Happy Happy Birthday
STORY1


あの日、中学の時の初恋相手との最悪の再会の後に出会った雅くんと今は、恋人同士というのがまだ信じられないでいる。
あたしを外見でなく、ずっと好きでいてくれた雅くん。
その愛しい人がこの世に生を受けた日が、あと半月後にやってくる。
プレゼントを何にするかを考えることもさることながら、あたしはもうひとつどうしても彼にあげたいものがあった。

「美花、どうしたの?ボーっとして」

午前中の講義を終えてカフェテリアで昼食を取っていたが、自然に箸が止まっている美花に彩那が話しかける。

「うん、雅くんの誕生日に何をあげたら喜んでくれるかなって」

彩那はついこの間、美花の彼氏である雅巳に会ったばかりだった。
どこか男性に対して臆病になっていた美花に彼氏ができたことも驚きではあったが、あんなにいい男でそれも将来はお医者様なんて…まったくもって羨ましすぎると彩那は思う。
でも雅巳は今の美花ではなく、彩那が高校生の時に初めて出会った頃の地味な彼女をずっと好きでいたことを知って、彼の一途な想いに心を打たれた。
そして、美花がまだ女の子の大事な物をあげていないと知って、つい意地悪なことを言ってしまう。

「そりゃあ、『あ・た・し・を・あ・げ・る』に決まってるじゃない」
「ちょっ、ちょっと!そういうこと、ここで言わないでよっ」

真っ赤になって言い返す美花が、やっぱり女の彩那から見てもすごく可愛いと思う。
自分が変身させたのだという自慢もないではないが、元が良かったからの結果なのである。

「だって〜、そう言ったらきっと雅くん喜ぶよ」
「そういうんじゃなくって、何か記念になる物をあげたいの」
「だったら、尚更いいじゃない」
「うぅっ」

しかし、付き合い始めて早3ヶ月、雅巳もよく我慢しているものだと感心せざるを得ない。
こんなに可愛くて素直で、それにナイスバディの彼女を目の前にして手を出さないなんて…。
大事にしたいという雅巳の気持ちもわかるが、内心は生殺し状態なのだろうと思う。

「そうかもしれないけど、それとは別に何か物をあげたいんだもん」
「はいはい、わかってるって。だけど、彼なら何をあげても喜んでくれるんじゃないの?」

美花の選んだ物なら、どんな物だって彼は嬉しいに決まってる。

「だから、迷ってるんでしょ」

美花は、大きく溜め息を吐くと止めていた箸をゆっくりと動かした。
雅くんはかなりお洒落さんだし、家が医院をやっていることもあって何でも持っているから今更、美花があげる余地はなさそう。
それに美花はバイトもしていないから、正直高価な物は渡せそうにない。
―――これじゃあ、どうにもならないじゃない…。

「そんな悩むことないじゃない。美花が雅くんにこれならって思うものをあげればいいんだから。それは決して高価な物とかそんなんじゃなくていいの、気持ちがこもってればね」
「うんそうだね、もうちょっと考えてみる」

彩那の言うように高価でなくても雅くんを想って選べば、きっとぴったりなものが見つかるに違いない。
取り敢えず、帰りにデパートでも覗いて帰ろうと思う美花だった。

+++

結局色々見て回ったあげく雅くんに選んだのは、彼のお気に入りブランドのシンプルなカジュアルシャツ。
記念に残るものという感じではないけど、これならいくつあっても迷惑にならないかなって思ったから。
そして、後は雅くんをあたしの部屋に誘うだけ。

「もしもし、雅くん?」
『美花?』
「うん、雅くん今話しても平気?」
『全然平気、っていうか美花からの電話なら何があっても出るし』

雅くんは付き合うようになってから、こういう恥ずかしいことを平気で口にする。

「もうっ、そういう恥ずかしいこと言わないでっ」
『美花、もしかして赤くなってる?』

今まさにその状態を言い当てられて、なんと返していいかわからない。
雅くんはこうやってあたしをからかうのも、日課のようになっている。

「赤くなんて、なってないもん!」
『ほんと?側で確かめられないのが残念』
「そういうこと言うと、切るからね」
『ごめんって、美花の反応が可愛いからつい。で、どうしたの?』

