「なぁ、兄貴」
今は、残業の合間の短い休憩時間。
残業してまで仕事をしないというのが海のやり方だったが、兄の湊を見ているせいか、その考えも段々と変わりつつあった。
早く帰ってティナの顔が見たいとは思いつつも、やっぱり仕事もデキル男でないと格好がつかないから。
「ん?どした」
湊が自販機でコーヒーを買っていると弟の海も飲み物を買いにやって来たのだが、何やら妙に真剣な様子。
「あのさ、ホワイトデーって何をあげればいいんだ?」
「ホワイトデー?」
―――なんだ、そういうことか。
湊は既に考えていたが、あまりそういうことには慣れていない海には悩みどころだったのだろう。
「兄貴はもう、決めてるのか?」
「俺?まぁな」
「はぁ?なんだよ、冷たいなぁ。俺に内緒で」
何でも話しているはずだったのに、こういう肝心なことは内緒にして…。
黙っていた湊に、海は少々不服のようだ。
まぁ、ティナが同じアパートの隣の部屋に越してきたことも秘密にしていたわけだし…。
「こればっかりは、海にも言えないからな」
「言えないことって、何だよ」
「さぁな」
湊はワザと意味深な言い方をして海の方をポンッと叩くと、自分の席に戻って行く。
「ちょっ、兄貴っ。なんなんだよっ、教えろよ!」
海は湊の背中に向かって叫んだが、兄は右腕を上げてヒラヒラさせるだけだった。
―――ったく、何だよ兄貴のやつ。
だけど、言えないことって何なんだろう?
兄が何を企んでいるのか皆目検討がつかない海だったが、それよりホワイトデーにはティナに何をあげたらいいのかを考える方が先だった。
+++
ホワイトデー当日、男性社員は恥ずかしそうに女性社員達に綺麗にラッピングされた小さな包みを配っている。
「帆波さん、ホワイトデーにいっぱいもらっちゃいましたね」
「うん、どうしようこんなに」
帆波とティナの机の上には、ホワイトデーにもらった大量の包みの山。
バレンタインにあげた数だけ返って来ただけなのだが、倍くらい多いように見えるのは気のせいだろうか?
「でも、女の子には嬉しいですね。甘いものをいっぱいもらえるのは」
「そうね。これで、おやつには困らないわ」
「ところで、本命からはどんなお返しをもらえるんでしょうね」
ティナは彼氏である海からは、どんなお返しがもらえるのか気になっているようだ。
「きっと海さんのことだから、ティナちゃんのために一生懸命選んだんじゃないかなぁ」
「湊さんもですね。あっ、もしかして二人で一緒にってこともあるかもしれませんね」
「そうかも、あの二人仲いいから」
結局、最後まで海が何度聞いても湊に教えてもらえなかったことを彼女達は知らないわけで…。
―――湊のことだから、まだ食べたことがないような極上スィーツを買って来てくれるのかも。
彼が買って来てくれるものはどれも帆波好みで美味しいから、きっとそうに違いない。
あ〜楽しみっ。
夜が待ち遠しい帆波だった。
◇
湊とは特にいつもと変わらない会話を交わし、それほど遅くならないと言っていたから夕食も帆波の家で食べるものと普段よりちょっと頑張って料理を作ってみることにする。
ワインも用意して、テーブルコーディネートもいつもより可愛らしく。
「これで、ヨシっと。でも、遅いなぁ湊。今夜はそれほど遅くならないって言ったのに」
時計を見れば、9時になろうとしているところ。
すっかり、準備も整っていたというのに肝心の湊が帰って来ない。
仕方なくソファーでテレビを見ていると、バックに入れっぱなしだった携帯が鳴り出した。
「もしもし、湊?」
『ごめん、遅くなって』
「ううん、今どこにいるの?まだ、会社?」
『家にいるよ』
「えっ、家に?帰ってたの?」
てっきり、会社にいるものとばかり思っていたが、家に帰っていたとは。
だったら、何で帆波の家に来ないのだろうか?
