―――この人、本当に綾子の言っていた証券アナリストなのかしら?
どう見ても、絶対怪しい人にしか見えないのよねぇ。
ビシッとスーツで決めた素敵な人だとばかり思っていたが、まさかこんな人だったとは…。
田村と名乗る男性は、髪はよく言えば無造作だけど、単なるボサボサよね?髭も生え放題だし…。
まぁ、よ~く見れば確かにいい男ではあるけど…。
一応見合いだというのにかなり派手目のプリントシャツに所々に穴の開いたジーンズというイデタチ。
ここはどこかのリゾートかしら?と疑ってしまうくらいだった。
っていうか、今何月よ?!
見合いを真剣に考えてきた人ならば、この時点でこの話はなかったことにするかもしれない。
既に莉麻もそう思っているのだが…。
『お金持ちだかなんだか知らないけど、あたしもこんな人ごめんだわ。』
綾子がなぜ運命の人などという言い方をしたのか…写真だけではきっと、判断できなかったのだろう。
「横田さん」
「えっ?はっ、はい」
どうにもこの名前で呼ばれると、反応が鈍ってしまう。
この人といる限りこう呼ばれてしまうのだから、適当に相手をして早くこの場から逃れたい。
「俺、堅苦しいのは好きじゃないんだ。場所を変えてもいいかな」
「はぁ…」
―――あなたを見れば言われなくてもそう思うけど…でも、場所を変えるってどこに行くのかしら?
田村はスタスタと歩いて行ってしまい、慌てて莉麻は後を追った。
すると…。
「え…」
まさか…これに乗れとか言わないわよね?
彼の目の前にあったのは、何ccなのかわからなかったが、かなり大きいバイク。
おもむろにヘルメットをかぶる姿を見れば、彼はこれに乗るつもりなのだろうけど…。
「あの…」
「ほれ」と同じ物を渡されて、莉麻はその場に呆然と立ち尽くした。
取り敢えずパンツスーツだったからこれに乗ることはできる…だからといって、『はいわかりました』と素直に乗れるものなのか…。
「どうした?」
「まさかとは思いますが、私に乗れと言うのでは…」
「乗る以外、他に何がある?」
―――そうだけどっ、車ならまだしもなんでバイクなわけ?
っていうか、これに乗ってどこに行くって言うのよ!
「早くしろ」
『何、その命令口調は』
「なんか言ったか?」
「いえ、何でもありません」
―――すっごい、地獄耳。
だいたいねぇ、見合いなんだから初めくらいきちんとしなさいよ。
第一印象って、大事なんだからね?
口調も命令系だし…。
と心の中で毒づいてみても口に出してそれを言えるわけでもなく…彼の言う通り、ヘルメットをかぶると後ろの席に跨いで乗った。
「しっかり、捕まってろよ」
「あっ、はい」
いきなり動き出したので、咄嗟に彼の腰にしがみつく。
男の人に触れるのも久し振りかも…。
こんな時だったけど、ふとそんなことを考えてしまう。
彼氏いない暦も相当なものになるなぁと、しみじみ思ったりして。
バイクに乗るのも後ろに乗るのも初めてだった莉麻は、景色を見る余裕などなくひたすら彼にしがみついていたのだが、どれくらい走ったのか微かに潮の香りが感じられる。
「おい。そんなにしっかりしがみついてたら、せっかくの綺麗な景色も見えないだろ?」
「この際景色なんて、私にはどうでもいいんですぅ。それより、目的地はまだなんですか?」
「目的地?そんなもんないさ」
「え…」
―――目的地が…ない…。
堅苦しいのが嫌なんだとかなんとか場所を変えたいって言うから、こうやって我慢して乗ってるってのに!
じゃあ、何で私はこんなものに乗らされなきゃならないのよ。
「だったら、止めて下さい」
「俺は、もう少し走りたいんだけど」
「私は、結構です。止めて下さいっ。止めてっ!」
「わかったよ。止めればいいんだろ、止めれば」ぶつぶつ言いながらも、田村が減速して止まった場所は…。
―――え…どうして…。
そこは、海の先に突き出た見晴台のようなところ。
こう、サスペンスドラマなんかで追い詰められて足を滑らせて海の底へ…みたいな…。
潮の香りがしていたから海の近くだとは思ったが、なんでこんな断崖絶壁みたいな場所なわけ?
言っとくけど、私は高いところが大っ嫌いなのっ!!
「降りないのか?」
いつまで経っても、田村の背中にしがみついたまま降りようとしない莉麻を不審に思い声を掛ける。
「なんで、こんなところに止めるのよっ」
「なんでって、あんたが止めろって騒ぐからだろ」
「私は、高いところが嫌いなの。早く走らせてっ」
「止めろって言ったり、走らせろって言ったり、いちいちうるさいお嬢さんだな」
「あなたが、変なところに止めるからでしょ!!」
「あ~わかったよ」
「走らせればいいんだろ、走らせれば」と、またぶつぶつ言いながら、田村は再びバイクを走らせた。
年収ウン千万のエリート証券アナリストと身代わりとはいえお見合いするはずだったのに、なんでこんな目に合わなければならないのか…。
綾子を恨めしく思う莉麻だった。
そして、暫く走って止まった場所は、海が見えることに変わりないが、何か建物の前だった。
「ここなら、いいだろ?」
莉麻は黙って頷くと、ゆっくりバイクから降りる。
―――うわぁっ、可愛い~なんなの?ここ。
その建物は、おとぎ話に出てくるようなお菓子の家そのもの。
乙女心をくすぐるような光景につい見惚れていたが、またもや彼は何も言わずにスタスタと中へ入ってしまう。
急いで後ろを付いて中へ入ると、外観と同じ全てがお菓子そっくりにできていたのだ。
「田村さん。ここ…」
「見ての通り、甘いものを食わす店」
甘いものを食わす店という言い方が彼らしいのかもしれないが、いわゆるスィーツ・ショップのこと。
店内には、甘い香りと若い女性がいっぱいだ。
―――でも、どうして田村さんがこんなところに…。
前の彼女とでも、一緒に来たことがあるのかしら?
だけど、見合いの席で普通そういう場所は選ばないわよねぇ。
取り敢えず、可愛らしい制服を身に纏った女性に案内された席に座る。
それにしても、似合わな~い。
どう見ても、彼は浮いている…。
というか、スーツ姿の自分と彼のコンビが浮いていると言う方が正解かもしれないが…。
「なんだ。また、気に入らないのか?」
田村は莉麻がバイクを気に入らないのと同じかと思って聞いたのだが、どうやらそうでもないらしい。
―――だってぇ、やっぱり似合わないんだもの。
なんで、このお店なの?
莉麻はそれを聞きたかったのだが、また開き直られても困るし…。
でもぉ…。
「そういうわけじゃ…」
「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ?」
「いえ、聞きたいことなんてありませんから」
「どうやっても、そういうふうには見えないが」
笑いを堪えている莉麻の顔を見れば、聞かなくてもそれはわかるだろう…。
「俺は、甘いものが大好きなんだ。悪いか」
結局、自己申告で開き直られてしまったが、あまりの似合わなさに莉麻はとうとう吹き出してしまい、バツが悪い田村は口を尖らせて明後日を向いたままだった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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