ハッピー!メリー・クリスマス
プロローグ


「何で、今日に限って残業かなぁ」

今日は久し振りに短大時代の友達とパーっと飲みに行く約束をしていたのだが、急な残業になってしまい渋々、キャンセルしたのだが。
───みんなに会いたかったなぁ…。
聖恵(きよえ)は、そんな恨めしい気分を晴らすために少し休憩でもしようと自販機にコーヒーを買いに席を立った。

「よっ、残業か?ごくろうさん」

自販機からコーヒーのカップを取り出したところで声を掛けられ、振り向くとその声の主は瀬端(せばた)だった。

「うん。まぁ、私の場合はたまたまだけどね。瀬端は、いつものことでしょ?」
「もう、慣れたけどな」

言葉とは裏腹に少し疲れた様子の瀬端は、持っていた100円玉を自販機に入れると迷わずブラックのボタンを押す。
隣にいる瀬端 秀一郎(せばた ひいろう)と平林 聖恵(ひらばやし きよえ)は3年前にこの会社に入社した同期社員だった。
なぜか、瀬端とは入社直後から気が合って研修中からよく飲みに行ったり遊んだりしていたけれど、配属先も同じになったことから今も、そんな関係が続いていた。

「あのさ、平林は…24日はもう予定入ってるよな」

いつもの瀬端とは違い、ひどく言いにくそうにしていて視線も合わせようとしない。

「うん?24日って、今月の?」

瀬端は一度だけ、言葉を発しないまま頷いた。
そこでいきなり、24日と言われても何のことやらさっぱり聖恵にはピンとこなかったが、記憶の紐を辿ってみても特に予定など思い出すことはできない。

「別に何もないけど?」
「マジで!?」

瀬端は驚きと歓喜の入り混じったような表情で聖恵を見つめている。

「マジだけど?」
「じゃあさ。その日、俺に付き合えよ」
「はぁ、いきなり何なの?」

意味のわからない聖恵は眉間を寄せて瀬端を睨み返したが、両手を合わせて「頼むよ」とだけしか言わない。
こうやって頼まれると聖恵はいつも嫌とは言えなくなってしまう。
というか、例え断ったとしても後でしつこく言われ続けて、最後にはいいよって折れてしまうのがオチなのだ。
それが初めからわかっているだけに、これ以上言い返しても無駄だと判断した聖恵は仕方なくOKと返していた。

「わかったわよ。付き合えばいいんでしょ?だけど、変なことだったら許さないからね」
「まぁ…それは大丈夫。あっ、でも言っとくけど、キャンセルは一切受け付けないからな。約束だぞ」

そう言い残し、さっきの疲れきった様子とは打って変わって、まるで今にも鼻歌でも歌いそうな勢いで瀬端はとっとと自分の席に戻って行った。

「ったく、勝手なんだから…」

はぁ〜あ…聖恵は一度、大きく溜め息を吐いた。
───でも、24日に何があるのかしら?
未だに気付いていない聖恵は、早く残業を終わらせて帰ろうと頭を切り替え、彼の後を追うように自分の席に急いで戻った。



「聖恵、今年のイヴはどうするの?」
「イヴ?」

それから2〜3日して社食でお昼を食べている時、同期で仲のいい菅原 麻紀子(すがわら まきこ)が興味津々という様子で切り出した。
聖恵は綺麗さっぱり忘れていたけれど、今は12月。イヴと言えば女性なら誰もが心躍らせる恋人達の日ではないか。

「もしかして、忘れてたとか?」
「あぁ…」

会社に入ってから彼氏なんていなかったし、イヴといっても社会人になれば学生時代のように休みなわけでもない、普通に仕事して気が付けば部屋でワインを飲みながら一日終わっていたのだ。

「まぁ、聖恵らしいけどね」

聖恵の顔を見て、一発で理解した麻紀子は苦笑した。
こんなに可愛いのにどうして彼氏がいないのか?目の前であっけらかんと言い放つ彼女を見つめながら麻紀子は思う。
そして、女の子なら誰もが心躍るイヴだと言うのにまったく意識すらしていない。
そんなところが彼女の魅力でもあり、こうやって仲良くしていられるのだと思うのだが…。

「どうせ、彼氏もいないしぃ、イヴも忘れてたわよ」

半ば、投げやりに返事を返す。
麻紀子は、今年もラブラブの彼氏と熱い夜を過ごすのだろう。
そんなことに憧れた時もあったけれど、今となってみれば聖恵にとってはもうどうでもいい話。

「そんな、イジケないでよ」

麻紀子も困ったなあという顔で聖恵を見つめるしかなかったが。

───あれっ?
そう言えば…。
確か、24日は瀬端に付き合ってくれって言われていたような。
何で、瀬端はよりによって24日に聖恵を誘ったりしたのだろうか?

「どうかした?」

急に考え込んでしまった聖恵を不信に思った麻紀子が問い掛ける。

「うん。今、思い出したんだけど、24日は瀬端に誘われてたのよね」
「えっ?瀬端君に?それってもしかして、もしかする?」

興奮気味の麻紀子を他所に聖恵は至ってマイペースで会話を続ける。

「それがね。『24日はもう予定入ってるよな』って聞かれたから、『別に何もないけど?』って答えたのよ、そうしたら『その日、俺に付き合えよ』って。『いきなり何なの?』って聞いても『頼むよ』としか言わないし。あいつ断ってもしつこいから仕方なくOKしたんだけど、『今度はキャンセルは一切受け付けないからな』とかわけのわからないことを言うし、何なのよね?」

その話を聞いて麻紀子が「なるほど〜」と声を上げて、大げさに何度も頷きながら一人で納得している。

「瀬端君も、そう出たか…」
「えっ?麻紀子は何か知ってるの?」
「うんん、そうじゃないけど。聖恵は鈍チンだからね。瀬端君も我慢の限界だったのね、きっと。まぁ、せいぜい頑張ってね」
「何よ鈍チンって。だいたい、頑張れってどういう意味?」

聖恵がいくら聞いてもそれ以上麻紀子は答えようとせず、ただ笑っているだけ。
───何なのよ、人を小馬鹿にして。
自分一人だけわからない聖恵は、どうも納得がいかないままだったけれど、それ以上深く追求するのはやめにした。
それから数日が過ぎても瀬端はあの日以来、何も言ってこないし、聖恵も麻紀子に意味深なことを言われてからというもの、どうもあのことに触れるのが怖くて…。
瀬端に会っても、こちらからは敢えて聞くことはせず。

もしかしたら、忘れているのかもしれないし。


お名前提供:平林 聖恵(Kiyoe Hirabayashi)&瀬端 秀一郎(Hiiro Sebata)/菅原 麻紀子(Makiko Sugawara)…ガーぽんぽんさま


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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