※ 本編及び、特別編 WHITE ROSEの後にお読み下さい
帆波の表情がある日を境に、とっても素敵なものに変わった理由をティナは知っていた。
元々可愛らしくて魅力的な彼女だけど、それはより一層輝いて周りの人達に美しい光を放つ。
ふと彼女の左手に視線を落とすと、今はそこにはないリング。
『大切なものだから、会社にはしてこられないの』と嬉しそうに話していたのが目に浮かぶ。
ティナは自分の左手の薬指にそっと触れると、小さく溜め息を吐いた。
ホワイトデーの日、本命からのお返しは、何をもらえるかしら?そんな会話を帆波としていたティナだったが、『もしかして二人で一緒にってこともあるかもしれませんね』と何気なく言った自分の言葉がなんだか今となってはとても虚しく感じられた。
「幸せそうよねぇ、帆波」
ちらっと帆波に視線を送りながら、ティナのところへ「これ、お願いね」と書類を持って来た真由ももちろん彼女が変わった理由を知っている。
「はい。私も幸せを分けて欲しいですぅ」
「ティナちゃんは、まだなの?海さんとは」
何気なく言われたひと言にティナの表情が曇る。
まだ付き合い初めてそれ程月日が経っているわけでもないし、自分の年齢を考えれば将来的にそうなればいいなという思いはもちろんある。
本音を言えば、やっぱり帆波が羨ましい。
「私は、まだまだですよ。将来そうなったらいいなぁって、思いますけど」
「そっかぁ。ティナちゃん若いから、もうちょっと彼との恋愛を楽しんでもいいかもね?」
「そうですね。でも、羨ましいなぁ帆波さん」
今の関係に不満があるわけじゃない。
両想いになれただけでも幸せなんだと思わないと。
ティナは真由から受け取った資料に目を通すと、すぐにそれをパソコンにインプットし始めた。
◇
「しっかし、兄貴もやるよな。道理で俺に教えてくれないと思ったんだよ」
珍しく、湊と海は会社帰りに居酒屋で一杯やっていた。
家に真っ直ぐ帰っても、今頃愛しい彼女達はどこぞで美味しいディナーでも食べているはず。
だったら、男同士でたまにはどうかと。
実は海が、湊の電撃プロポーズの真相を聞き出すための口実だったのだが…。
「こればっかりは、海にも言えなかったからな」
二人はビールのジョッキをカチンと合わせる。
仕事の後の一杯は格別だ。
口の周りに泡を付けながら、一気に半分ぐらい飲み干していた。
「兄貴も、とうとう結婚か」
「何だよ、しみじみと」
「だってさ、あんまり結婚する感じじゃないかなって」
海はジョッキに残っていたビールを飲み干すと、湊の分も追加注文する。
この調子で行くと、今夜はかなり飲みそうだ。
「そうか?」
そんなこともないという様子の湊だったが、こんなに早くプロポーズをするとは本人でさえ思っていなかったこと。
それだけ、帆波にゾッコンだという証拠だろう。
「俺も結婚したくなったなぁ」
頼んでいた追加のビールと一緒に運ばれて来た焼き鳥を頬張る海。
ここの“ねぎま”が、超美味い。
しかしながら、どうやら海も結婚したい病を発症してしまったようだ。
双子だからといって、ここまで一緒に拘る必要もないと思うのだが…。
「高畑さんと、そういう話は?」
「っていうかさぁ、彼女はまだ21だからな。これから先、俺以外の男とも恋愛していくかもしれないし」
あと1〜2年付き合っていけば、海自身もそろそろ身を固めようという気持ちも生まれてくるかもしれないが、今のところそこまでいってはいなかった。
結婚、結婚と先走って彼女に引かれても困るから。
「いいのか?そんなこと言って。彼女が自分以外の男と付き合うなんてこと、考えられるのかよ」
「それは…」
…考えられるはずがない。
俺以外の男となんて…。
職場でも彼女を見ているやつらの視線が気になって気になって、仕事が手に付かない時だってある。
いっそのこと、家に閉じ込めて出さないようにしたいとも。
今夜は俺のことじゃなくて、兄貴のことを聞くはずだったんだ。
「で、式はいつ挙げるんだ?」
「あ?まず彼女の家に挨拶に行って。その後、式場探しやらなんやらだから、半年か一年くらいは先になるんじゃないかな」
