君だけに
Story1


「恭ちゃんっ、おはようっ!!」

勢いよく玄関のドアを開けると開口一番こう叫んだ制服に身を包んだ可愛い少女は、廊下を通ってまずリビングに顔を出す。

「おばさん、おはようございます」
「あら、美春ちゃんおはよう。早いのね。でも恭ったら、まだ寝てるのよ。美春ちゃん、起こしてきてくれるかしら?」
「え〜、恭ちゃんまだ寝てるんですか?」

美春は、階段を上がって手前にある部屋の前に立つと躊躇わずにドアを開けた。

「恭ちゃんっ!もう、何時だと思ってるの?学校に遅刻しちゃうじゃないっ」

そう叫んでみても、ベッドに頭まですっぽりと布団をかぶって眠っている人物は、起きる気配もない。
というか本当は目が覚めていたのだが、男には男の事情があるのである。
ましてや、可愛い美春にこんな姿を見られるわけにはいかない。

「う〜ん」
「恭ちゃんっ。う〜んじゃないでしょ?早く着替えて学校行こう」
「学校なら、ひとりで行けよ。どうせ、駅までなんだから」
「何言ってるの?今日から恭ちゃんと同じ、成翔学園に通うんじゃない」
「あ?」

―――そうだった…。
美春は、今日から高校生か。

この少女の名は、倉本 美春。
俺こと早乙女 恭の隣の家に住んでいる。
この辺一体が、大規模に宅地造成された8年程前に同時期に越して来た幼馴染だった。
当時美春は小学校に入ったばかり、恭は2年生に進級した時だったのだが、彼女はお嬢様と言われる聖愛女学園に、恭は成翔学園の初等部に通っていたから同じ学校に通うことはなかった。
お互い学校が反対方向にあったため、一緒に行くにしてもせいぜい駅までである。
それに見ての通り、恭は朝がめっぽう弱い。
だから、今まで一度も一緒に行った覚えはない。
その女子校に通っていたはずの美春が、なぜ恭と同じ成翔学園に通うことになったかというとそれは彼女の強い要望だったからだ。

『恭ちゃんと同じ学校に通いたい』

その気持ちは非常に嬉しいことだったが、恭にとっては複雑だった。
なぜなら、美春は誰もが認める美少女で、そんな彼女が共学の学校に通えばどういうことになるか…。
言わなくても想像できるだろう。
恭だって美春と同じ学校に通いたいという気持ちがなかったわけではないが、女子校に通っていれば悪い虫もつかず安心していられると思ったのだ。
なのに彼女は恭の反対を押し切って高校受験をし、晴れて今日から同じ学校に通うことになったと言うわけだ。

「ほらっ、恭ちゃん。ボケッとしてないで、起きてったら!」

ボーっとそんなことを考えていた恭の布団を美春が、一気に剥がした。

「うわっ、馬鹿。やめろっ」

Tシャツにトランクス姿で寝ていた恭は、慌てて美春から布団を奪い返すと下半身を隠す。

「恭ちゃんたら、何恥ずかしがってるの?お風呂だって一緒に入った仲なのに」
「それ、いつの話だ?」
「うん?小学校の頃?」

しれっと言う美春だったが、彼女はまだ大人の男というものを知らないのだろう。

『いや、知らなくていい』

そう心の中で思いながら、取り敢えず美春を部屋から追い出すといつもよりかなり早い時間だったが、仕方なく制服に着替えてリビングに下りて行ったのだった。
美春は既に自分の家で食事は済ませていたから、恭が食べ終わるのを待って一緒に家を出る。

「お前さ、何でわざわざ受験なんかしたんだ?そのまま通ってたらよかったのに」
「だって、恭ちゃんと同じ学校に行きたかったんだもん」
「同じ学校って言ったって学年が違うんだし、あんまり意味ないだろう?」
「恭ちゃんは、あたしが同じ学校に通うの迷惑だった?」
「あ?誰もそんなこと言ってないだろうが」
「だって…」

