桜の花の咲く頃に
Story11


―――はぁ…。

恵はアランのいる副総監室の前で、大きく溜め息を吐いた。
一輝の家に近いところにマンションを用意してくれたのはありがたいと思うが、何も送迎用にポルシェを買うことはないだろう。
それに送迎はもう必要ない。
そこまで過保護にされて、どうするの?

大きく息を吐いてドアをノックすると「どうぞ」というアランの低い声が聞こえ、恵は部屋の中に入る。

「お忙しいところ、失礼します」
「誰かと思ったら、ケイじゃないか。最近、顔も見せないから寂しかったぞ?」

ケイの顔を見るや否や席を立ち上がったアランは、いつのもようにキスの挨拶を交わす。

「すみません」
「まぁ、ケイも色々忙しいだろうからな」

「さぁ」と前にあったソファーを勧められたが、今はゆっくり話をしに来たわけではない。
一応、文句を言いに来たのだから。

「いえ、ちょっと私の送迎車のことでお話に来ただけなので」
「あれは、いいぞ?特別仕様のポルシェだからな」

暢気に答えるアランはマクレガーに電話を掛けると、コーヒーを2つ持って来るように言う。
その後も、車について何やらウンチクを語っていたが、ケイにはそんなことはどうでもいい話。

「そういう問題ではありません。いい場所にマンションを用意して下さったそうですので、そこに越し次第、車は自分で買いますから。送迎用にポルシェなんて、無駄遣いです」
「あはは」

ケイが真面目に話をしているというのに、アランは彼女らしいなと笑い出す始末。

「ボス!笑い事じゃないですよっ」

それがどうにも腑に落ちないケイが大声を出したちょうどその時、コーヒーを持って部屋に入りかけたマクレガーだったがこの場の雰囲気を察し出て行こうとする。

「マクレガー君、気にしなくていいぞ」
「はぁ」

アランに言われマクレガーは再び部屋の中へ入り、テーブルの上にコーヒーを置く。
コーヒーの香りは安定剤になるのか、ケイも自然に落ち着きを取り戻す。

「ありがとう、マクレガー警視。ごめんなさいね、大きな声を出して」
「いえ。どうかなさったのですか?すみません、余計なことを」

つい、聞いてしまったマクレガーは慌てて謝ると部屋を出て行こうとするが、ケイに呼び止められる。

「あっ、待って。マクレガー警視。あのね、ちょっと聞いてもらっても、いいかしら?」
「はぁ」

ケイが咄嗟にマクレガーを呼び止めたのは、彼にも意見を聞きたかったから。
彼はアランと共に日本にやって来た、語学が堪能で若いが有能な人材だと聞いている。
歳はそう変わらないのに落ち着いていて、とはいっても、アランに付いている彼がケイの味方をするとは思えないが…。

「こら、ケイ。マクレガー君まで、巻き込まなくても」
「いえ、こういうことは他の方の意見も聞かなくては」

何の話なのかさっぱりわからないマクレガーだったが、ただ一つわかったのは自分の上司がケイには弱いということ。

「今度、新しく私の送迎用に車を用意してくれたらしいんだけど、それがポルシェだっていうの。どう思う?」

何事かと思ったが、このことか…と、マクレガーはやっと理解したようだ。

「そのお話は、私も伺っております」
「その時、何か思いませんでした?私なんかにそんなお金を使って、とか」

確かにケイの言うように、ただの送迎にあのような高級スポーツカーを導入するのはどうなのか?とは思ったが、彼女の立場を思えばそれもやむをえない。
走りはもちろん、コンパクトなフォルムに小さな窓はもしもの時にターゲットが絞られにくい。
それを操縦する腕がカズキにあるということも、ちゃんと確認済みの上だが。

「笹川警視長の気持ちもわかりますが、副総監もお考えの上のことですから。安全面からいっても妥当ではないかと思いますよ」
「でも…」

マクレガーにこう言われてしまうとケイも返す言葉はないが、満足そうなアランに少々不満顔。

「と、いうことだから。ケイは、何も気にすることなんかないぞ?」
「…わかりました」

素直にいうことをきいたケイに安心したマクレガーは、「では、私はこれで」と今度こそ部屋を出て行く。

「ボス、次回からは私に相談してからにして下さいね」
「わかったよ。で、マンションにはいつ越すんだ?」

これ以上言われると困ると思ったアランは、話題を別のものに変える。

「さっき聞いたばかりですが、今週末には越せるらしいです」
「そうか。俺と同じマンションが空くのを待ってたんだけど、なかなかそうならなくてな」

―――えっ…待ってた…。
道理で家が見つからないと思ったら、そういうことだったのね?
だけど良かったぁ、ボスと同じマンションなんてことになったら大変だもの。

「残念です」

ちっとも、残念なんかじゃないが、ここはアランを立ててこんなふうに言ってみたりして…。

「だから、俺の代わりにカズキを同じマンションに住ませるつもりだから」
「はい?」

―――え?今なんて…。
高梨警視を私と同じマンションに住ませるですって?
嘘でしょ…そんな話、全然してなかったじゃない。

近くに住めることは正直に嬉しいと思ったが、彼まで越させることはないだろうに…。

「あれ?聞いてなかったか?」

―――ワザとね…。
聞いてなかったじゃなくて、言ってなかったでしょう?

「ケイもカズキが側にいる方がいいだろう?」
「ちょっと待って下さい。車のこともそうですが、彼にこれ以上私の面倒をかけさせるのはやめていただけないでしょうか?自分のことは、自分でしますから」

送迎から、挙句の果てに同じマンションにまで越させるなんて…。
こんなんじゃ、彼だって落ち着かない。
いくらアランであっても、きけることときけないことがある。

「ダメだ。これは、命令だ」

いつになく強い口調のアランに、ケイも一瞬目を見開いた。

「いいか?ケイ。これから、SSRは何をしてくるかわからないんだ。まして、進君のこともある」
「父は…」
「ケイにもしものことがあったら、俺はあいつに顔向けできんぞ」

本当はアランもケイをこんな危ない任務に就かせたくはなかったが、父の跡を継いで研究の道に入っていた彼女が大学院を中退してまで連邦警察に入庁した意味を知っているからこそ、できる限り力になりたいと思ったのだ。
しかし、相手は只者ではない。
ケイにもしものことがあったら…アランもその覚悟で東京に来ていたのだから。

「ボス…」
「黙って、俺の言う通りにしてくれ。カズキなら、いや、カズキしかケイを守ることはできないんだ」

アランの言葉にケイは、ただ黙って頷くしかなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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