アラサーだって、いいじゃない。
8


「遅くなって、すみません」

「急に熱を出した子供がいて」と申し訳なさそうに言う彼はお見合いの時と同じ、両膝に手を当てて苦しそうに息をあげている。
突然呼び出したのは彩(ひかり)の方で、人の命を預かっている以上、このような場合は見合い相手とはいえ断ってくれて構わないのにこういうところは律儀というかなんというか。

「ううん、あたしのことは気にしないで。村上さんの仕事が優先だから」

待ち合わせのカフェ、余程、喉が渇いていたのだろうか?すっかり冷め切っていたからいいが、岳(がく)は彩(ひかり)の前にあったコーヒーを勢いよく飲み干した。

「いえ。彩(ひかり)さんからの誘いなら、どんなことがあっても必ず飛んできますよ」

浮いた言葉も彼の素顔を知っている彩(ひかり)には、全てが真実だということを受け入れざるを得なかった。
あの夜を境に二人の間の何かが変わったことも。

「随分待たせてしまったので、お腹が空いたでしょう?病院の仲間に色々聞いたんですよ、彩(ひかり)さんの好きそうなお店」

「僕がそんな質問をしたことがなかったので、先生にもとうとう彼女?と散々、ツッコまれましたけどね」と嬉しそうに話す村上さんは、あたしの手を握ると引っ張るようにしてそこを出た。
相変わらず言葉こそ固いままだったけど、手を繋いで歩く姿は誰が見ても、らぶらぶな二人にしか見えなかったに違いない。
同じ歩幅で歩いている彼は、少しハイテンション気味にあたしに話し掛けてくるのがなんだか可愛いというか、愛おしく感じたりして。
手から伝わる彼の想い。
───きっと、どこかで覚えてるんだわ。

「あっ、僕ばかりしゃべってつまらないですね」
「そう見える?」

隣にいる彼女の顔を見れば、それは一目瞭然だ。
ことごとく外しまくって、まるで空気が読めていない自分がいつ三行半を突きつけられるか、かろうじて繋がっている細い糸が切れてしまわないよう必死で頑張ってきた岳にも、ようやっと明るい未来が開けてきたということだろうか?
それよりも、彼女を味わってしまったからには、抑えていた男の欲望がうずきだして今すぐにでも押し倒してしまいたいくらいだ。

「そんな顔をされたら、食事より彩(ひかり)さんを先に味わいたくな───」
「え?」

…はっ。
僕は、何てことをっ。
せっかく、いい雰囲気になっていたのに。これじゃあ、ただの盛りのついた犬みたいじゃないか。
実際、そうではないと言い切れないほど岳は彼女に溺れていたのかもしれない。

「すっ、すみませんっ」

───やだ。
村上さんったら、顔を真っ赤にして汗かいてる。

彩(ひかり)の知っている岳の口から出た言葉とは思えないが、言った後に真っ赤になって一生懸命に頭を下げる姿はやっぱり彩の知っている岳に間違いない。

「村上さん、人が見てるから」
「あっ」

クスクスと笑う彼女に釣られて岳も変な笑いになったが、それでも欲望は増すばかり。

「彩(ひかり)さん」
「村上さんの家?それとも、ホテルがいいかしら?」

あたしの言葉に驚いた様子の村上さん。
あの夜を思い出すために、このチャンスを逃す手はない。

「彩(ひかり)さんにお任せします」

ホテルに行くというのはあまりにも露骨過ぎということで、結局は岳の家に行くことに。
申し訳なかったのは、彼は彩(ひかり)のために好きであろうお店をリサーチしてくれたというのに、ゆっくり食事を楽しむ余裕さえ持てなかったこと。
記憶にないあの時のことを再現させようとやっきになって…。
───ただねぇ、自分だけ覚えてないっていうのが悔しいじゃない。
こういうところが彩(ひかり)らしいのだが、ぜ〜ったい、本当のことは言いたくないし、これだけは言わないんだから。

「彩(ひかり)さん、僕の家で良かったんですか?一度くらい、ミラーボールとか、回転ベッドとか、見てみたかったんですけど」

デパ地下でお互いが好きなデリを適当にチョイスして買ってきたのだが、彼にとってはラブホ体験の方がずっと魅力的だったようだ。
しかし、ミラーボールに回転ベッド…。
今時、そんなもので喜ぶのはあなただけ!!と心の中で叫ぶ、彩(ひかり)。

「村上さんは、ラブホにはそんなに行かないの?」

今夜は何となく中華な気分でエビチリとか酢豚とかを選んでみたが、それをお皿に移してチンする彩(ひかり)は至って冷静。
ラブホ経験が豊富とまではいかないけれど、それなりには利用したことがある。
なんてったって、自宅住まいには必需品なのだから。

「え…まぁ、そんなには」

…というか、彩(ひかり)さんは、ラブホなんて普通なのか?
これだけ、綺麗なお姉さんだったら男も放っておかないとは思っていたが、あまりにあっさり言われてしまうとショックだったりして。
そんな彼女がお見合いなんて原始的なものを受け入れて、ましてや自分のようなKY男とここまで付き合ってくれているだけでも、未だに信じられない事実だというのに。

「じゃあ、今度。だけど、ミラーボールと回転ベッドはビミョーだけど」
「今度もアリですかっ?」
「えっ、ないの?」

岳がまるで、次はないかのような言い方をしたのは、いつ愛想を尽かされてもおかしくないと常々、覚悟を決めているから。
毎回、綱渡りの恋を付けている彼にしてみれば、未来の約束が何よりも嬉しいことに他ならない。

「いえ、楽しみにしてます!!」

───ラブホを楽しみにしているなんて…。
変なの。
前から、そうは思ってたけど…。
クスクスと笑っている彩(ひかり)に釣られて、大声を出して笑う岳。
きっと、結婚してもこんな感じで彼女にとっては至って普通のことでも、彼は何でも子供が初めて体験することのようにはしゃぐのだろう。
ただ、旦那さんの帰りを待って平凡な家庭を想像していたけれど、この人と一緒にいれば、全てが新しい発見になるかもしれない。

「お腹空いちゃったから、食べよ」
「はい。ビールがいいですか?それとも日本酒?お土産にもらったのがあるんですよ」
「えっとぉ」

ここで酔っ払って、また肝心な記憶がなくなったのでは元も子もない。
飲みたいのは山々だけど、グッと堪えてアルコールは抜きに。
耳元で彼に『好き』って愛の囁きを確認するまでは、どんなことだって我慢するわっ。

「酔っ払って、明日になったら村上さんの愛の囁きを忘れちゃったなんてことになるのが嫌だから、今夜は遠慮しておく」
「あぁ、彩(ひかり)さんっ」

まんまと騙されているとは露知らず…。
一生、妻に手綱を引かれることは確定!!
ちょっと岳が、かわいそうな気もしなくもないが、彼にとってはそれが何よりの幸せだということだろう。

さぁ、頑張って彼女を喜ばせなければっ。


To be continued...


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