せっかく、美花から電話を掛けてきてくれたというのにここで切られて気まずい思いは絶対にしたくない。

「うん、あのね今週末、土曜日なんだけど空いてる?」
『土曜日?特に予定はないけど』
「じゃあ、うちに来てくれる?」
『美花の家に?』

街で偶然出会って、泣き出してしまった美花を落ち着かせるために雅巳の部屋に入れて以来、この3ヶ月お互いの家に行くことは一度もなかった。
というよりも、もし部屋で二人きりになってしまったら雅巳の方が気持ちを抑えきれる自信がなかったからだったのだが…。
それが、美花の方から自分の家に来るように誘うなんて…。

「ダメ?」

―――嬉しすぎて、ダメなんてことがあるはずがない。
つい顔がニヤけてしまうが、さっき美花をからかった手前こんな顔をしているのを悟られないように冷静に答える。

『いいに決まってるよ』
「良かった。じゃあ、夕食を作って待ってるからね」

―――夕食?ってことは、夜だよな。
そんな時間に…期待してもいいのか?

『わかったよ。美花の手料理は初めてだから、楽しみにしてる』
「あんまり上手くないけど、精一杯作るからね」

雅巳は土曜日が自分の誕生日だということをすっかり忘れていたから、なぜ急に美花が自分を家に誘ったのかその時はわからなかった。
ただ、嬉しさだけがこみ上げて来て、電話を切った後も暫くはニヤけながら携帯を見つめていた雅巳だった。

+++

土曜日は朝早くから起きて、料理の準備にかかる。
メニューは、雅くんの大好きなハンバーグ。
デートの時に食事をするといっつもこれを頼むんだけど、子供の頃からずっと変わっていないのがあたしの知っている雅くんのままですごく嬉しかったりもする。
でも高校に入ってからは寮生活だったし、大学で独り暮らしを始めてしまったことでお母さんに料理を習うなんてできなかったから、自己流ではっきり言って自信がない。
―――こんなことなら、夏休みにきちんとお手伝いしておくんだったわ。
などと今更言っても遅いわけで、とにかく雅くんのために心を込めて作るしかないと一生懸命手を動かした。
それと同時に思い起こされるのは、雅くんにあげるプレゼントで悩んでいた時に言われた彩那の言葉である。

『あ・た・し・を・あ・げ・る』

もちろんそのつもりで今日雅くんを呼んだのだが、彼はわかっているだろうか?
『美花が、俺でいいって思えるまで待つから』と言ってしまった手前、雅くんは手を出したりはしないが、それを抑えていることをあたしは薄々感じていた。
だって、雅くんの家にはあの日以来一度も行っていないし、デートの帰りにいつもあたしの家まで送ってくれて、『ちょっと寄って行く?』と聞くと決まって『遅いから』って断っていたんだから。
すごくドキドキするけど、雅くんにならあげてもいい。
今日のために可愛い下着と外では初デート以来着ないようにしているフレアのミニスカートに可愛いお花のコサージュがいっぱい付いたカットソーのカーディガン。
一応女の子だから着る物とかそれなりに気にはしていたけど、彼氏ができた今は全然違う気がする。
気に入ってもらえるだろうか?とか相手のことを考えて選ぶのって、幸せなんだなって思う。
そんなことを考えていると約束の18時になろうとしていた。

ピンポーン―――。

あっ、雅くんだ。
ちょうどきっかりにブザーが鳴った。
急いでドアフォンを取ると愛しい人の声がして、走って(そんなに広い部屋じゃないけど)玄関のドアを開ける。

「雅くん、いらっしゃい。どうぞ、狭いけど中に入って」
「お邪魔します。あっ、これ近くの花屋さんで買ったんだ。美花の家に初めて来た記念」

雅くんが手に持っていたのは、可愛いピンクとオレンジのガーベラのブーケだった。

「わぁっ、ありがとう。雅くん」

 チュッ。

一瞬、雅くんが固まった。
それもそのはず、あたしは雅くんのほっぺにチュッってキスしていたのだから。
今日は雅くんの誕生日なのに気を使わせちゃったなって思ったけど、嬉しさのあまり自分でもビックリするような大胆な行動を取ってしまった。
それを誤魔化すように「すぐ食事の用意するから」とあたしは1人奥のキッチンに入って行った。

