柿本への挨拶が済むと今度は隣の部屋にある副総監室に足を運ぶ。
さっきと同じように一輝がドアをノックして恵が中に入ると待ってましたとばかりにアランが椅子から立ち上がった。
「ケイ、やっと来たか。俺は待ちくたびれたぞ」
相変わらずの流暢な日本語で右手を差し出すと恵も同じように右手を差し出して、固く握手を交わす。
アランが恵の肩を抱くといきなりキスの挨拶をしたので、一輝はこれまた驚いて思わず視線を外す。
しかし副総監付のマクレガー警視は平然と二人を見守っている。
アメリカ人のアランに対し、恵はアメリカ育ちのアメリカ国籍なのだから当然の挨拶と言えばそうだし、一輝自身も1年間ニューヨークに住んでいたのだからわかっていることなのだが、こればっかりはどうにも慣れないのだからしょうがない。
「すみません、挨拶が遅くなってしまって」
「どうせ、先に柿本のところへ行ったんだろう?あいつ自分のところに先に恵が来るのをわかってて、俺が拗ねてるとかなんとか言ってたんじゃないのか?」
柿本のことをあいつ呼ばわりするのもすごいと思ったが、あまりにも図星だったから恵につられて一輝までも笑ってしまった。
「なんだやっぱりそうか、あのオヤジまったく俺をなんだと思ってるんだ」
「でも、誠小父さんにはボスの力になるように頼まれました。ボスのことを誰よりも考えているんですから、子供みたいにあまり拗ねないでくださいね」
「わかったよ、ケイ」と素直に言うことを聞くアランは本当に支庁のナンバー2なのか?と疑ってしまうくらいで、これじゃあどっちが年上なのかわからないなと一輝は思った。
「ところでカズキはどうだ、いい男だろう?面食いのケイにぴったりだと思って、支庁中探したんだ。ケイのために課の連中に無理言って引っ張ってきたんだぞ、俺に感謝しろよ」
いきなり自分のことを持ち出された一輝だったが、まさか面食いとかそういう理由で引っ張られて来たとは思わなかったから、かなりショックを受けていた。
―――俺は、実力で警視長付になったんじゃなかったのかよ…。
「ボス、そんなことで高梨警視を私付にしたんですか?それじゃあ、彼が可哀相じゃないですか」
恵も呆れ顔でそう返す。
「まぁ、そう怒るなって。それもあるがカズキはいい男だけじゃなくて、頭も切れるし仕事もできる優秀な人間だから警視長付という職に就いてもらった。公私共にケイを補佐するのにぴったりだと思ったんだ」
公私共にという言葉が多少引っかかった恵と一輝だったが、アランの言葉に納得した二人だった。
「本当はすぐにでもこれからのことを話したかったが、ケイも昨日の今日じゃ疲れているだろう?取り敢えず支庁社内でもカズキに案内してもらってから午後にでも改めてここへ来てくれるか?」
「はい、わかりました」
「そうそう、警視監は来週赴任予定でまだ来ていないんだ」
恵も警視監に関しての情報は、まだ何も得ていなかった。
―――来週来るの?一体どんな人なのかしら…。
そんな恵の気持ちがわかったのか、アランは言葉を付け足した。
「今度警視監になるやつは、ケイにとってはものすごく頼りになるはずだから、期待して待っていてくれ。でもカズキにとってはかなり手強いライバルになるかもしれないから頑張れよ」
まさしくボスという呼び名に相応しい体格のいいアランに思いっきり背中を叩かれた一輝は、思わず前につんのめった。
―――俺のライバルって、なんなんだよ。
意味もわからず思いっきり叩かれた一輝はイマイチ腑に落ちなかったが、いつものように高らかに笑うアランにつられて自分も笑みを溢していた。
一通り上司に挨拶を終えた恵と一輝はひとまず、警視長室に戻って休むことにした。
「あ〜疲れたわ」
そう言って、ドッカと革張りの椅子に恵は腰を埋めた。
上司と言っても顔見知りだから緊張するとかそういうのはまったくないのだが、どうにもあの人達はいつまでも恵を子ども扱いしているようにしか思えない。
「警視長、コーヒーでも入れましょうか?」
そんな恵に気遣ってか、一輝がひと言声を掛けた。
「じゃあ、とびっきり濃いのをお願い」
「はい」
一輝は予備室の隣にある給湯室に入って行った。
少ししてコーヒーのいい香りが漂ってくると、一輝はカップをふたつ持って執務室に戻って来た。
「どうぞ」
一輝にカップを手渡されてそれを受け取ると「ありがとう」と言ってコーヒーの香りを嗅いだ。
―――あ〜これを嗅ぐと落ち着くのよね。
コーヒーの香りは、まるで精神安定剤のようだと恵はいつも思う。
特に猫舌というのでもないけれど、なぜか出来立ての熱いものをすぐには口にしない恵だったが、香りにつられてカップを口にしていた。
「あぁ、美味しい〜、高梨警視はコーヒーを入れるのがうまいのね」
一輝の入れてくれたコーヒーは、恵の今飲みたい希望の濃さでとても美味しかった。
「そう言っていただけると嬉しいです。というか私は豆と水をコーヒーメーカーにセットするだけなのですが…」
「その豆の分量が難しいのよ」
いつも適当に入れている一輝には褒められても素直に喜んでいいものかと思ったが、ここは素直に礼を言っておいた。
「ところでつかぬ事を聞きますが、警視長は警視総監ともお知り合いなんですか?」
どうにも気になって仕方なかった一輝は、聞いていいものか迷ったがやっぱり口に出してしまっていた。
「あぁ、誠小父さんのこと?あんな話聞いたらやっぱり気になるわよね。私の伯父、父の兄なんだけどね、誠小父さんとは学生時代からの親友なのよ。だから私も小さい時から知っていて、すごく可愛がってもらったの」
「そうだったんですか」
―――それにしてもすごいな。伯父さんと警視総監が親友なんてな。でも伯父さんは長官とか言ってたけどそれはどうなんだ?
一輝の考えていることがわかった恵は、言いにくそうに話し始めた。
「それとさっき言ってた長官って言うのは、えっと伯父のことね。実を言うと本部の長官をやってるの」
―――はぁ?今、なんて言った?本部の長官って国際連邦警察庁長官ってことか?マジかよ…。
一輝は空いた口が塞がらないというのはこういうことかと改めて感じるほど、その場に放心状態になって突っ立ていた。
「・・・・・」
「高梨警視?聞いてる?」
「あっ、はい、すいません」
いまだに信じられない様子の一輝に恵は無理もないと思ったが、隠していてもいずれ側に居ればバレてしまうこと、全てを話しておく方がいいと判断した。
「このことはみんなには内緒ね。高梨警視はこれから仕事を共にする相手だから本当のことを話したけど、やっぱり伯父が長官だからこの歳で警視長になんてなったんだろうとか言われたくないし」
人には色々な考えがあると思うが、伯父さんが長官でその親友が警視総監だったらちょっとは自慢したくもなるだろう。
それを表に出した方が楽に出世ができたのかもしれない、それを敢えて隠してここまで来たのには余程の努力をしたに違いないのだ。
一輝には恵がとてもすごい人に思えて、身体中に電気が走ったような衝撃を覚えていた。
「はい、わかりました。私はどこまでも警視長に付いて行くつもりですから」
なぜか、ひとりでにそんなことを口走っていた一輝自身も驚いた。
「私になんて付いて来たら、ろくでもないことに巻き込まれるかもしれないわよ」
恵は笑って答えたが、一輝の心は既に決まっていた。
この人に付いて行くと。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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