───やっぱり、あの時、きちんと断っておけばよかったかなぁ。
この期に及んで今更、そんなことを思っても、もう遅いことはわかっているのだけど…。
昨日までの鬱陶しい梅雨空とは打って変わって、今日は梅雨の晴れ間の初夏を思わせるような日曜日の快晴の午後。
外の天気とは裏腹に少々湿り気味の気持ちを抱えた立花 彩(たちばな ひかり)は都内にある、超高層ホテルのラウンジで、ある人と待ち合わせていた。


アラサーだって、いいじゃない。
1


ことの起こりは一週間前にさかのぼる、今日と同じよく晴れた日曜日の午後のことだった。
あたしは、いつもの週末のように昼を過ぎてもベットの中でゴロゴロとしていた。
いつの頃からだろう?日曜日は一歩も外へ出ずに昼過ぎまでベットの中で過ごし、午後は借りてきたDVDを観たり、好きな本を読んで過ごすのが習慣になっていたのは。
そんな時、なにやら階下で母親の自分を呼ぶ声が聞こえる。
───全く、日曜日だってのにうるさいわね〜。

「は〜い」

気のない返事を返してから、『はいはい。今、行きますよ』とひとり呟くと仕方なく起き上がり、着ていたパジャマ兼用の部屋着のまま、寝癖でピンと立ったままの髪も気にせずに一階のリビングへと向かった。
階段を下りて廊下に出たところで、母とは別のもう一人甲高い女性の笑い声が聞こえてくる。
廊下の突き当たり、ガラス戸越しに中を覗くと伯母の顔が見えた。
洗面所へ行って顔を洗い髪を適当に手具しで整えると、母と伯母がいるリビングに入る。

「シノさん、いらっしゃい」

『まぁ、彩(ひかり)ったら、いい歳してそんな格好で』、母があたしを見るなり、ぶつぶつ小言を言っている。

「あら、いいじゃない。彩(ひかり)ちゃんはお仕事で疲れてるんだから、日曜日くらいゆっくりしたいわよね。そうそう、あなたの好きなシュークリームを買ってきたから後で食べてね」

体格こそ違うがものの、母とそっくりの顔の持ち主は優しい微笑を彩(ひかり)に返す。
あたしは、昔から伯母のことをシノさんと名前で呼んでいる。
というか、伯母さんって言われるのが嫌だからって、小さい時からそう呼ぶように教え込まれていただけなんだけど…。
そして、母と歳が近い姉妹のせいか、やたらと仲がいい。
男兄弟がいなかったからとシノさんが婿を取って実家の医院を継いでいるけど、暇さえあれば家に来て母とこうやって世間話に花を咲かせているようだ。
あたしの兄より2つ年上で今年35歳になる息子が一人いるが、娘が欲しかったからと小さい時からあたしを可愛がってくれたが、自分の息子がお嫁さんをもらっても、それとは違うのだそうだ。

「彩(ひかり)、ちょっとこっちへ来てちょうだい」

大好きなシュークリームを食べようとキッチンでコーヒーを沸かそうとしていたところを母に呼ばれ、渋々リビングに行くと、母の向かいにある空いていた一人掛けのソファーに腰掛けた。

「彩(ひかり)ちゃん。今、お付き合いしてる人はいるの?」

シノさんの唐突な質問に少し面食らったが、母もこの質問の答えが気になったのか、興味津々という顔であたしを見ている。
───う〜、二人とも目が怖い…。

「今は、いないけど…」

あたしの言葉に母とシノさんは目を輝かせた。

「そう?なら、彩(ひかり)ちゃんもいいお年頃だし、今日はいいお話を持ってきたんだけど、写真だけでも見てもらえないかしら?」

そう来ましたか。
あたしはこの場はなんと答えていいものかと返答に迷っていると、シノさんが我慢できなかったようで続けて話し始めた。

「村上さんと言うんだけど、夫の古い友人でね。この前、久し振りに家に遊びに来た時、たまたま彩(ひかり)ちゃんの写ってる写真を見せたら、すごく気に入って。是非、うちの息子にって頼まれちゃったのよ」

間髪入れず、今度は母が話し出す。

「お母さんも、今回はとてもいいお話だと思うのよ。歳は28歳だから、彩(ひかり)より2歳年下になるんだけど、国立大学の医学部を優秀な成績で卒業されて、今は付属病院で小児科医をされているそうよ。ご実家はお母さんの家と同じ代々開業医で、でも既に結婚された長男の方が継いでるから心配ないし、これ以上の人なんて、いないわよ?あなた、もう後がないんだから、えり好みしてる場合じゃないんだからね」

