アラサーだって、いいじゃない。
3


「彩(ひかり)、彩ーったら」
「え?」
「何、ボーっとしてんのよ。もう、お昼だよ」

時計を見ると既に12時を回っていて、フロアにはほとんど人が居なかった。

「あっ、ごめん。今日は何、食べる?」
「そうねぇ。この前、新しくできたイタリアンのお店に行ってみない?曇り空だけど、まだ雨も降ってきそうにないし」

高濱 静香(たかはま しずか)とあたしは、いつも社員食堂を利用しているんだけど、たまにこうやって外に新しいお店が出来ると食べに行ったりしている。
急いでお財布を持って外に出たものの、今日はすっかり出遅れただけに混んでいるかと思われたが、店内は思ったよりもずっと広かったこともあり、運良く空いていた窓際の中庭が見える席に二人はすんなり座ることができた。
オフィス街だけにOLが多かったが、スーツを着た男性もチラホラと目立つ。
本日のランチパスタにデザート、ドリンク付のセットが950円とはなかなか、それを頼むと待ってましたとばかりに静香があたしを問いただして来た。

「彩(ひかり)、今日ずっと考え事してたでしょ。珍しいじゃない、何かあったの?男?」

静香とは同期で入社して以来、ずっと同じ部署で仕事をしてきて、公私共にすごく仲のいい親友だった。
彼女はさっさと3年前に社内結婚していて、旦那さんは5歳年上で海外事業部のやり手課長で男前とくれば、羨ましく思わないはずがない。
───しかし、男って…。

「静香には、何でもわかっちゃうんだ」
「今日の彩(ひかり)を見ていれば、誰だってわかるんじゃないの?おしゃべりの彩(ひかり)が、ずっと黙り込んでいたらさ」

「そりゃあ、もう。男しかないでしょ」と確かにそうかもしれない。
あたしはいつも、うるさいくらいにしゃべりっぱなしなのだから。

「実はさぁ。昨日、伯母に紹介された人と会ったのよ」
「えっ、何。それって、見合いってこと?」
「そこまできちんとしたものじゃないけど。まぁ、そんなとこかな」
「それで、どうだったの?」

静香がテーブルの上に身を乗り出し、一瞬にして目の色が変わったのがわかる。
この子は、こういう人様の色恋沙汰が大好きだから。
そうこうしているうちに本日のランチの野菜の冷製パスタが運ばれてきたが、料理が出てくるのが速いのは、短いお昼休みに食べに来るお客のことを考えた上の配慮だろう。
開店したてにしては、従業員の教育もなかなか出来ている。
───う〜ん、それにすごく美味しそう。
昨日のカツサンドも美味しかったけど…って、あたしったら、何を思い出してるのよ!!

「いっただき、ま〜す」
「食べてばっかいないで。だから、どうだったのよ?相手の人は?どんな人なの?」

あたしが食べるのに夢中になっていて、ちっとも話の続きをしようとしないことに苛立ちを隠せない静香が返事を促す。

「うん、伯父の古い友人の息子さんで、あたしより2歳年下の大学病院に勤める小児科医」
「え?医者なの?チョー玉の輿じゃないの」

そんな、いいな〜って言われてもねぇ。
自分だって、玉の輿じゃないのよ。

「まぁ、そうとも言うかもしれないわね」
「そうでしょ。医者よ?医者。何が不満なのよ、もしかしてイケてなかったとか?」

医者と聞いてこのテンションの低さは、誰だって顔の方にいっちゃうわよね(頭にもいったけど…)。
あたしだけじゃ、なかったわ。

「それが、すご〜くいい男だったのよ。久々に拝んだわね」
「じゃあ、何が不満なわけ?年下はダメとか」
「年下でも構わないし、特に不満があるわけじゃなんだけど」
「けど?」

「早く食べないと、お昼終わっちゃうわよ?」とあたしが言うと、そうだったと静香はやっとフォークを手に持って食べ始めた。

特に不満があるわけじゃない。
医者だからって鼻に掛けたりもしていないし、誠実で優しそうだし、もちろん若ハゲてもズラでも、おデブでもない。
だけど、何かが足りないのは、こう電気が全身を貫くようなビビっとくるものがなかったからだろうか。

「まだ、会ったばかりだし。見合いってのもね」
「でも、彼のことを考えちゃうわけでしょ?」
「え…」

彼女が何気なく言ったひと言にひどく驚いたのは、今朝からずっと無意識のうちに彼のことを思い浮かべていたからだ。
昨日は、あれから日差しの強い公園を後にして行った先は、建物の中で遊べて涼しいという理由から、巨大なおもちゃ屋さんとでも言うのだろうか?
話には聞いたことはあっても実際に行く機会など、自分に子供でもできれば、もう少し身近になるのかもしれないが。
彼は小児科医だけに、こういうのが好きなのかどうかは定かではないけれど、妙にラジコンカーを夢中になって見ていたあたり、実は自分の趣味なんじゃ…。
そこで、あぁと思ったのが、なぜ顔も良くて医者で彼女がいないのか。
なのにも関わらず、少しも嫌だとは思わなかったし、むしろ新鮮な気持ちにさえなったのは正直なところ。
ただ…このまま付き合い始めたら、もっと不思議体験をさせられるという予感はしないでもないけれど…。

「彩(ひかり)も何だかんだ言って、その男性(ひと)のことは、まんざらでもないんじゃない」

それには答えず、あたしは無言でパスタを食べ終えると、時計を見れば、お昼休みは残り時間あと20分足らず。
タイミングよく出てきたデザートのマンゴープリンに手を付ける。
このお値段で随分とまぁ、盛り沢山、お得な気分になるわね。

「もしかして、実は相手の方が彩(ひかり)のことを気に入らなかったとか?」
「それはないんじゃない?だって、名刺に携帯番号書いてあたしに渡したし、このお話は僕からは断りませんからって言ってたもん」
「ほぉ〜じゃあ、いいじゃない。お互い気に入ったわけだし。まさか、この期に及んで運命の出会いとか待ってるんじゃないでしょうねぇ」
「は?そんなわけ」

この期に及んでって…でも、なくもないかも…。

「きっかけはお見合いだって、これが運命の出会いかもしれないんだから。こんなチャンスはそうそうないんだし、っていうか、えり好みしてる場合じゃないわよ?もっといい人がいるかも〜なんて思ってると、後になって逃した獲物は大きかったぁなんて」

はははと豪快に笑いながら、静香はあっという間にあたしを追い越してデザートのマンゴープリンを食べ終えるとアイスティーのストローをズルズルっと音を立てながら飲み干した。
いつの間に…。

「自分は、さっさと結婚したからって」
「社内恋愛は御免とか言ってたの、どこのどなただったかしらぁ?」
「うっ…」

確かに言いました。
言いましたけどぉ。

「早く手を打たなきゃ、歳を取る毎にいい相手は減っていくんだから。彩(ひかり)も、もう自分はアラサーだってことを少しは自覚しなさいよ?」
「別にアラサーなんて気にしてないしぃ。アラフォーになったって、全然平気だもん」
「そうやって、強がってなさいって」

「ほら、あと10分で始まっちゃうわよ」と急かされながら残りのプリンを食べ終えるとアイスコーヒーを一気に飲み干す。
こういう、ペース配分からして既に静香に負けているような気がした。

家に帰っても母親と伯母さんに根掘り葉掘りツッコミを入れられ、あの人達の中にはもう既に結婚式と披露宴のことしか頭にないらしいし。
───あぁ〜ぁ…何て返事しようかな。
断る理由なんてないんだけど、このまま、ホイホイ付き合っちゃうのもなぁ。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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