恭の言い方が悪かったのか、すっかり落ち込んでしまった美春。
本当はこんなことを言うつもりはなかったのだが、恭は美春の前ではつい意地を張ってしまう。

「そんな顔するな、美春は笑ってる方が可愛いんだから。俺だって、美春とこうして学校に行けるのは嬉しいよ」
「ほんと?」
「あぁ」

恭は、美春の髪をくしゃくしゃっと撫でると「やだ〜せっかく綺麗にブロウしたのに〜」という声が返ってきたが、どんな彼女でも可愛いと思ってしまう。

「ほら、遅れるから行くぞ」

そんな気持ちを誤魔化すように美春の背中をポンっと押した。



学校に着くと恭の教室は3階にあり、美春の教室は1階にあるため、一緒に帰る約束をして入口で別れる。
恭が、2年C組の教室に入ると真っ先に親友というか悪友の高津 雄太がやって来た。
彼は初等部からの腐れ縁というやつで、なんと10年以上もずっと同じクラスだった。

「恭、おはよう。なんだよ、あの可愛い子ちゃんは」

窓から美春と恭が、一緒に来るところを見ていたのだろう。
それにしても、チェックが早い男だ。

「別に」
「別にってことはないだろう?恭が女の子と一緒に来ること自体、見るのが初めてなんだ」

―――確かにそうだな。
雄太の言う通り、恭が女の子と学校に来るどころか、会話すらしているところを見た者はいないと言っていい。
それくらい恭は、女の子とは無縁の学園生活を送っていたのだった。

「たまには、そういうこともあるんじゃないのか?」
「何、他人事みたいに言ってんだよ。誰だよあの子。見たことない顔だったから、外部からの新入生か?」
「お前、親父の会社を継がずに探偵にでもなった方がいいな」

雄太は、父親が会社を経営しているという将来有望なお坊ちゃまだった。
が、いかんせん恭とは正反対に雄太は、女の子大好き。
学校中の女の子の情報は、彼の頭の中にインプットされているだろう。
―――かわいそうに…美春もその中に加わってしまったか…。
しかし、元来のおちゃらけた性格のせいか、いつもいい人ねで終わってしまうらしい。
男の恭から見ても、背も高いし、かなりいい男なんだけどな。

「誤魔化すなよ。で、誰なんだよあの子」

隠してもいずれバレルだろうし、しつこく聞かれるに決まっている。
だから、雄太にだけは話しておく方がいいだろう。
そう思って、恭は美春のことを話し始めた。

「隣の家の子だよ。今まで、聖愛女学園に通ってたんだけどさ、俺と一緒の学校がいいって受験したんだ。あいつ可愛いし、悪い虫がつくといけないから俺は反対したんだけどな」
「はぁ?」

雄太の呆れたような言い方に恭も首を傾げるしかない。
―――ちゃんと話したのになんなんだよ…。

「なんだよ。そのリアクションは」
「お前さ。そういう子がいるんだったら、ちゃんと言えよな」

恭には益々、雄太の言っている意味がわからない。

「言うほどのことでもないだろう?」
「だってお前さ、俺が言うのもなんだけど、ものすげぇいい男じゃん。そりゃ、無口で無愛想だけどさ」

―――無口で無愛想は、余計だっうの。

「悪かったな、無口で無愛想な友達でさ」
「まぁ、最後まで聞けって。どんなに可愛い子に告白されても、なびかないし、かといって誰とも付き合ってる形跡もない。女嫌いか、もしかして…」
「おいおい雄太、全然フォローになってねぇって。それに俺を変態扱いするな」

さすがにそこまで思ってはいなかったが、初等部時代から見ている雄太にはそこだけが唯一謎だったのだ。
しかし、その答えがやっとわかったような気がした。

「そうか…とうとう、お前にもなぁ」
「うるさいっ」

恭は、心の中を見透かされたようで、それを隠すように雄太の額を指で軽く弾いた。


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