王子様なんて大嫌いっ。
1

今年の桜は例年より早く咲き始めて、そろそろ満開になろうとしていた。
いつもは社食でお昼は済ませてるけど、今日は天気もいいし、花見を兼ねてお弁当を持って会社近くの公園に来ていた若き!?乙女が二人。

「ねぇ、羽澄(はずみ)。4月から、長瀬君がこっちに戻って来るんだって」

そう嬉しそうに話すのは、同期で唯一の女子社員、佐伯 みのり。
元々、あたしたちの代は女子社員が少なかったから、入社5年で残ったのはあたしとみのりだけになってしまっていた。
彼女は半年ほど前に結婚したばかりの新婚さんだけど、もう少しお金を貯めたいからと寿退社はせず勤めている。
それにしても、長瀬って誰だっけ? あたしが、さも知らないって顔をしていると。

「え〜忘れたの?長瀬君だよ、同期の」

同期で長瀬、長瀬…。

「あっ、思い出した!長瀬って、あの長瀬?」

すっかり、彼の存在など忘れていた、というより記憶の片隅に押しやっていたのかもしれないけど。
長瀬 甲斐(ながせ かい)。
5年前、この会社に一緒に入社した。
彼は初め、あたしやみのりと本社の同じ部署に配属になったんだけど、2年ほどで他の事業所に異動になっていた。
戻って来るんだ…。

「それでね。彼、戻ってきたら主任だって、同期で一番出世だよ。それとまだ独身だって。ウフフ」

ウフフってあなた…。

「ふううん」 「何よ。そっけないわね」

みのりは、少し不満そうに言う。

「だって、長瀬君が主任になろうと独身だろうとあたしには関係ないもん」

そんなあたしに呆れ顔のみのり。

「羽澄は、初めから長瀬君のこと毛嫌いしてたものね。だけど仕事もできて優しくて、おまけにあんないい男なのにほんとあんたって珍しいわ」
「そういうところが嫌なのよ。なんかそつがないって言うか、絶対猫かぶってるに決まってる。あいつ、裏で何人もの女泣かせてるよ」

彼は、確かにかっこいいと思う。
これは、あたしも認めるわ。
その上、人当たりもよくて、高ぶることもなく誰にでも気さくに話をする。
だから、同期はともかく社内の女性はみんな彼に憧れていたし、みのりも例外ではなかったけど、そんなみのりも今の旦那さんに猛烈アタックされて結婚したんだけどね。
それでも、彼が戻って来るっていうだけでこんなに喜んでるなんて旦那さんが見たら泣くよ。
本来なら、彼はものすごく魅力的な人なんだと思うけど、それが逆にあたしには違和感を感じさせたのは、なんか本当の自分を隠して作ってるんじゃないかって思えてならなかったから。

「そんな言い方したら、彼がかわいそうよ。いくら羽澄が彼に冷たい態度をとっても、いつも優しく話しかけてくれてたじゃない。それに羽澄のこと、わざと強がって見せてるけど、自分のことより人の心配ばかりしている優しい人なんだって真顔で言われたんだから。あたし、聞いてて恥ずかしかったよ。だって、これってノロケ以外、考えられないものね」
「えっ…」

―――あいつ、そんな恥ずかしいことみのりに言ってたの?
っていうか、そんな話いつしてたのよ。

「まぁ、そういうことだから。羽澄も彼のことをもっとちゃんと見てあげなきゃ。もう大人なんだから、あんまり露骨にイヤだって顔しちゃダメだからね」

そう言うとみのりはお弁当のサンドイッチを頬張った。
あたしは彼を見るなんてことなかったし、というか見ようとしていなかったという方が正しいかな。
だから、彼があたしをそんなふうに見ていたなんて、知らなかった。
むしろ、嫌いになってもいいはずなのに…。

+++

あれから、数日が過ぎて長瀬君がここ本社に戻って来た。
長瀬君を知らない若い子達までが彼を見て浮き足立っているのがわかる。
普段、見かけない子までいるのはなぜだろう?
3年ぶりに見た彼は、少し髪を短くしたのだろうか?前よりも男っぽくなった気がする。
そして、人を魅了するような笑顔はあの時と変わらない

「高野さん、ちょっといいかな」

そう、呼ばれて課長のところに行くと、先にいたのは長瀬君だった。

「今日から高野さんには、長瀬君と一緒に仕事をしてもらおうと思う。長瀬君はまだこっちに慣れないだろうから、高野さんはしっかり彼をサポートしてやって欲しい。二人は同期だったよね?だったら、上手くやっていけるだろう。よろしく頼むよ」

―――え?一瞬、あたしの眉間に皺が寄ったことを彼は見逃さなかった。
課長は会議があるらしく、それだけ言うと急いで行ってしまったので、その場に取り残されたあたし達は妙にバツが悪い…。
それに気づいた長瀬君が、あたしに話し掛けてきた。

「高野さん、久しぶりだね。これからよろしく」

そう言って、彼はあたしに微笑んで見せた。
いつだって、この人はこうやって優しい笑顔を向けるのよ。
あたしは、みのりの言葉を思い出して同じように微笑を返してみせた。
多分、引きつってたとは思うけどね。

「こちらこそ、よろしくお願いします。長瀬主任」

―――別に意図はなかったのよ。
でも、同期だけどこれからは上司なわけだし、けじめは必要よね。
まぁ、さすがに彼も驚いたようだったけど、こんなのすぐに慣れるわよ。
もう、完全に嫌味な女だと思われたことは間違いないわね。
仕事だけの割り切った関係なんだから、これでいいのよ。


あたしは、彼とは必要以上の会話はしなかったけど、仕事を一緒にしてみてわかったことがある。
彼はパソコンに向かう時は、いつも眼鏡を掛けるのね。
噂によると眼鏡をかけている時の彼は、特にかっこいいらしい。
あたしには、理解不能だけど。
いつも見ていられて羨ましいって言われるけど、誰があんな奴をじっと見てるってのよね。
そんなことしてたら仕事できないって、だったら代わってよって言うのよ。
それと自販機でコーヒー買う時は、砂糖とミルクの増量ボタン押してたのよ?お子様じゃないんだから、あんなの甘ったるくて飲めないっつうの。
なんで、そんなこと知ってるかって、あたしの前に買っているのをたまたま見たからよ。
決して、意識してたわけじゃないんだから。


お名前提供:高野 羽澄(Hzumi Takano)&長瀬 甲斐(Kai Nagase)/佐伯 みのり(Minori Saeki)… みの さま

2009-2010.4.19


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
EVENT ROOM
LOVE STORY
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.