瀬端が連れて行ってくれたお店は、郊外にあるオーベルジュの中にある小さなフレンチレストランだった。
童話に出てくるようなおもちゃみたいな建物で、クリスマスのイルミネーションに包まれた外観がとても可愛らしい。
瀬端は、どこでこんなお店を探したのだろうか?
それになんか、今までの瀬端とは絶対違う。
普段はこんなふうに優しくなんかないし、でもそれは恋人というものになる前の話であって…。
今も恋人とは言えないわけで、だからといって急にこんな展開になるものなのだろうか?
友達としてずっと一緒にいて、それが当たり前のようになっていたものが、ある日突然、恋人になるというのはどういうものなのか、聖恵にはよくわからなかった。
「どうした?」
ふとそんなことを考えていたせいで、視線が別のところにいったままだった聖恵を見て、瀬端が心配そうな顔をしている。
その声も聖恵を見つめる視線も、どこまでも優しくてわけもなく胸が苦しくなってくる。
こんな思いは初めてのことだった。
「え?ううん、何でもない」
努めて明るく返したつもりだったが、なぜか恥ずかしくて視線を合わせられなかった。
それも、ワインを飲んだからか、ほろ酔い気分だったことと、この場の雰囲気も相まって、気まずい感じも段々と消えていた。
そして、食事は本当に美味しくて綺麗で聖恵を満足させるものだった。
デザートまで食べられるかと思うくらい量も多かったけれど、出てきた時にはあまりの可愛さに別腹というものが存在することを改めて知った気がした。
「聖恵って、細いのに結構食べるんだな」
「よく言われる。でもデザートは別だからね」
「じゃあ、俺のも食べる?」
目の前で美味しそうにデザートを食べている聖恵を見ていた秀一郎(ひいろう)は、まだ手を付けていない自分のものを聖恵に差し出した。
「えっ、何で?これすっごく美味しいのに」
「俺、あんまり甘いもの食べないから」
そう言えば、瀬端は甘いものが苦手だと言っていたのを思い出した。
「でも、こんなに食べたら、私デブになっちゃうし」
「そんなことないだろう?聖恵は、もう少し太った方がいいよ」
聖恵は出るところが出ているから自分ではぽっちゃりしていると思ってるのだが、実際はそうではなく傍から見ればもう少し太った方がいいらしい。
それにちょっとぽっちゃりしているくらいの方が好きな瀬端は、聖恵がもうちょっと太ってくれた方が良かったのだ。
「また、そんなこと言って」
と言いながらも、ちゃっかり食べてしまうところが聖恵らしいのだけど。
そんな聖恵を微笑ましく見ていた秀一郎(ひいろう)。
「そうだ。遅くなっちゃったけど」
「はい、プレゼント」食べるのに夢中になってすっかりプレゼントを渡すのを忘れていた聖恵は、隣の席に置いておいた紙袋を秀一郎(ひいろう)の前に差し出した。
「ごめんね、秀一郎(ひいろう)の趣味わからなかったから。私の独断で選んじゃった」
ネクタイだと告げると麻紀子の言う通り、やはりそこまで思ってはいなかったのか、彼は少し驚いた様子で、「ありがとう」と嬉しそうにそれを受け取った。
「俺からも、プレゼント」
そう言って、秀一郎(ひいろう)が聖恵の前に差し出したのは小さな四角い箱、いつかは…女の子なら誰もが憧れるパリのヴァンドーム広場に本店を構えるジュエリーブランドの物。
「え?…これ」
それを受け取るにはあまりにも高価過ぎて、さすがに躊躇われた。
───だって、どんなに安くても十数万はするのよ?そんなの受け取れるわけないじゃない。
「サイズは菅原さんに聞いたから、大丈夫だと思うんだけど」
えっ、麻紀子?いつの間に…。
「私…こんな高価な物、受け取れないわよ」
「そんなこと、気にしないでいいよ」
「でも…」
秀一郎(ひいろう)はプレゼントをなかなか受け取ろうとしない聖恵の手を取って、その上に箱を乗せる。
「そんな顔するなって。もっと喜んでくれると思ってたのにな」
当てが外れた秀一郎(ひいろう)は、少がっかりした表情だ。
と言うのも、事前に聖恵の欲しいものをリサーチしていた秀一郎(ひいろう)は、これをプレゼントすれば、絶対に喜んでくれるものとばかり思っていたのだから。
「違うのっ。そうじゃなくて…本当はすっごく嬉しい。でも、簡単にもらっていい物とそうでない物があるでしょう?」
聖恵だって本当はすごく嬉しい、ずっと憧れていた宝飾店の物なのだから。
それに何より、クリスマスという日にこんな素敵なシチュエーションでプレゼントされて嬉しくないはずがない。
