「ねぇ、杉…じゃなくって、慧(さとし)。どこに行くの?」
慧は雫(しずく)を引っ張るようにして、バッティングセンターを出る。
「どこって、決まってるじゃん」
「ホ・テ・ル」と慧に耳元で囁かれるように言われ、雫は目を見開いたままその場に歩みを止めた。
―――いきなりホテル?!って、どういうことよ!!
たった今、想いが通じたばかりで…。
「はぁ?何言ってるのよ、ホテルなんてっ」
「お前、声デカイって」
慌てて慧が雫の口を手で押えたが、あまりに大きな声で言ったものだから、二人は歩いていた人達の視線を一気に浴びる。
「ごめんね…っていうか、慧がいきなりそんなことを言うから」
「いきなり?当然の結果だろ」
「当然ってぇ…」
―――そりゃぁ、好きな相手だし、そうなることは彼の言う通りかもしいれないけど…。
ちょっと、早過ぎじゃない?
それにホテルなんて、ヤルだけって感じでムードも何もあったもんじゃない…。
「何だよ。雫は、俺とじゃ嫌なのか?」
「嫌って…そういうわけじゃないけど…」
「だったら、いいだろ?週末なんだしさ、二人だけの熱〜い夜を―――」
「もうっ、そういう言い方やめてっ」
雫は叫ぶように言うと、慧の体を思いっきり押しのけた。
その行動に呆気に取られる慧。
「雫?」
「知らない。そんなに行きたいならあたしとじゃなくて、喜んで相手をしてくれる女の人と行けばいいでしょ!慧ならそういう人、いくらでもいるでしょうからね。あたしと違って、超ナイスバディなっ」
最後のひと言は余計だとも思ったが、口から出てしまったものは元に戻せない。
雫は、慧に背を向けて大股で歩き出す。
―――人のこと、何だと思ってるわけ?
週末だし、一緒にいたいって思うけど…こんなの嫌…。
「ちょっと待てよ、何だよその言い方。まるで、俺が寝るだけの女には困らないみたいな―――」
「だって、そうでしょ?」
今度こそ、雫は言ってしまってからハッとした。
いくら何でも、これはちょっと言い過ぎ…。
「あのなぁ。俺がそんな男じゃないことぐらい、お前が一番よく知ってるはずだろ?」
軽そうに見える外見と口調からか、慧をそんなふうに誤解する人も多い。
初めは雫もその一人だったが、でも本当は違う。
誰よりも、真面目で一途で…。
「雫、ごめん。調子に乗った俺が悪かった。だから、許してくれよ」
「頼む」と最後は懇願されるように言われては、雫だってこれ以上拗ねる理由はない。
それより、謝らなければいけないのは雫の方なのに…。
「あたしこそ、ごめんね。ひどいこと言って」
「俺が悪いんだ。気にするな」
慧は雫を自分の胸に優しく抱き寄せる。
やっと手に入ったのに、こんなことで手放すわけにはいかないから。
「これから、どうする?家まで送って行くか?」
「もう少しだけ、一緒にいてもらってもいい?」
「あぁ、いいよ」
二人は手を繋いで、ゆっくりと歩き出す。
―――こんなふうに手を繋いで歩くなんて、高校生以来かも。
「思い出し笑いなんかして、どうしたんだよ」
「ん?何かね、こうやって手を繋いで歩いてた高校生の頃を思い出しちゃった」
「高校生?」
「うん。あの頃は、純だったなぁって」
周りの目を気にしながら、手を繋ぐというよりお互い指先だけをちょこっと絡めて。
たったそれだけのことなのに、すっごく恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら。
「今は、そうじゃないのか?」
「え?」
付き合っている人がいながら、別の人のことを想ってたなんてね…。
もう、あの頃の自分はいない…のかな。
「今のあたしは―――」
「お前は、変わってねぇよ」
言葉を遮るように慧は言う。
それは妙に自信たっぷりで、雫は思わず笑みをこぼす。
「見てないくせにぃ」
「見てなくたってわかるさ。今だって、ほっぺた薄っすら赤く染めてさ」
―――それは…ついさっきまで同僚兼同期だったはずの慧と、こうやって手を繋いで歩いてるからで…。
「それは…」
「ずっと、変わらないやつなんていない。大人になるって、そういうことだろ?それにお前だけじゃないさ。俺だって同じだし」
「慧…」
―――なんか、慧ったらカッコよ過ぎ。
さっきまでとは、全然違うじゃない。
雫は慧の首に腕を巻きつけ自分の方へ引き寄せると、「好き」って言葉と共に頬にチュッってキスをした。
その不意打ちに慧は固まってしまい、そして…。
「うふふ。慧、顔真っ赤。茹でたタコみたい」
「タコってなぁ…お前がそういうことするからだろっ」
―――あっ、可愛いぃ〜!!
本気で慌ててる慧が可愛いっていうか、愛おしくさえ感じる。
きっと、高校生の頃は雫と同じだったに違いないわ。
な〜んて、褒めている場合じゃなかったわけで…。
慧は雫の腰に腕を回してガッシリと押さえると、別の方向へ歩き出してしまう。
「うわぁっ、ちょっ、なっ何」
「なぁ、やっぱりホテル行こうぜ」
「やっ、ちょっとっ。あたしの話、全然聞いてないでしょっ!」
―――何よ、ちっとも反省してないじゃない。
慧のえっちぃ、スケベ!!
「お前が悪い。可愛いことしてくれるから」
「可愛いのは慧でしょ?ちょっ、聞いてるのっ」
聞いちゃぁいない―――。
…◇…
「…あっ…ん…っ…さ…と…しっ…」
「ここが、いいのか?」
「…ちがっ…ぁ…っん…っ…」
有無も言わさずホテルに連れ込まれた雫は、あっという間に生まれたままの姿にされて…。
―――っていうか、早っ。
慣れているのか、なんなのか…まさに神業とはこのことって、褒めてる場合じゃないんだけど…。
「その顔、めっちゃソソル」
「…ソソルって…あっ…ぁ…っん…っ」
今の慧の前では、何を言っても無駄だろう…。
まぁ、惚れちゃったんだから仕方ないわよね。
彼の希望通り、週末、二人だけの熱〜い夜を過ごしたのでした。
つづく…かも。
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