「しょうこ、宿題見せて」
「嫌!」
「即答かいっ」と声にならない声で叫んでみたところで、宿題は見せてもらえない。
なんとか見せてもらおうと、ごろうは頭の上で手を合わせ、いつものお願いポーズをとってみる。
「なぁ、いいじゃん。別に減るもんじゃないし」
「はぁ?あんたに見せたら減るの。いっつもいっつも、宿題見せてってねぇ。あたしはあんたの彼女でもないし、いいように使われるのはまっぴら御免よ」
ご機嫌斜めのしょうこはプイッと顔を背けると、机に突っ伏してしまう。
今日は、本当に見せてもらえないらしい。
困ったなと思っていると、心優しい…元い、下心見え見えの女子達が、ごろうの周りを取り囲む。
…俺は、しょうこに見せてもらいたかったのに。
ちらっと彼女に視線を落とすも、突っ伏したままで起きあがろうとはしない。
クラスの女子におべっかを使うのは不本意ではあるが、宿題を忘れて先生に怒られることを思えば、背に腹は代えられず。
「ごめんね。昨日はうっかり、宿題のことを忘れてて」と女子達に言い訳じみたことを言っているごろうに『何よ、どうせ漫画読んでたんでしょ?』と心の中で毒づくしょうこ。
―――初めからあたしのところなんかに来ないで、あの子達に見せてもらえばいいのよ。
喜んで見せてくれるんだから。
なぜか、ごろうはしょうこのところだけに宿題を見せてと毎日のようにやって来る。
彼は学校一と称されるほどの超いい男。
長身で甘いマスクは、一目見れば誰もがノックアウトされてしまうだろう。
それに比べてしょうこはというと、学校中でも極々普通の可もなく不可もなくという女の子だったから、彼がしょうこにこうやって懲りずに宿題を見せてと来ること自体がミステリーなのだ。
―――だいたい、あいつは勉強だってできるのに何で、宿題だけはやってこないわけ?
そうなのよ。
あたしの取り柄と言えば勉強しかないんだけど、あいつも負けてはいないくらいできる。
なのに宿題をやってこない。
面倒くさいからなのか、あたしに見せてもらえばいいやって、きっとそれくらいにしか考えていないのよね。
その辺の女子と一緒にしないでくれる?
ちょっといい男だからって、調子に乗らないでっ!
◇
「よっ、一人か?なんだか、背中に哀愁が漂ってるな」
学校帰り、一人で家路に向かうしょうこを回り込むようにして、ごろうがこんな言葉を投げかけた。
――― 一人で悪かったわね。
どうせ、背中に哀愁が漂ってるわよ。
いつもは数人の友達と途中までワイワイやりながら家に帰るのだが、今日はたまたま一人だっただけ。
そういう、あんただって一人じゃない。
「うるさいわねぇ、あたしが一人だろうとあんたには関係ないでしょ?」
「可愛くないな、そんな言い方」
「可愛くないのは生まれつきなの」
―――あんっ、もう。
お願いだから、あたしに関わらないで。
周りの目が痛いじゃない。
ごろうはうちの高校だけじゃなくて、他校の女子にも人気がある。
だから、学校の外に出ても一緒に歩いているだけで、視線が突き刺さるのだ。
まぁ、相手があたしだから、誰もライバルだとは思っていないでしょうけど。
「付いて来ないでよ」
「そんなこと言っても、俺だって家がこっちなんだからようがないだろ」
「そうだけど」
―――よりによって、同じ駅に住んでるとはね。
しょうことごろうは同じ駅に家があるが、しょうこは高校入学と同時にここへ引っ越して来た。
朝も会ってしまうことがたまにあって、そういう時は電車を一本遅らせたり、降りる駅の改札からわざと離れた車両に乗ったりと見えない苦労が耐えないのだ。
そんなしょうこを知ってか知らずか、ごろうは平気で話し掛けてくる。
「俺のこと、そんなに嫌なのかよ」
電車の扉近くに立っていたしょうこは窓から外を眺めていたが、ボソッと言ったごろうの言葉に反射的に顔を上げた。
ごろうは視線を前に向けたままだったけど、その目は冗談を言っているようには見えない。
彼と初めて言葉を交わしたのも、こんなふうに電車の中だったなと思い出す。
高校に入学したてで電車通学が不慣れだったしょうこは、朝のラッシュで制服のスカートをドアに挟まれてしまった。
体はなんとか車内に入っていたのだが、スカートの裾だけ外に。
一生懸命引っ張ったがビクともしない、無常にも走り出した電車はこっち側のドアはずっと開かなくて、自分が降りる駅も反対側。
なんとも間抜けな話だが、こっちのドアが開くまで降りる駅を通り越しても仕方ないなと半ば諦めていた頃、次の駅で少し空いたところを見計らって移動してきたごろうが『何やってんだ』って笑いながら、スカートを引き抜いてくれた。
二人は同じクラスだったけど、しょうこには何となく話し掛けづらい存在。
話すこともなく終わるだろうと思っていたのにこれをきっかけに案外普通の会話、それこそ初めは嬉しくて同じ時間に同じ車両に乗ったり、ごろうに会えるんじゃないかとそうした時期もあったが、いつからだろう?避けるようになったのは。
「嫌なんかじゃないけど」
「けど?」
バッチリ目が合って、思わずしょうこは窓の外に視線を動かす。
―――嫌なんかじゃない。
友達以下のただのクラスメートでもいい、こうして側にいられるだけで。
「ほら、あたしなんかと関わってるといい噂も耳にしないでしょ?」
「俺は別に噂なんか気にしてない」
「そっちはそうかもしれないけど、あたしは気になるから」
言ってしまったら、二人の関係は出会う前と同じになってしまうかもしれない。
それでも言わなければならないのは、傷つきたくないから。
「しょうこらしくないな。周りを気にするなんてさ」
「そのしょうこっていうのも、やめてよ。誤解されるから」
気が付けば、ごろうはしょうこと呼び捨てにしていた。
これでも、もしかして付き合ってるんじゃないか?なんていう噂が立ったりしているのだ。
絶対そんなことないのに。
「いいじゃん、誤解されとけば」
「何でよ、いいことないで―――。あっ、わかった。あたしと付き合ってるとか周りに思わせて、自分は本命と付き合う気なんでしょ。っていうか、既に付き合ってるんじゃないの?」
―――なぁんだ。
あたしったら、どうして今まで気付かなかったのかしら?
こんな平々凡々な女に構うのかと思えば、カモフラージュだったってことね。
ちょうどいいもんねぇ、あたしなら。
「はぁ?お前なぁ、飛躍し過ぎっつうか、どこをどう間違ったらそういう結論になるんだよ」
…人の気も知らないで。
それとなく、他の子とは違う態度をとっているというのにどうしてわからないんだよ。
「いいのよ?あたしもあんたには借りがあるし、協力してあげるから」
すっかり、本命の彼女がいると思い込んでいるしょうこはごろうの気持ちなど知らず…。
一体、相手は誰なんだろう?
勝手に想像を膨らませていた、しょうこだった。
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