でも、秀一郎(ひいろう)とは友達でほんの数日前にこんなふうに世間で言う恋人同士になったばかり、なのに素直に受け取るにはまだ早過ぎる。
それに一介のサラリーマンにこんな高価な物は負担が大き過ぎるだろう。
「それは、気にしなくていいって言っただろう?ここのところずっと残業続きで、臨時収入が結構あったんだよ。俺はあんまり欲しい物とかないしさ、聖恵が何でも欲しがる女の子じゃないってのはわかってるけど、今日は俺にとっては特別な日だから、何も言わずに受け取って欲しいんだ」
ここまで言われてこれ以上断ることもできず、聖恵は素直にそれを受け取ることにした。
「わかったありがとう。開けてもいい?」
「どうぞ」と嬉しそうに言う秀一郎(ひいろう)に聖恵も笑顔を返すと小さな箱のリボンをゆっくりと解いていく。
ボルドーカラーの箱を開けると、イエロー&ホワイトゴールドのリングが2本連なったボリュームのあるリング。
それを見た聖恵は、一瞬ハっとした。
このメーカーのリングにはそれぞれ名前が付いているのを雑誌を見ている時に知った。
そして、このリングの名前は…『ラヴミー』。
秀一郎(ひいろう)が、それを知っているのかいないのか?それはわからないけれど、なんだか少し恥ずかしい反面すごく嬉しかったりもして。
「秀一郎(ひいろう)、ありがとう」
もう一度、お礼を言うと秀一郎(ひいろう)がリングを箱から外して、聖恵の左手の薬指にそっとはめた。
聖恵はその指を暫く眺めていると秀一郎(ひいろう)が言った。
「この指は、俺が予約したから」
───えっ、それって…。
さり気なく秀一郎(ひいろう)は言ったけれど、これは将来を約束するという意味の言葉。
ずっと友達として接してきた聖恵にとってはとても重い言葉なのだが、彼にしてみればようやく想いが通じたのだから当然と言えば当然なのだろう。
なんと言っていいのかわからず、聖恵は複雑な表情を返すしかなかった。
デザートも食べ終わって店を出ると、聖恵は秀一郎(ひいろう)が車を運転してきたのにお酒を飲んでいたことに今更気付いた。
「ちょっと秀一郎(ひいろう)。車で来たのにお酒飲んじゃったでしょう?どうやって帰るのよ」
ここは郊外の山の中、最寄の駅までタクシーで行ったとしてもかなりの時間もお金も掛かる。
気が付かなかった自分も悪いが、秀一郎(ひいろう)はどうするつもりだったのだろうか?
「ここさ、泊まることもできるんだよ。知らなかった?って言うか俺はそのつもりだったんだけど」
「あ…」
そう言えば、ここはオーベルジュ、宿泊施設も付いたレストラン。
確信犯の秀一郎(ひいろう)は初めからそのつもりで聖恵をここに連れて来たのだろうが、麻紀子に言わせれば、また聖恵は鈍チンだからと言われるに決まっている。
目の前の秀一郎(ひいろう)も心の中ではそう思っているに違いないが、こんなところでまた逆ギレされてはせっかくのイヴが台無しになってしまう。
それに聖恵自身も麻紀子に言われて勝負下着なるものまで身に付けていたことを思い出して、一人頬を染めた。
───私ったら、何やってんのよねぇ。
ここまで大ボケするとは…いくらなんでも鈍過ぎる。
「ごめん、聖恵は帰りたかった?俺、勝手に先走っちゃって」
秀一郎(ひいろう)もこればかりは強制するわけにはいかなかったから、聖恵が帰りたいと言うのならその通りにするつもりではいたが…。
「そっ、そうじゃないの」
───そうじゃなくて…この場合ってなんて言えばいいのよ。
はい、泊まりますとも言えないし…。
「じゃあ、ここは部屋がすごく可愛いんだって。ちょっとだけ見ていく?」
「え?」
外観だけでもものすごく可愛いのだから、部屋の中なんて想像もつかないくらい可愛いのだろう。
その言葉に思わず「うん」と頷いている自分がいた。
チェックインを済ませて部屋に入ると、真っ暗な中にテーブルの上に置かれたいくつかのキャンドルに火が灯っている。
「うわぁ、可愛い」
落ち着いたアンティーク調の家具に、レースをいっぱいにあしらったベットカバー。
女心をくすぐるようなアイテムに目を奪われる。
「気に入った?」
「うん。すっごく可愛い」
まるで子供のようにはしゃぐ聖恵を見ているだけで、秀一郎(ひいろう)の顔も自然と緩んでくる。
この笑顔が見たくて、数ヶ月前からこのオーベルジュを予約したのだから。
「ねぇ、秀一郎(ひいろう)見て。雪が降ってる」