最後の方は妙に力が入っていたが、お母さん、何も実の娘に向かって、そこまで言わなくったっていいじゃない。
あたしには3歳年上で今年33歳になる兄がいるけれど、既に結婚してこの家を出ていた。
これがびっくり、できちゃった?、いや、今はおめでた婚?ていうやつで、25歳で結婚したから、男にしては早かったのよね。
それから見ればあたしは遅いかもしれないけど、お母さんの時代じゃないんだから、今時、30で独身なんて普通よね?
それに医者なんて、どうせ、ろくなやつじゃないに決まってる。
祖父や伯父は違うけれど、一般的に見て、どうもそう思っちゃうのよね。
大体、親が相手を探さなくたって医者ならスッチーとかナースとかいくらでもいるんじゃないの?
わざわざ、30女のあたしなんかを会わせなくたっていいのにね。
一応、父は名の知れた私立大学の教授をしてるけど、あたしなんて別段頭がいいわけでもないから大学もテキトーだったし、就職も親戚のコネを使えるだけ使って入った商社に勤める、なんの取り柄もないただのしがないOLだって言うのにね。
あっ!!もしかして、20代で既にハゲてる(もしくはズラ?)とか、とんでもないおデブとかそういうんじゃないでしょうね。
自分が可愛いわけでもスタイルがいいわけでもないけど、いくらあたしだって選ぶ権利はあるわよ。
写真を渡されたけど、とてもじゃないけど怖くて見ることができなかった。

「お見合いとか、そんな堅苦しく考えなくてもいいから、一度会うだけ会ってみてくれないかしら?」

心の中では色々なことが駆け巡ってはいたけれど、二人の見えない圧力に負けたのと、すぐに断る理由も思い当たらなくて、伯母の言葉にただ黙って頷いたのだった。

+++

一週間後、結局、シノさんと母に押し切られる形で相手に会うことになってしまった。
堅苦しく考えなくての言葉通り、特に間に取り持つ人がいるわけでもなく、ただ二人で会って気に入れば付き合う、気に入らなければ断ってというような気楽なものではあったから、一度会って断ることは初めから決めていたことだった。
そして今、待ち合わせ場所のホテルのラウンジでその人を待っているのだけれど…。
最後まで写真は見なかったから、今ここで待っていてもどんな人なのか、さっぱりわからない。
あたしの頭の中では若ハゲかとんでもないおデブってイメージが出来上がってて、さっきからそれらしき人が来ると反応しちゃってまいっちゃうわ。
それにしても、約束の時間はとうに過ぎてるのに遅いわね。
医者っていうのは、人を待たせても平気なのかしら?
偏見って言われるかもしれないけど、何でも自分の思い通りになると思ってる俺様系のやつに違いないに決まってるんだから。
あ〜ぁ、とっとと会って早く帰りたいわよ。
コーヒーを既に3杯もお代わりしているし、わからない相手を探すのも疲れるからと持ってきた小説に夢中になっていたら、時計は既に約束の時間を1時間以上過ぎていた。
─── 一体、なんなのよ!!
連絡くらいしててきてもいいんじゃないの?全く人を馬鹿にするのもいい加減にして欲しいわ。
一向に相手の人は現れる気配がなく、あたしは苛立ちを覚えながら席を立とうとした時だった。
目の前が急に暗くなったと思ったら、両膝に手を当てて苦しそうに息をあげている男性が立っていた。

「あのっ、立花 彩(たちばな ひかり)さんですか?」
「えっ。ええ、そうですけど」
「あぁ、良かった。すみません。遅くなってしまって。僕は、村上 岳(むらかみ がく)と言います」

村上 岳───。
あたしが今日、散々待ち続けた人。
だいぶ落ち着いてきたのか、顔を上げた彼はあたしの想像とは到底かけ離れた人物だった。
この人が、村上さん?なの?

「あなたが、村上さん?」
「はい、そうですが」

一体、何に驚いているのか、わからない彼は、きょとんとした顔であたしを見つめている。
だって、あたしの目の前にいる村上 岳という人はハゲでもなければ(ズラに関してはまだ、よくわからないけど…)とんでもないおデブというのでもない、それどころかスマートできちんと立ったら座っているあたしはかなり首を上に向けなくては彼の顔を見ることもできないくらい背が高い。
それに端正な顔立ちで、こう言っちゃぁなんだけど、めちゃめちゃいい男よ?ダークなスーツにセンスのいいネクタイが爽やかな彼によく似合っているし。
黙ったまま、固まっているあたしを見かねた村上さんが、声を掛けた。

「あの…?」
「あなた、本当に村上 岳さんですか?」

まさか、この時が、一生の出会いになるとは…彩(ひかり)は知る由もなかった。


お名前提供:立花 彩(Hikari Tachibana)&村上 岳(Gaku Murakami)/高濱 静香(Shizuka Takahama) … ナカタ1126 さま


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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