+++

ドアが開いて真っ先に目に飛び込んできたのは、ミニスカート姿の美花だった。
あの初デート以来、ミニスカ禁止と言っていたからこの姿を再び目にするとは思っていなかった。
そして、不意のほっぺにチュウ。
―――これは反則だろう。
暫く放心状態の後、初めて入る美花の部屋は、やはり女の子だなと雅巳は思った。
8畳ほどのフローリングに小さなキッチンが付いている。
雅巳は美花に言われて、白いローテーブルの側に腰を下ろすと周りをそれとなく眺めてみる。
昔からピンクが好きだったからか、カーテンにしても小物にしてもほとんどがその色に統一されていた。
つい花柄のカバーに包まれたベットが目に入ってしまい、雅巳は慌てて別のところに視線を泳がした。

「すごくいい匂い、それってもしかしてハンバーグ?」
「そう、雅くん好きでしょ?でも、上手くできたか自信ないんだけどね」
「大丈夫だよ。美花の作ってくれたものなら、美味しいに決まってるからね」

こんなふうに言われると正直照れるんだけど、女としてはやっぱり嬉しいかな。
フライパンで少し焼き目を付けてからオーブンに入れて、もう一度じっくり焼く。
その間にテーブルの上にコーンスープとサラダに普段はあまり飲まないけどロゼワインを用意した。
そしてイチゴのたくさんのったショートケーキにローソクを立てて、火を点ける。
雅くんは甘いものは苦手だけどフルーツのイチゴだけは好きだったから、ちょっとでも食べてくれるかなって思って。
照明をスタンドの灯りだけにすると雅くんは、ちょっと驚いたような声を上げた。
そんな雅くんを他所にあたしは、ケーキをそっとテーブルの上に載せる。

「雅くん、21歳のお誕生日おめでとう」
「え?今日って…。すっかり、誕生日のことなんて忘れてた。美花、覚えていてくれたんだ」
「もちろん、忘れてなんかいません。それより、ローソク吹き消して」
「あぁ」

雅くんは、一気にローソクの火を吹き消した。
部屋の灯りを点けると雅くんが、あたしをぎゅうって抱きしめる。

「ありがとう、美花。俺、こんな嬉しい誕生日初めてだよ」
「ほんと?あっ、ハンバーグそろそろ焼けたところだから、食べよ」

もっと美花を抱きしめていたい雅巳だったが、せっかく作ってくれたハンバーグを食べないわけにもいかず…。

「はい、どうぞ」
「うわぁ、美味そう」

その前にワインを開けて、もう一度雅くんにおめでとうって言って乾杯する。

「いただきま〜す。   ―――うん、美味い」

雅くんは、ハンバーグを口にすると開口一番「美味い」って言ってくれた。
それがとても嬉しくて、さっきまでの緊張も少し和らいだ気がした。

「良かった。あっ、忘れないうちに渡さなきゃ」
「何?」
「プレゼント。雅くんに似合うかどうか」

ハイって渡されたのは、雅巳が気に入ってよく買っているファッションブランドの包装紙に包まれたもの。

「ありがとう、ごめんな気を使わせて。開けてもいい?」
「うん」

包装を開けると入っていたのは、シンプルなシャツだった。
―――それも、すっげぇ俺好み。

「何にしようかすごく迷ったんだけど、シャツだったらいくつあってもいいかなって」
「すっげぇ、俺好みだよ。さすが美花、センスいい」
「そう言ってもらえると嬉しい」
「ありがとう、美花」

何度ありがとうと言っても言い足りないほど、雅巳にとっては美花の気持ちが嬉しかった。
今までそれなりに女の子と付き合ったこともあったが、正直こういうのは面倒でうざったいというか勘弁してくれという感じだった。
それが、相手が美花だとこんなにも受け止め方が違うものなのか?
何をされても嬉しくて仕方がない。
―――でも、こんな可愛い美花を前にして俺は、このまま理性を保てるのだろうか…。
というか、もう我慢なんてできないんだ。


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