窓の外には木々にライトアップされたイルミネーションと、その上にちらちらと降る雪が見える。
それを見ている聖恵の背後に秀一郎(ひいろう)はゆっくりと歩み寄ると、聖恵を包み込むようにして窓の外を眺めた。
「ホワイトクリスマスだな」
そう秀一郎(ひいろう)に耳元で囁くように言われて、聖恵の心臓がピクリと跳ねた。
「え?あっ、ほんと」
まるで二人は部屋に入るのを待っていたかのように夜空を舞う粉雪。
「秀一郎(ひいろう)」
「うん?」
「ありがとう。こんな素敵なクリスマス、初めて」
「どういたしまして。でも、素敵な夜はこれからだろう?」
秀一郎(ひいろう)は聖恵の身体を自分の方に向けると抱きしめた。
「ずっとこうしたかった」
「秀一郎(ひいろう)───」
聖恵も自然に秀一郎(ひいろう)の背中に腕を回して抱きしめ返す。
痩せていると思っていた身体は思ったよりも筋肉質で、彼が男だということを実感じさせる。
そして、秀一郎(ひいろう)が聖恵から少し身体を離すと唇にそっと触れるだけのキスを落とすと額と額をくっ付けるようにして秀一郎(ひいろう)が言う。
「俺は、今すぐにでも聖恵を抱きたいって思ってる。だけど、聖恵が嫌ならしないし、家に帰りたいって言うなら送って行くよ。どうする?」
───どうするって…言われても。
この場面で今更、帰るなんて言えっこないじゃない。
「聖恵を困らせるつもりはないんだ。ゆっくりでいい、俺のこときちんと受け入れて欲しいから」
「今夜の秀一郎(ひいろう)、なんだか優しい」
「なんだよ。今夜のって…俺は昔から優しい男だぞ」
ちょっと拗ねたように言う秀一郎(ひいろう)が、少し可愛く思えたりもして…。
でも秀一郎(ひいろう)の言う通り、聖恵が気付かなかっただけで、きっとずっと優しかったんだ。
それなのに素直になれないばかりか、ついきつい言葉で言い返してしまう、まったくもって可愛げのない女なのに。
それでも、彼はずっと想ってくれていて、好きだと言ってくれたというのに…。
「私、秀一郎(ひいろう)にそこまで想ってもらえるような女じゃないわよ。口は悪いし、すぐ頭に血が上って怒るし、素直じゃないし」
「確かに聖恵は口は悪いし、すぐ怒るけど、本当は素直な優しくていい子だって俺は知ってるから」
「秀一郎(ひいろう)…」
───秀一郎(ひいろう)は私のことをそんなふうに思っていてくれたとは…。
嬉しい反面、なんだか涙が込み上げてくる。
「おいおい、何で泣いてるんだよ」
「違うってっ。目にゴミが入っちゃって」
やっぱり素直じゃないって思うが、秀一郎(ひいろう)は子供をあやすように聖恵の背中をポンポンと叩く、その手がとても心地よくて、余計に涙が溢れてくる。
「ほら、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。俺は、笑ってる聖恵が好きなんだから」
「う…ん」
秀一郎は聖恵の頬に手を添えると親指で涙を拭ってくれた。
───何で、こんなに優しいのよ…。
聖恵は胸の奥がキュンとなるのを感じながら、秀一郎の触れる手が心地よくて静かに瞼を閉じた。
「ねぇ、秀一郎」
「うん?」
「今夜は、秀一郎と一緒にいてもいい?」
「え?」
一瞬、驚いたような顔をした秀一郎だったが、すぐにそれは満面笑顔に変わった。
聖恵自身もどうしてこんな言葉が口から出たのかはわからなかったけれど、それでも今だけは秀一郎と離れたくなかったから。
「いいのか?」
「あっ、やっぱり」
「おいおい、この期に及んで帰るとか言わないでくれよ?」
クスクスと笑いを堪えている聖恵。
「こらっ」と秀一郎は軽々彼女を抱き上げると、二人一緒にベッドへダイブする。
「Merry Christmas」
「ぶっ」
「くっ、クサ───」
「こらっ。人がせっかく、いい雰囲気に。クサイとか言うな」クサイとわかってても、こういう時は言いたいんだ。
余計に笑いが止まらない、クリスマス初心者の聖恵にはまだまだ修行が必要らしい。
おしまい。
もう少し、続きがありますのでそれは次回に。
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※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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