あぁ、唇がカサカサ。
これじゃあ、どおりで口紅も上手くのらないわけだ。
パウダールームの鏡を覗き込むようにして自分の乾いた唇を見つめながら小さく溜め息を吐くと、そっと隣にいた二十代前半とおぼしき若い女性の唇を盗み見る。
艶々グロスにプルルンっとした唇、羨ましい…思わず見惚れてしまう。
そう言えば、最後にキスしたのって、いつだったっけ?
2年、2年半くらいだろうか、その日からすっかり手入れすらしていなかったのだと今更気付いても遅い。
彼のために一生懸命自分を綺麗に見せようと背伸びしていたあの頃が、懐かしいとさえ思える。
――― 一人でナイター見ながら、あぐらかいてビールとか飲んでるようじゃダメヨネェ。
今日は同僚の結婚披露宴に招待されて久し振りに着飾ってはみたものの、日頃の手抜きがこういう時に表に出るもの。
「あっ、ごめんなさい」
パウダールームを出た角を曲がったところで、危うく男性とぶつかりそうになった。
せっかくのスーツに口紅を付けたりしたら大変。
「おぉ、織田君。ごめんね、スーツに口紅付かなかった?」
「いえ、俺は大丈夫です。小室さん、探してたんですよ。披露宴終わったら、みんなでカラオケ行きましょうって」
「カラオケ?」
「行きましょうよ」と誘う織田君は私よりずっと年下で、まだまだ全然若い。
大人の男性というより、失礼かもしれないが、どっちかというと可愛い感じの私から言わせれば男の子。
でも、若い男性の唇の感触って、どんなだったんだろう。
覚えてない。
やっぱり、柔らかかったのかな?
―――いかんいかん。
私は一体、何を考えて…。
「あの、俺の口に何か付いてます?」
「ん?ううんっ。そうじゃなくって」
慌てて否定したものの…。
―――かぁっ、でも触れてみたぃ。
これじゃあ、まるで飢えた何とかみたいじゃないっ。
「それとも、カラオケはパスして二人でどこかに行きますか?」
「は?!」
「俺は、その方がいいんですけど」なんて、しれっと言う織田君。
―――それって、どういう意味よ。
「ゆっくり、確かめてくれていいんですよ?」
「なっ、何―――」
彼の唇は、とっても柔らかくて心地よかった。
いつまでも、離れたくないと思うほど。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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