わざわざ、電話なんて掛けたりして…。
『今から、こっちに来てくれないかな』
「湊の家に?食事は?」
『いいから、ちょっとだけ。後で食べるからさ』
「うん…わかった。すぐ行く」
そう言って通話を切るも、どうも腑に落ちない。
首を何度も傾げながら、帆波は隣の湊の部屋のドアの前に立つ。
勝手に入るのも何だからと、取り敢えずブザーを押すと鍵は開いているから入ってきてと言う彼の声がドアホン越しに聞こえてきた。
「お邪魔します〜」と断ってから、ゆっくりドアを開けて中に入ると電気も点けずに真っ暗。
「ちょと、湊。電気も点けないで、どうしたの?」
「大丈夫だから、壁伝いに入って来て」
言われるままに壁伝いに廊下をゆっくりと歩いて行き、部屋のドアを開けて中に入ると―――。
「えっ…これ…」
そこは数え切れないほどの色とりどりのキャンドルに火が灯り、ゆらゆらと炎が揺れている。
なんとも言えない幻想的な光景に帆波はただ、見とれるばかり…。
「湊?」
そう言えば、湊の姿が見えないが、彼はどこにいるのだろうか。
辺りをキョロキョロ見回していると、背後から抱きしめられて思わず声を上げた。
「きゃっ」
「ごめん。驚いた?」
「もうっ、湊ったらびっくりしたわよっ。でも、どうしたの?これ」
帆波の予想以上の驚き方に湊は満足そうだ。
驚きだけでなく、気に入ってもらわなければ困るけれど。
「今日はホワイトデーだから帆波を驚かそうと思って演出してみたんだけど、気に入ってくれた?」
「うん。すっごく素敵」
「良かった」
まさか、彼がこんなふうに自分を迎えてくれるとは…。
思ってもみなくて、胸の奥がジンッと熱くなってくる。
「ありがとう」
「どういたしまして、でもこれだけじゃないんだよ」
「まだ、何かあるの?」
湊が後ろ手に持っていたものを帆波の前に差し出した。
それは、ホワイトデーにちなんだ白いバラの花束。
「わぁっ、バラの花?綺麗」
男の人に花束をもらうのは、初めて。
―――いっぱいあるけど、何本くらいあるのかしら?
「帆波の歳の数と同じ、25本あるんだよ。これから先ずっと、毎年一本ずつ増えていけるようにね」
「ずっと?」
「あぁ、ずっと」
「湊…」
帆波の瞳からは、思わず一滴の涙が零れ落ちた。
目が霞んで視界が良く見えない…。
―――ん?
一本だけ、バラの花びらの中央がキラキラ光っているものがある。
何かしら…。
そっと手を触れてみると、それは―――。
透明に輝くダイヤモンドのリング。
「これ…」
「このリング、左手の薬指にはめてもいい?」
「え…それって…」
「俺のお嫁さんになって欲しいんだ」
一瞬引っ込んでいた涙が、一気に溢れ出した。
今度は霞むどころか、全く前が見えない。
「湊ぉ…っ…」
「泣かないで、ちゃんと返事を聞かせて?」
「…だってぇ…」
「ほら、ね?」
急なことで、こういう時は何て返せばいいのかわからなかったけど、帆波の心の中の返事はひとつだけ。
「…うっ…ん…っ…湊の…お嫁さんに…して―――」
最後まで言い終わらないうちに湊に全身で抱きしめられた。
まさか…こんなサプライズが待っているなんて…思わなかった。
涙を拭うように湊のくちづけが降ってきて、最後にお互いの唇が重なる。
一度離れても、また重なって…。
どれくらいそうしていたのだろう、すっかり涙も乾いて湊はダイヤのリングを帆波の左手の薬指にはめた。
キラキラと輝いて本当に綺麗。
「好きだよ、帆波。一生幸せにするから」
「あたしも好き、湊が大好きっ」
再び唇が重なって、二人にとって忘れられないホワイトデーの夜になったのでした。
To be continued...
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