アラサーだって、いいじゃない。
2


村上さんは、なぜ待ち合わせの時間に遅れたかというと、休みだったにも関わらず担当していた患者さん(この春、小学校にあがったばかりの男の子だそうだ)が、急に発作を起こして早朝から病院に呼び出されていたとのこと。
連絡ができなかったのは、緊急のオペを必要としたから。
幸い、男の子の容態は命に別状はないそうで、それを聞いて見ず知らずのあたしまで安堵したのだった。

「本当にすみませんでした。もう、帰ってしまわれたと思っていたので。正直、待っていて下さるとは思いませんでした」

本当にすまなそうな顔で謝ってくる村上さんに悪いと思いつつも、やっぱり素直じゃないあたしはこんな言い方しかできなかった。

「いえ、別に待ってたわけじゃなくて。本を夢中になって読んでいたら、こんな時間になってたのも気づかなくて、さすがに帰ろうと思って立ち上がろうとしたところにあなたが現れただけですから」

そんな、あたしに村上さんは少し驚いたようだったけど、その後はなぜか満面の微笑を浮かべていた。

「ところで、さっき僕のことを本当に村上 岳なのか?と聞いてきたのは、なぜですか?父からは写真を渡してあると言われていたので、僕の顔は知っているものだと思っていたのですが」
「え?あぁ、あなたの写真を渡されてはいたんですけど、見ていなかったので」
「それは、なぜですか?」

───なぜですかって。
そりゃあ…。

「だって、医者なんて地位のある人が普通、あたしのような年上の、それも30を過ぎた女にいくら親に言われたからって会うなんておかしいでしょ?だから、てっきり、若ハゲかもしくはズラ?それか、とんでもないおデブなんじゃないかって。そうじゃなかったら、こんな話、受けるわけないでしょ?」

一気にいつもの調子で話してしまった。
───いいのよ。どうせ、会うのは今回限りなんだから、言いたいことは包み隠さず言っておかないとね。

「だから、写真を見なかったわけですか?」

あたしが頷くと、村上さんが下を向いて肩を震わせ始めたと思った途端。

「ぐぐぐぅぅぅぅ。ぶはあぁぁぁぁぁぁぁ───────────────」

村上さんが、あまりに大声で笑うものだから、ラウンジにいるお客さんが一斉にあたし達の方に振り向いた。

「ちょっ、ちょっとそんな大声で笑わないでよ!!みんな、見てるじゃないっ」
「ごっ、ごめんなさいっ。くぅっ、ぅぅぅぅぅ」

───なんなのよ。
この人ったら一体、涙まで流してるし、あたしそんなに笑われるようなこと言った?
あたしが腕を組んで呆れ顔で睨みつけると、さすがに観念したのか、村上さんがやっと笑いを抑えてこっちを見たけど、まだ身体は小刻みに震えている。

「あなたは、とても面白い方ですね。でも、僕も散々な言われようだと思いますよ。若ハゲだとか、とんでもないデブだとか。あっ、でも僕自身の名誉のために言っておきますが、これはズラじゃありませんからね」

そう言って、自分の髪の毛をピンピンって引っ張って見せた。
村上さんは、また笑いがぶり返したのか、さっきほどではないけれど薄っすら涙を浮かべながらクスクスと笑っている。
あたしは、カぁっと身体の中から熱が湧き出してきて、一気に顔が赤くなるのが感じた。
確かに面と向かって、それも初対面の人にこんなことを言われたら、普通、誰だって少しは傷つくというものだろう。

「すみません、失礼なことを言ってしまって」
「いえ、いいんですよ。あなたは、とても正直で素直な方ですね。僕の思った通りの人でしたよ。いや、それ以上かな?」

最後の方は呟くような声だったから、よく聞こえなかったけど、思った通りの人って、どういうことかしら?
村上さんは、あたしのことを知らないはずなのに…。

「あっ。これから、お時間はありますか?」
「え?あっ、まぁ…」

───どーせ、暇よ!!
帰ったって、テレビ見てゴロゴロしてるだけだもん。

「じゃあ、ご迷惑でなければ。僕は朝から何も食べていないので、お腹が空いてしまって」

あたしはしっかり、朝もお昼も食べてきたけど、無理もない話よね、この人はずっと病院に行きっぱなしだったんだものね。

「あたしなんかが一緒でも、いいんですか?」
「もちろんです。是非お願いします」



「良かったら、お一ついかがですか?」

「この店のカツサンドは、絶品なんですよ」と、村上さんは白い紙の箱に入ったカツサンドをあたしの前に差し出した。
薄切りのトーストされたパンで挟んだ分厚いカツが、何とも食欲をそそる…。
───あぁ…どうしても、食べ物には弱いのよねぇ。

「では、遠慮なくいただきます」
「どうぞ」

「いただきます」と一切れ取ってパクリとした瞬間。
───やだぁ、もうっ。おいひい!!
こう、衣がサクッとしていて、なのにお肉がふわふわで。
あぁ、何て美味しいのかしら。

「美味しい」
「それは、良かった」

これでも、お見合い?みたいなものなんだから、食事するならホテル内のフランス料理か会席料理のお店かと思いきや。
彼はデパ地下の行列ができるカツサンドを手に入れると、都会の真ん中にもこんな場所があったのね?というような公園のベンチに来るとは、誰が想像しただろう。
梅雨の晴れ間のいいお天気だし、気温もさほど高くなく、心地いい風も吹いているが、少々紫外線が気になるところ。
UVカットの化粧品を使ってはいるけど、なんたって、とっくにお肌の曲がり角を通り過ぎているんだから。

「村上さんは、よくここへは来るんですか?」
「えぇ、病院からもそれほど遠くないし、外に出ると気持ちいいですから。立花さんは、こういうところへは…もしかして、あまり好きではなかったですか?」

…今日は、お見合いだったんだ。
いつものクセで連れて来たけれど、これじゃあズラより始末が悪い。
女性というのは、こういう時こそ、おしゃれなカフェレストランあたりに連れて行かなきゃダメだったのに…。

「いえ、好きですけど」
「けど?」
「紫外線が」
「紫外線?あっ」

医者なのに、とはいっても専門は皮膚科じゃないにしても、子供だって紫外線対策はきちんとしなければいけないことはわかってる。

「すみません、気が付かなくて。場所を変えましょう」
「そうしていただけると。なにせ、もう若くはありませんから」

彼女の棘が刺さったような言い方に、村上の頭の上を「オーマイゴッド」と囁く声が聞こえたような気がした。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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