『ここ?』
一輝の後について来たはいいが、ここ?
店の看板もなければ、暖簾もない。
にも係わらず、若い人たちから年配の人までもが何のためらいもなく、中へ入って行く。
「警視長、どうされたんですか?早くしないと行列ができてしまいますよ」
「えっ。うっ、うん」
―――本当にここ、ラーメン屋さんなの?
なんだか、怪しいわねぇ…。
一輝がそう言うのだから間違いないのだろうけど、どうにもそんなふうに見えないのよね。
疑問を拭えない恵だったが、中に入ってみるとコの字型になったカウンター席に客がびっしりと入っていた。
そして、何よりいい匂い。
「いらっしゃい」という、威勢のいい声に出迎えられた。
「やっぱり、込んでますね。もう少し遅かったら、並ぶところでした」
ちょうど、出入口付近に最後の2席だけが空いていた。
二人はそこに腰掛けたが、壁を見回してみてもメニューらしきものは見当たらない。
「高梨警部、メニューがないんだけど」
「あぁ、ここは、ねぎチャーシュー麺の1種類しかないんです。あとは、ねぎ多めとか大盛りとか、そんな感じですかね」
「え?そうなの」
―――なるほど、だからメニューもないわけね。
確かに周りを見ると、山のようにねぎが入ったラーメンしか食べている人がいない。
それにしても、どんぶりの縁を埋め尽くすように並んでいるチャーシューがすごくない!?
「私はいつもねぎ大目の大盛りですけど、警視長は普通でいいですか?」
「ええ」
一輝が「おじさん、ねぎ大目の大盛り一つと並一つ」と言うと、カウンターの中にいたおじさんが「あいよっ。ねぎ大目の大盛りと並ね」と威勢よく返事が返ってくる。
逆にこの気取らないところが、恵の気を引いていた。
ここは水の入ったポットとグラスが共にカウンターに用意してあり、各自勝手に注ぐらしい。
「どうぞ」と一輝がグラスを恵の前に置いたので、恵は「ありがとう」と礼を返す。
「やっぱり、警視長には似合わないですね」
「そんなことないと思うけど。あぁ、すっごくお腹空いちゃって、早く食べたい」
どこに連れて行ってもこんな顔をされたら、嬉しい反面一輝としてはたまらない…。
そんなことを考えていると、彼女の待ちに待ったラーメンが目の前に差し出された。
「美味しそうっ。いただきます」
一輝の思いなど、今の恵には全く届くはずがない。
彼女の目には、恐らくねぎチャーシュー麺しか映っていないだろうから…。
「うわぁ、美味しいっ。こんな美味しいもの、食べたことないかも」
大袈裟なと思いつつも、恵がお世辞を言わないことを短い間でも一輝は知っていたし、これは自分も同じだったから。
「そうですか?良かったです」
「高梨警視が秘密にするのもわかるわ。それなのに教えてもらって、ごめんね」
「いえ、そんなことは。でも、二人だけの秘密ですよ」
「わかった。秘密ね」
こんな秘密なら、いくつでも作りたい。
美味しいはずのラーメンもこの日ばかりは、恵のことが気になってあまり喉を通らなかった一輝だった。
+++
午後になって約束していた通り、再びアランの元へ二人は足を運ぶことにする。
この後、日本に連れて来られた意味が、わかるのだろうか?
恵の中に段々と緊張感が増してくるのがわかった。
一輝が副総監室のドアをノックして開けると、恵が先に中へ入る。
アランは席で、書類に目を通していたようだ。
「ケイ。支庁社内は、どうだった?」
「はい。一通り回りましたが、みなさん突然の訪問に驚かれたみたいで、悪いことをしました」
「ケイ、まさか自分で行ったのか?」
「ええ、何か」
「いや」
支庁舎内を案内してもらってとは言ったものの、自分で各セクションに挨拶に行くとは…。
そりゃあ、驚くだろう。
ケイらしいと言えば、そうなのだが…その場所に自分も付いて行きたかったと残念に思うアランだった。
「で、ケイ。昼は、どうしたんだ?一緒にどこかへ食べに行こうと思ってたんだが」
「いえ、高梨警視にとっても美味しいお店に連れて行ってもらったので」
「何?美味い店?どうして、俺を誘ってくれなかったんだ」
「え…」
警視長を連れて行くのも躊躇われたのに、まさか副総監も連れて行くなんてこと…。
そんなことをしたら、一輝の心臓がいくつあっても足りないかもしれない。
「カズキ、今度は俺も誘ってくれよ」
えっ―――
それは…。
「だめですよ、ボス」
「どうしてだい?ケイ」
「私と高梨警視との秘密の場所ですから、いくらボスの頼みでも教えられません」
「警視長…」
そこまで言わなくても…と一輝は思ったが、連れて行くと言われても困ってしまう。
「なんだ、そういうことか。もう、二人はそんな秘密まで持つようになったのか」
うんうんと、一人ゴチているアラン。
―――なんか、話が変な方へいってないか!?
「ボス、変な言い方しないで下さいよ。それより、大事なお話があったのではないんですか?」
「そうだ、忘れてた」
話がやっと、肝心な方へ向けられたようだ。
「二人とも、そこへ掛けてくれないか」
急に声のトーンが低くなったアランに、恵と一輝もそれを感じ取って少しだけ緊張が走る。
警視総監の柿本が言っていた厄介なことというのは、何なのか…。
「少し前から、SSRの動きが活発になってる」
「えっ、SSRの?」
SSRとは、ある国家を拠点とする秘密組織のことで、構成員が世界各国のあらゆるところに潜んでいると言われている。
主に政治・経済・軍事機密・科学技術等を盗み出すのが目的で、そのためであれば手段は選ばない。
そのSSRの動きが活発に?
「そうなんだ。SSRの中心人物が、日本に極秘入国しているとの情報が入った」
「日本に…」
恵がベルリンにいる間もSSRの動きは常に注意していたが、最近は落ち着いていただけに一体この日本で何が起ころうとしているのだろうか…。
「やつら、何を企んでいるのかわからんが、とにかく大変なことになる前になんとかしなければいけない。そのためには、ケイの力が必要なんだ」
「わかりました。私にできる限りのことは、させてもらいます」
「その言葉を待ってたんだ。カズキと共に頑張って欲しい。頼むよ」
「はい」と二人の力強い返事に、アランもホッとしたようだ。
しかし、ことはまだ始まったばかり。
これから先、どうなるのかはここにいる誰にもわからない。
ただ、世界平和を守るために全力を尽くすだけ。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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