「あの…」
甘いものが好きだと言っていた彼は本当に好きみたいで、ただ無言でひたすら食べていた。
その姿は、別に嫌なものでもなんでもないのだけど…。
「あ?」
「あの、何でお見合いをしようと思ったんですか?」
どう見ても、田村は見合いを好んでするようには見えない。
なのにどうして、それを受け入れたのか?
まぁ、今までの行動を見ればあまり真剣とは思えないが…。
「横田さんは?なんで、俺と見合いしようと思ったわけ?」
―――え…。
先に質問をしたのは、こっちなのに…。
それになんで?と聞かれると正直困る。
まさか、友達の代わりに来たとは言えないのだから。
「なんとなく?ですか」
「俺も」
田村が、クスっと笑いながら答える。
莉麻の場合はなんとなくではなく、仕方なくの誤りだが…。
そして彼の場合はなんとなくではなく、魔が差したとしか思えない。
「田村さんの場合は、魔が差したんじゃないですか?」
「横田さんも、可愛い顔して結構言うねぇ。俺、そんなに遊び人じゃないけどって、この身なりじゃそういうふうにも思えないか」
あはは―――。
―――自分で、自覚してるんじゃない。
本当は、既に彼女がいるのでは?
綾子が認めるいい男なんだから、彼女がいてもおかしくはないはず。
お金だって、腐るほどもってるわけだし。
それでなければ、女嫌いとか?
こんなに甘いもの好きなんだから、まだまだ理解し得ない部分があるかもしれないわね。
「あんた、ほんと見てて飽きないな。さっきもホテルのロビーで、同じような顔してただろ」
「え…」
―――やだ、見られてたの?
莉麻は考え事に夢中になると、それが顔に出るとよく言われる。
しかし、それを見られていたとは…。
彼は、いつから私のことを見ていたのかしら?
「人の顔のことは、放っておいて下さい」
「そんな怖い顔してると、男も寄って来ないだろ」
「別に、寄って来て欲しくなんてないですから」
―――余計なお世話っていうのよ。
どうせこんなだし、男に媚びてまで可愛く見せようとは思わないんだからっ。
「俺としては、その方が都合がいいけどさ」
「え?」
一体、なんの都合がいいのか?
この時は、田村の言っていることが莉麻には理解できなかった。
「それよりさ、食わないの?」
「あっ、いえ。食べますっ」
ここでは内緒にしておくけど、莉麻だって甘いものが大好きなのだ。
内心、とってもいいお店を教えてもらったと密かに喜んでいるのに…。
そんな彼女の表情を見つめながら、『やっぱり面白い…』と田村に思われていたとは莉麻が気付くはずもない。
◇
「せっかくだから、見合いらしいことしてみようか」
「見合いらしいこと?」
「そう。休みの日は何をしているのか?とか、趣味は?とか、こういう時って聞くもんなんだろう?」
田村の見合いらしいことというのは、よくドラマにあるような見合いの席で交わされる典型的な質問のことだろう。
だけど、このシチュエーションでわざわざしなくてもいいと思うのだが…。
「はぁ…」
「一応、自己紹介しておくよ。俺の名前は、田村 命。たむらは田んぼの田に村で、あきらは命って書くんだ」
「珍しいですね」
「珍しいって言うか、同じ名前の人間には今まで会ったことないし、字的にどうなんだろうな?」
「いい名前じゃないですか。すごく、存在感があって」
田村を見ていると、その名前は彼にはピッタリだと莉麻は思う。
他の人なら名前負けしそうだが…いい意味でのそれを上回る存在感。
「年は32歳、血液型はB型。生まれも育ちも東京で、大学だけはニューヨークに行ってた。仕事は、証券アナリストってやつだ。今は外資系の証券会社に勤めてるというか所属してるっていうのかな、在宅勤務がほとんどであまりオフィスには行ってない」
―――なるほど、だからこんなスタイルなのね。
いくらスーツを着ても、不審人物にしか見えないもの。
「あの、ひとつ質問してもいいですか?」
「どうぞ?」
「年収が1,500万とか2,000万と聞きましたが、本当ですか?」
―――ここは見合いの席なんだもの、こういうところはしっかり聞いておかないとね。
だからって、どういうわけでもないけど…。
「証券会社からもらってるのはだいたいそんなもんだな、給料明細なんて見たことないし。あと他にも色々やってるから、倍くらいあると思う。まぁ、結婚しても生活には困らない金額だと思ってるけど、どうだ?」
―――はぁ?倍?給料明細も見たことないの?私なんて、毎月睨めっこしてるっていうのに…。
それに、どうだって言われても…。
知らないわよ、そんなこと。
「他には?」
「いえ、話を続けて下さい」
「住んでる場所は自由が丘で、去年家を建てたんだ。キャッシュで支払ったから、ローンの心配はない」
―――うわぁっ、自由が丘に一戸建て?キャッシュ?!
だって、あの場所だったら何億もするんじゃないの?
住む世界が、違い過ぎ。
「姉弟は2歳上の姉が1人いるけど、随分前に嫁いで3人の子育て中。両親はというと、田舎で自給自足の生活をするんだって、どこかの山奥に引っ込んでる」
―――この人のお姉さんって、どんな人なのかしら?きっと、綺麗な人に違いないけど…。
そして、ご両親はどうかしら?どこかの山奥って…。
家族全員並べて、見てみたいわね。
「好きなものは、甘いものとバイク。バイクは他に2台所有してる。週末は、行き先を考えないで走ってることが多いかな。ついでに、こういう店も探してるんだけど。嫌いなものは、辛いものと人混み」
―――うそ…嫌いなものは、辛いものなの?!
本当に甘いもの大好きなんだぁ。
バイク好きっていうのも、私初めてなのよね?
でも、いっつも後ろに乗せられたらたまったもんじゃないかも。
「だいたい俺の自己紹介は、こんなもんかな。他に何かあれば、なんでも答えるけど」
「これだけ聞けば、十分です」
これ以上聞いても、しょうがないし…。
でも、お見合いっておもしろいわね。
初対面の人に自己紹介するなんて、そうそうないし。
「じゃあ、今度は横田さんの番だな」
「あ…」
―――私も、しなきゃいけなかったのね。
すっかり忘れてたわよ。
だけど、大丈夫なのかしら?里中 莉麻の話をしても。
見合いの話を持って来た人っていうのは、綾子のことは何も話してないのかしら?
下手なことを言って変なことにならないか…しかし、そんなことは莉麻には関係のない話。
どうせ、平凡な莉麻にはこんなすごい経歴があるわけでもないのだから。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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