上手くはぐらかされたような気がした湊だったが、帆波にプロポーズはしたものの、式を挙げることについてはそれ程急ぐこともないと思っていた。
焦る年齢でもないし、こういうものは男よりも彼女が納得のいくものにしたいと思っていたから。
「ふううん、そっかぁ。じゃあ、その間に俺がティナにプロポーズしたら、一緒に結婚式挙げられるかもな」
「そういうこともあるかも。でもなぁ、そんなことで将来を決めるなよ?」
「わかってるって。その時は浅倉にしたプロポーズ、俺にも教えてくれよな」
あっという間に2杯目のジョッキを軽く空けた海は、すぐに3杯目を追加していた。
◇
「海さん、こんなに飲んじゃって」
「ごめんな。あいつ、初めっからペースが速くてさ」
すっかり酔っ払って寝込んでしまった海をなんとか家まで連れ帰った湊だったが、ティナが心配半分の呆れ顔で見つめている。
でも、こういう時に彼女が近くに住んでいるというのは便利だなと思ったして。
「いいえ。送っていただいて、ありがとうございました」
「ほら、海さん。あとで、湊さんにお礼言って下さいね。もうっ、ちゃんとベッドで寝て下さいよ?スーツも脱がないと皺になっちゃいますから」と既に若奥様のようなティナに帆波と湊はその姿を微笑ましく思いながらも自分達の部屋へ戻って行く。
「ティナちゃんも大変ね」
「だなぁ」
「お茶入れるわね」とキッチンへ入って行く帆波を見つめながら、ドキッとするくらいどんどん綺麗になっていく彼女。
それは、あの日以来だということを湊自身が一番よくわかっていた。
ゴージャスなホテルに泊まって夜景を見ながらとか、クリスマスに雪を見つめながらとか、もっとロマンチックなプロポーズはあったのかもしれない。
一生に一度のことだから、彼女のために精一杯のことをしてあげたかった。
それが、あれで良かったのだろうか…。
こんな部屋で…。
「はい、お茶」
「ありがとう」
そんなことを考えていたために一瞬、湊の返事が遅れた。
「飲み過ぎた?」
「ううん。帆波が、綺麗になったなぁって」
「何、それ」
湊の隣に座ってお茶を飲む彼女の頬が、ほんのりピンク色に染まっているのを見逃すはずがない。
そっと帆波の肩を抱き寄せると、そのまま彼女が湊の肩に頭を凭れ掛けた。
こんな何でもない時間がとても幸せに感じられるのは、将来を誓った相手だからだろうか?
「あいつさぁ、海のやつ。俺達を見て、結婚したくなったらしいよ」
「海さんが?なんだかティナちゃんも、そんな感じだったって真由が言ってたのよね」
兄といっても双子だから、釣られてその気になったのかもしれない。
「式はいつ挙げるのかって聞くから半年か一年くらい先になるだろうって答えたら、その間に俺がティナにプロポーズしたら一緒に結婚式挙げられるかもだってさ」
「えっ、海さんそんなことを言ってたの?」
「あぁ」と笑う湊。
―――そうなったら、それはそれですごく嬉しいかも。
でも、双子の兄弟が同じ日に結婚なんて話題になりそうねぇ。
「そうなったら、いいな。ティナちゃんが、義妹になってくれたら嬉しいもん」
「このまま二人が、そういう方へ自然にいってくれれば俺も嬉しいよ」
湊がそっとくちづけると、二人だけの甘い時間(とき)が始った。
+++
帆波と湊の幸せな二人とは正反対に、ティナと海との間には見えない壁が…。
「海さん、どうしたんですか?元気ないみたいですけど」
ジュースの自販機の前でボーっと立っていた海。
飲み物を買いに来た帆波が、どうしたのかしら?と声を掛けた。
「いや、ちょっと仕事が忙しくてさ」
一番の理由はこれではないけれど、二番目としては本当のこと。
時期的にも月末は色々と忙しい。
「月末ですからね。その分、た〜っぷりティナちゃんに癒してもらって下さい」
帆波は、お財布からコインを取り出すと自販機に入れる。
お金を入れてから何にしようかなと悩むあたり、彼女らしいなと後ろから海は眺めていたりして。
「なぁ、浅倉」
帆波は迷った挙句、今日はミルクティーな気分とボタンを押すとガチャっと音と立てて出てきた缶を取り出して側の椅子に座る。
見れば、真剣な表情の海。
――― 一体、何かあったのかしら?
