうしたんだよ。彼氏と理想のクリスマスを過ごすんじゃなかったのか』
「本当は、あたしの負けなの。イヴまでに彼氏なんて、見つけられなかった」
『ちょっと待て、それ…笹雪?』
「志賀と一緒にクリスマス、過ごしたかった」
『おいっ、笹雪っ』
ツーツーツー
何度も紫苑の名前を呼ぶ志賀だったが、既に通話は切れていた。
…何なんだよ。
志賀が時計に目を向けると時刻は23:30になろうとしていたところ。
今から行けば、一か八か間に合うかもしれない。
…ったく、素直に彼氏ができなかったって認めればいいものを。
◇
ピンポーン―――
ピンポォーン―――
「こんな時に誰?」
再び眠りこけていた紫苑は、ヨッコイショと腰を上げるとスリッパの音を抑えながら、玄関のドアスコープを覗き込む。
―――あっ、何で…。
思わず目を離したが、もう一度覗き込むとそこには見知った顔が…。
そして、絶対にここへは来ないはずの彼が、ドアを隔てた向こう側に立っている。
「何で…志賀が?」
ゆっくりドアを開けたと同時に入って来た志賀に強く抱きしめられた。
「何でじゃないだろっ!!あんな電話して」
「電話?」
シャンパンは飲み口はいいが酔いが回るのが早く、志賀に電話をしていたことなどすっかり記憶になかった。
「そうだ。今、何時だ?」
腕時計を急いで確かめると23:55。
ホッと溜め息を吐く。
「間に合ったな」
「間に合った?」
「ちゃんと顔を見て言いたかったんだ」と彼女の頬を両手で包み込むようにして微笑む志賀。
何が起こったのか、まだよく理解できていない紫苑はぽかんとした表情のまま、夢を見ているのだろうか?それとも…。
「メリー・クリスマス」
あぁ、夢じゃない。
目の前に居るのは、間違いなく彼なのだ。
「志賀ぁ」
「俺には、言ってくれないのか?」
「メリー・クリスマス」
涙が出そうになるのを堪えながら、言うのが精一杯だった。
◇
「冷めちゃったから、チキンを温め直すわね」
「食べてなかったのか?」
テーブルの上に綺麗に並べられた料理は全く手が付けられていなかったが、紫苑が得意だといっていたのが確かだったことは、それを見れば良くわかる。
一度、会社の飲み会で彼女の家まで送ったことがあって前まで来たことはあったが、部屋の中に入るのは今回が初めてだった。
綺麗に飾り付けられたクリスマスツリー。
それを見ていると自惚れていると言われてもいい、この部屋に一人で居た彼女が想っていたのはこの自分なのだと。
「うん。シャンパンを飲んで、寝ちゃったみたい」
消えてしまったキャンドルを新しい物に替えて火を灯し、チキンを温め直そうと皿を持ってキッチンへ行こうとしたところを背後から抱き寄せられた。
「ちょっとぉ」
「もう少しだけ、こうしていたいんだけど」
紫苑は素直に従うとその場に二人、腰を下ろす。
言葉はなくても、触れ合っているだけで幸せな気持ちになれるのはなぜだろう。
「そうだ!!プレゼント」
「手編みのセーター?」
「何で、知ってるの?」
「さっき、電話で言ってたから」
―――全然、覚えてないんだけど…。
一生渡すことはないと思っていたはずの綺麗にラッピングした彼へのプレゼント。
「こういうの、好きじゃない?」
「何で?」
「ほら、手編みって気持ちがこもるっていうか」
「俺は嬉しいけど?俺のことを笹雪が想って編んでくれたのなら」
―――嬉しいのは、こっちの方。
中には手編みを嫌がる人もいるけど、志賀にそんなふうに言われたら顔が緩んじゃうじゃない。
「はい。すっごい、あたしの想い入りだから」
「ありがとう」
「開けていい?」とリボンを解く。
―――気に入ってくれるといいんだけど…。
「おっ、すっげぇ。これ、本当に笹雪が編んだのか?買ったみたいに上手いじゃん。それに俺の好みの色もちゃんと知ってたし」
「ありがとう。そういうところは、抜け目ないのよ」
志賀が早速、セーターを着てみるとサイズもピッタリだ。
こんなに家庭的な彼女だとは思わなかったが、フった男共は大馬鹿だなと思いつつ、今まで一人でいてくれたことに感謝したい。
「大事にするよ」
「気に入ってもらえて良かった」
「ごめん。俺、何も用意してない」
紫苑に彼氏ができたと思い込んでいた志賀は、プレゼントを用意していなかった。
「いいの。志賀が来てくれたことが、プレゼントだから」
…こんなに俺を喜ばせるようなことを言うなんて。
覚悟してくれよ?
「じゃあ、俺にリボンを付けて笹雪に贈るよ」
「志賀は、あたしのものよ?」
「もちろん。この先、ずっと」
触れるようなくちづけの後、深く重なる唇から愛しているという想いも受け取って欲しい。
二人の聖夜は、いつまでも続くのでした。
END
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