ハッピー!メリー・クリスマス
2


街はクリスマス一色に飾り立てられていたが、聖恵にとってはそんなことは日常のほんの一部の光景にすぎなかった。
そんなイヴを二日後に控えたある日、いつものように残業をしていると自販機の前で再び瀬端に声を掛けられた。

「平林。24日のこと、ちゃんと覚えているか?」
「えっ?」

あれから何も言ってこないので、あのことはなかったことになったのだとばかり…いきなり、瀬端に振られて思いっきり、聖恵は固まってしまった。

「お前なぁ、まさか忘れてたとか言わないでくれよ?」
「しっ失礼ねっ、ちゃんと覚えているわよ」

───やっぱり、瀬端…忘れてなかったんだ。

「ねぇ、24日って…あれ、どういうつもりなの?」

聖恵には、何の意図があって瀬端が24日に自分を誘うのか、どうしてもわからなかった。

「お前、もしかして、わかってないとか?」
「わかってないって、何よ」
「だから、イヴに男が女を誘うってことはそう言うことだろう?普通、考えなくたって、そのくらいわかるだろうに」

いくら、聖恵でもそのくらいのことはわかる。
聖恵がわからないのは、瀬端がわざわざ“イヴに男が女を誘うってことは”というそれこそ一大イベントである日に聖恵を誘ったのかということ。

「そんな言い方しなくてもいいでしょう?誰も、お情けであんたに誘ってくれてなんて言ってないじゃない。人のこと馬鹿にしてっ。そんなに楽しいわけ?どうせ、私は鈍いから考えてもわからないわよ!!」

───もう、いい加減にしてよ!!
どうして、私がここまで言われなきゃならないのよ。
逆ギレ状態の聖恵にさすがの瀬端も焦りを隠せない。

「おいっ、ちょっと待てよ。待てったら」

瀬端の言葉を無視して出て行こうとする聖恵の腕を掴んで、柱の影に引き寄せた。

「ちょっと瀬端、痛い。何するのっ、離してよ」
「俺の話を聞いてくれたらな」

それでも抵抗する聖恵の腕を瀬端はしっかり掴んで離そうとはしなかった。

「わかったわよ、聞けばいいんでしょっ」

「だから、手を離してよ…」そう言うと、やっと瀬端は聖恵から手を離す。
今まで握られていたそこが、ジンジンと痛い。

「俺は、お前を怒らせるつもりはなかったんだ。だから、気を悪くさせたなら謝るよ。ごめんな」

いつになく優しい声に聖恵は瀬端とは視線を合わせないままずっと俯いていたけれど、反射的に顔を上げた。
瀬端の悲しげに聖恵を見つめる視線と絡み合った。

「俺がちゃんと言わなかったのがいけなかったんだな。だから、怒らないでくれよ。俺、お前にそんなふうにされたら、どうしていいかわからない」
「瀬端?」
「俺とイヴを一緒に過ごしてくれないか?」

真顔でそう言われて聖恵はそれこそ、どう答えていいかわからなかった。
イヴを一緒に過ごす…それは、瀬端が聖恵のことをそういう対象として見ていると言うことだろう。
瀬端のことは嫌いじゃない、むしろ、どちらかと言えば好きな部類に入ると思う。
しかし、これは恋愛感情ではなく、聖恵にとってはあくまでも異性の友達、それがいきなり男と女の関係になるとは想像すらしていなかったのだ。

「平林は、俺とそういう関係になるのは嫌?」

黙ったまま何も言わない聖恵に瀬端は痺れを切らしたのか、言葉を続けた。

「嫌とかそういうのじゃなくて、今までそんなふうに瀬端のこと思ってなかったから」
「俺は初めて会った時から、ずっと想ってたよ平林のこと」

───えっ?初めて会ったって…そんな前から、瀬端は私のことをずっと想ってたの?
瀬端は長身でかなりのいい男であったから、同期ならずとも社内の女子社員の間では非常に人気が高かった。
それに比べて聖恵はと言うと可も無く不可も無く、どこにでもいる平凡な女の子だと自分では思っていただけに、そんな瀬端と友達でいられるのも単に同期と言う理由と聖恵自身の性格が男っぽいサバサバとしたものだったからだとばかり思っていた。
だから、こんな目立つ男と一緒に行動を共にしても噂の立つことは一度もなかったのに…それが、瀬端は違ったのだと言うことにひどく驚いた。

「何で私なの?瀬端なら、どんな子だって相手にしてくれるでしょう?」

こんなにいい男なのだから、わざわざ聖恵を好きにならなくても選り取り見取りで女の子を選べるはず。
しかし、今になって思えば入社してから今まで、瀬端が本気で付き合っている彼女の話などは聞いたことはなかったかもしれない。

「俺が好きなのは平林だから、他の子のことなんて目に入らないよ」

───うわぁ、すごい殺し文句。
この男はズルイ、いつだってそうだ。
こんな目で見つめられて、甘い声でこんな殺し文句を囁かれて断れるわけがない。
と言うか、聖恵が最終的には“うん”と言ってしまうことを知っているのだ。
聖恵は心の中の葛藤とは裏腹にやはり瀬端の申し出を受けてしまっていた。

「本当か?今度こそキャンセルは受け付けないぞ?」
「わかってる…」

瀬端は本当に嬉しそうに聖恵のことを見つめていた。



「聖恵、どうしたの?」

やはり残業をしていた麻紀子が自販機にコーヒーを買いに来るとボーっと突っ立ったままの聖恵を見付けて声を掛けた。

「え?あっ、何でもない」

咄嗟に誤魔化した聖恵だったが、ついさっきの出来事があまりに唐突過ぎて思考回路を元に戻すことができない。
まさか、瀬端に好きだと告白されるとは思っていなかったのと、結局、イヴを過ごすことを承諾してしまった聖恵だったが、どうにも今のこの状況が信じられなかったのだ。

「そう?それより、瀬端君、何かいいことでもあったのかしら?やけに嬉しそうにしてたけど」

「今にも飛び上がらんばかりだったけど」麻紀子は後ろを振り返りながら、ここに来る途中で瀬端とすれ違ったが、今までに見たことがないほど嬉しそうな顔をして歩いていたのだった。

「ねえ、どうしよう。瀬端にイヴを一緒に過ごしてくれ。好きだって、言われちゃった」
「え?」

聖恵の言葉に一瞬驚いた麻紀子だったが、そうなるであろうことを予測していたために『やっぱり』という気持ちの方が先だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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