彼は飲まないのか、そのままそこに立ったままだった。
「あのさぁ、兄貴にプロポーズされてどうだった?すぐOKしたんだろ?」
「はい。もう、びっくりしてバラの花束をもらっただけでも泣いちゃったのに、その中にダイヤのリングがあって。もう、ぐちゃぐちゃでしたね。でも、すごく嬉しかったです。キャンドルの火が部屋にたくさん灯っていて幻想的で。湊の気持ちが、いっぱい入ってました」
「最高のプロポーズでしたよ」と話す帆波のそれは心からの言葉だろう。
…あぁ、ティナにもこんな顔をさせることが、俺にもできるのだろうか。
どんなプロポーズだったのか聞きたかったが、聞かなければよかったかなと思うくらいだ。
「さすが、兄貴だな」
「海さんは、海さんです」
「あ?」
帆波は缶をバシャバシャと上下に振って、プルタブを引くとグイッと飲む。
その様子を見つめている海。
「海さんらしく。あっ、今はティナちゃんだけをしっかり見つめてあげて下さいね」
焦ることもないし、真似ることもない。
今は、彼女だけを想っていればそれでいいと思うから。
「そうだな。あぁ〜何だか幸せなやつの言うことってさぁ、説得力あるよ」
帆波のひと言で海の中の何かがスーッと消えて行く、そんな気がしていた。
◇
ティナの部屋で夕食を共にするのは、ほぼ毎日のこと。
壁がなければいいのにと思うが、今の二人にはもう少し必要なのかもしれない。
「ティナ、ちょっとこっちに来て」
ポンポンと海が隣の空いている場所を手で軽く叩いて、ティナを呼ぶ。
「は〜い」と返事をする彼女はなんと可愛らしいのだろう、何もなくてもつい呼んでみたりして。
すぐにやって来た隣に座る彼女の腰に腕を回して抱き寄せる。
「俺は、ティナのことがすっごく好きだから」
「海さん、どうかしたんですか?」
真面目な顔で、いきなり言い出した言葉にティナが疑うのも無理はない。
もしかして…そんな不安も微かに彼女の頭を過る。
「どうもしないよ。ただ、言いたかっただけ」
「私も海さんが、好きです」
恥ずかしそうに、それでもきちんと目を合わせて言うティナ。
だからこそ、自分の今の想いだけはどうしても彼女に伝えておきたい。
「いつか、俺のお嫁さんになって欲しいんだ」
「えっ」
最近、ちょっぴりだけど二人の間が遠くなったような気がしていただけにこのひと言は不安を安心に変えてくれた。
「いつかなんて言ってごめん」
「いいえ。私、待ってます。いつまでも、ずっと」
「ティナ」
…将来を共にする相手はティナだけ。
ただ、もう少しだけ今のままでいたいという俺の我侭を許して欲しい。
『海さんらしく。あっ、今はティナちゃんだけをしっかり見つめてあげて下さいね』と言ってくれた帆波の言葉を思い出し、「この指は、俺が予約したから」とティナの左手の薬指にくちづける。
それまでにしっかり準備して、兄貴に負けないようなプロポーズを考えなければ。
「海さん?」
なぜか、彼のもう一方の手がティナの胸に…。
「こんなに可愛いティナをいただかないわけにはいかないかなぁと」
「もうっ」
「海さんったらぁ」と言おうとした彼女の唇をキスで塞ぐ。
心の中で『愛してる』と囁きながら。
To be continued...
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